第10話 それすらも台無し
「な、何をしているのだ? ふざけている場合では無い。敵がいつ来るかもわからないんだぞ!」
「うるせえ! そんな事はどうでもいいんだよ!」
「君は……あいつらの仲間だったのか?」
「ある意味、そうかもなァ……」
自嘲気味に笑う。
「ここに集められるより前、封筒が届いたんだ。そんなの多分、俺だけだろうが……中によ、写真が入ってたんだ」
「写真やて?」
「東京新競技場爆発事故」
その言葉に、全員が驚愕の表情となる。
「そ、それがどうしたんですかぁ……」
「フン、ここにいる全員、それに巻き込まれたはずだ」
「な、なぜそれをし、知ってるんです? もしかして、その写真というのが……」
「ああ、その通りだ。写真は、非常通路の監視カメラが映した画像だった……そしてそこに、お前らを含む七人の姿があったぜ」
……確かに、東京新競技場爆発事故に俺は居合わせた。
そもそも東京新競技場は、東京五輪に合わせて新築された競技場だ。完成と同時にお披露目があり、都内の高校生が集められて野球の試合を見る……というイベントがあったのだ。
これは、高校生にお披露目という名目で、五輪の導線などを調べるためのていのいいテストだったと言われているが、とにかく集められた中に俺もいたわけだ。
事故はその中で起きた。
競技の終わりに打ち上げられるために用意されていた花火が倉庫で暴発、さらに資材の粉塵に引火して大きな爆発が起こったのだ。
これをテロと勘違いした高校生たちが、パニック状態で避難を始めた。非常通路はごった返し、ところによって将棋倒しも起き、重傷者が多数出る事態となった。
それは、俺にとってもターニングポイントだった。
まさに俺が異世界に飛ばされたのがその事故のせいだからだ。
ビビリの俺は我先にと逃げ出して、非常口に駆け込んだはいいものの、その後間違えてバックヤードに入ってしまったのだが、燃え広がった火が出店用のプロパンに引火を起こし、爆発が起きた。それに巻き込まれて、気づいたら異世界にいたわけだ。
「私も、そこに居合わせたのは間違いないが……それと君の行動になんの関係があるのだ? 君もあの場に居て、何かあったのか?」
「オレじゃねえ……」
「なに?」
「あの場に居合わせたのは妹だった。そして、写真に写ってたのもな。……ああ言い忘れてた。写真は二枚あったんだよ」
「ど、どういうことでしょう?」
「妹は、避難の際に誰かに突き飛ばされた。それで頭を打って、今も意識不明の状態なんだよ! 医者には回復をあきらめろと言われてなあっ!」
「!」
「一枚目は非常口に入る時の写真、二枚目は、そのすぐ先の通路の写真だ! どっちもお前らが写ってる! だけどよ! いねえんだよ二枚目には妹だけよ! わかるか? 妹をあんな目に合わせた奴は、こん中にいるってことだよ!」
その叫びは、涙声すら混じっていた。
写真が、俺たちの不和を狙ってピエロ側が用意したものであることくらい、彼自身も痛いほどわかっているのだ。その迷いが如実に表れていた。
「……それで、犯人を捜したいのか?」
尋ねてみるが……すぐに答えは来なかった。
「それは……」
「貴様らあ! よくも!」
犬鳴峠が話し出すより先に、ガスマスクの男たちが部屋に飛び込んできた。
「邪魔するなバカ野郎!」
今、あいつらに構ってるヒマはない。
俺は電気椅子を力づくで引きはがすと、そのまま入口に投げつけた。
「えっ、ぎゃああっ!?」
100キロをゆうに超える鉄の塊が命中した男たちは、なぎ倒されるように吹っ飛んで行った。その勢いでドアも閉まらなくなったが、そんなこと今はどうでもいい。
「……これでゆっくり話せそうだな」
「……っ」
ああもう! ガスマスクどものせいで、話の腰が折れちまったじゃないか。
「……あのぉ……先輩はぁ、犯人を捜したいんですよね……?」
「……そのつもりだった」
言って、犬鳴峠は鈴ヶ森を抱えていた手を離した。
「……ふぇ?」
解放された鈴ヶ森も、それに驚いてすぐには動けなかった。
「……正直よ、もっとどいつも身勝手だと思ってたんだよ。身勝手な奴らが、妹を突き飛ばしてあんな目に合わせたと……思ってた。でも……違ったんだ。違ってたんだよ……」
憔悴しきったように呟く犬鳴峠。
「どいつもこいつも、気のいい奴らじゃねえか……こんな人殺しのゲームに巻き込まれたのに、他のやつらの心配ができるような奴らでよ……なあ、八幡不知、お前『悪魔』だろ?」
「……そうだ」
「え? え? どういうこと?」
わかっていない鈴ヶ森は、おろおろと女性陣の元へ歩いて行く。
「えぇとぉ、あの『占い師』の件でしょお? こんなに頭のいいヤワティーが、あんなミスするわけがないっていうか……だって、あれじゃ『悪魔』が役持ちをあぶり出そうとしてるようにしか見えないですし……自分が選ばれたらそれでみんなが帰れるって、思ったんじゃないんですかあ?」
「……かいかぶりすぎだ。あれは私のミスだよ……」
その表情からは、本音は読み取れない。
「八幡不知だけじゃねえ……うっかりそれを答えた鈴ヶ森を止めた累ヶ淵、毒かもしれねえ飯をいきなり食っちまう三途河原もそうだ……俺、わかんなくなっちまったよ……」
銃を取り落とす犬鳴峠。
「ちゃう……」
ぽつりと呟きつつ、彼に近づいてライフルを拾ったのは、金助だった。
「ワイや……ワイやねん」
「何がだよ……いや、まさか……!」
「お前の妹さん……突き飛ばしたのは多分ワイや」
「そんなわけねえだろ! お前……誰より他の奴のために動いてたろうが! お前、自分が『占い師』だって言ったけど、それだって嘘なんだろ……!」
言われた金助は、乾いたような笑いを浮かべた。見ているだけで痛々しくなるような……。
「……それはその通りや。ワイは『村人』や。せやけど……ちゃうねん」
金助は、泣いていた。
「……あの後……ニュースで、突き飛ばされて意識不明になったっちゅう女の子を知ったんや……それからやねん……いつもあの事故を思い出して、いてもたってもいられなくなる……ワイはなんちゅうことをしたんやって……罪の意識がいつも湧いてきて……それで、それで……」
そうか……。
コイツが、過剰なくらい自己犠牲心を見せていたのは、そのせいだったのか……。
「でもワイは卑怯者や……名乗り出ることもせず……せやから、お前、撃ってええで」
「!」
金助は、ライフルを犬鳴峠に渡した。
犬鳴峠は呆然と、ライフルを持ってはいるが……。下手な刺激が何を起こすかわからず……いや、二人の間に立ち入っていいかもわからず、場の空気が凍りつく。
そして――
「できるわけねえだろ!」
涙を流しながら、犬鳴峠がライフルを床に投げつけた。
「できる……わけ……」
そのまま膝から崩れ落ちる。
「犬鳴峠……ええんか?」
「いいとか悪いとかじゃ……ねえよ。ありゃ……不幸な事故だった。それがわかっただけだ……お前を撃ちたいなんて……もう思わねえよ……」
かはは、とひどく乾いた笑みをこぼす犬鳴峠。
「妹が……もとに戻るわけじゃねえしな……」
「……もし、お前に覚悟があるなら」
金助の脇を通って、俺は犬鳴峠の前に膝をついた。
「妹を助ける事はできるぞ」
「……なに?」
「並大抵の覚悟じゃないぞ。それでもいいって言うなら、やってやる」
「……嘘じゃあ……ねえよな。お前、あんまりにも滅茶苦茶だし……だから……まるっきり嘘にも聞こえねえ……」
一呼吸して――
「ああ、何だってできるに決まってんだろ」
「よし、じゃあ、今からお前を「あっち」に送る。がんばって回復魔法を覚えてこい。30年はかかるだろうが、こっちでは全く時間は経過してないから心配するな」
「え? は?」
「リバイズ!」
送還魔法の合言葉を叫んだ。
自分が魔法を使えるわけではなく、仲間にかけてもらった一度限りの、例の魔法だ。
――これでもう、俺があの世界に行くことはできないが――
声に合わせて、送還の魔法陣が地面に現れるが、そこに俺は入らず、代わりに犬鳴峠を押し込んだ。
「え? え?」
事態を飲み込めていない彼の姿が一瞬消える。
が、すぐまた現れる。
その表情は、この僅かの間に、驚愕から呆れ顔に変わっていた。
「……久しぶりじゃな」
「いや、まったく」
「そっちは、そうじゃろうがな……こっちは50年もかかったんじゃ……まったくふざけたヤツじゃ……」
「かかりすぎだろ。完全にじいさんになってるじゃねえか喋り方」
「そうじゃったな……こっちでは高校生のままじゃ……だった」
老成された表情が、年相応に明るくなっていく。
自分は1年で帰ったからあまりわからなかったが、改めて目の当たりにすると、経験はそのままで肉体年齢は年をとっていないとか、ホントあの世界はデタラメだな……。
「……無茶苦茶な野郎だが、今となっては何もかも懐かしいぜ……とにかく、帰ろう。妹も待ってるしな……」
「よし、そんじゃ、脱出しよう。まだ敵もいるかもしれないから、お前も武器を……」
「その必要はない。テレポートの魔法も覚えてきた」
「おっ、そりゃ助かる」
「えっ? ま、魔法って何?」
混乱するほかのメンバーを言いくるめ、俺たちはあっさりと島から脱出した――
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