第9話 開催! 台無しフェスティバル

 思い思い遊具で時間をつぶしているうちに、夕方になった。


 会議の時間だ――


『やー、みんな昨日はよく眠れたかなー?』


 例のモニターに電源がつくとともに、甲高いボイスチェンジャー音声でピエロがわめきだす。


「……」


 それに応える人間はいない。誰しも怒りや恐怖を押し殺して話を聞いている。


『それじゃ、席についてね。ついてないとそれだけでアウト。死んじゃうからね~』


 ククク、とカンに障る含み笑い。


『はーい、それでは、さっそく会議をして、誰を吊るすか決めてね』


「!」


 誰を吊るすか、か。

 簡単に言いやがる。


「一応聞いてもいいか? 誰も吊るさないというのはアリか?」


 俺の言葉に、他のみんなも耳をすませたのがわかる。


『アリ~……なわけないでしょー! その時は、全員死んでもらいまーす!』


 ま、そらそうだろう。だが、大事なのはそこじゃない。


「死ぬったって、どうやって? 閉じ込めて餓死させるのか?」


『ウフフ~、それ!』


 ガキン、と金属音がすると、椅子の胴から鉄の輪が飛び出し、シートベルトのように全員の体が固定された。


『電気椅子で全滅でーす!』


「ひいっ!」


 累ヶ淵がそれだけで気絶しそうな声を上げえる。


 だが、想像通りだ。爆発する首輪とかつけられてないし、その辺だろうと思った。兵糧攻めで心変わりさせるという手もあるだろうが、誘拐犯が長期化を望むわけはない。


 これで、必要な情報は揃った。


「……もういいだろう……話を進めよう」


 自然と、八幡不知が議長ポジションになっていた。


「『悪魔』役と思われるものを上げていく……しかないだろうな」


「こ、殺す言うんか! お、お前ら、な、何考えて……」


「蒸し返すんじゃねえよ! 電気椅子に座ってんだろうが今!」


「もう、やめてぇ! 帰りたいぃ! 帰りたいですぅ!」


「落ち着け! 冷静になれ!」


「そ、そんなのムリですよ。だ、だって、こ、こ、殺されるかもしれないんでしょ」


「こういう時は歌だよ! 歌を歌おうよ!」


「お前はマイペースすぎんだよ!」


 あーあー、これはもう収拾つかないぞ。


 仕方ない。ここも力技で行こう。


「ちょっと待ったーーーーっ!!」


 俺は大声を上げた。


「!」


 喧々諤々だったメンバーたちも一斉に俺の方を向いた。よし、じゃあ動くか。


「俺が『悪魔』だ。俺に投票しろ」


『は?』


 全員が驚いたとは思うが、一番驚いた声を上げたのは、むしろピエロだった。

 もちろん、俺は『悪魔』じゃない。


 本来の『悪魔』と主催者は特に驚いてることだろう。


「ちょ、ちょっと待ちや自分……ホンマに『悪魔』なんか?」


「そうだ。だから早くしろ」


「じ、自分が犠牲になって……みんなを助けてくれるって……ことですかぁ?」


「そうそう、そんな感じ」


「ざ、雑だね~」


 君にだけは言われたくないよ鈴ヶ森。


「ま、待ちぃや! 自分だけが犠牲になる必要はない! なんならワイが……」


「いいんだ」


 金助はホントにいいやつだなあ。だがいいんだ。


「……本当に、いいのだな?」


「ああ。早くしてくれ。これでみんな帰れる」


「ご、ごめんなさぁい……でも、本当に……入れますよぉ?」


 そうして、みんなは机のタブレットから、俺の名前を選択した。


『……んー……ゲーム放棄ってえ、つまんないプレイヤーが出るとは思わなかったけど~。でも~、やーっとこれで血祭りができるもんね~』


 ケタケタと笑う声が響き、それに合わせて、俺以外のメンバーの拘束が解けた。


 全員、電気椅子なんかには座り続けたくはないだろうから、すぐに席から離れる。そして、遠巻きに俺を見ていた。


「大川くん……」


「小川だよ!」


 そう突っ込んだ直後、激しい電気が、俺の体を襲った。血管を電気が駆け巡り、体を焼く。

 激痛が走り、四肢もしびれて動けない。


 ……が、それだけだ。


 こんなもの、魔王のデスボルトサンダーに比べりゃなんてことはない。魔王と戦うためには、雷耐性を会得しないといけなかったからな。


 とりあえず、俺は電気が流れるままにして、それが止まった時、死んだふりをした。


 室内には、衣服がコゲた匂いが立ち込め、女性陣の悲鳴と鳴き声が響く。

 やがて、唯一のドアが開き、ガスマスクをつけた特殊部隊のような格好の男が四人現れた。


 そう、これを待っていた。


 死体は片付けないといけない。だから、死人が出れば、奴らが入って来るということ。


 奴らは、二人が他のメンバーを威嚇するようにライフルを向けつつ、残る二人が俺の体を回収しようと近づいてきた。電気が止まると同時に椅子のロックは外れている。


「……ふっ!」


 敵を間合いに引きつけると、俺はテーブルの下に隠していたトランプの束を拾い上げた。


「!?」


 死んだはずの俺が動き出して驚く二人に対し、すかさずトランプをナイフ代わりに斬りつける。首筋に一撃ずつ。銃など撃たすヒマを与えない。


「ぎゃあっ!」


「ぐあっ!」


 一般人でも野菜程度やすやすと斬り裂けるトランプだ。鉄の扉はムリにしても、人間相手になら充分刃物として通用する。


 血しぶきを上げながら、その場に倒れていく二人。


「き、貴様!」


 慌てて残る二人がライフルを向けるが、もう遅い。

 投げつけたトランプが、眉間に突き刺さる。


 バカめ。あんたらが引き金を引くより、俺が投げるほうが早いに決まってるだろ。


「ふう……よっしゃ、みんな銃を拾ってくれ。あと、鍵とか持ってないかも調べてほしい」


 と言って振り返ると、全員の顔面が蒼白だった。


「……えーと……どうした?」


「お、おまっ……なんで生きて……なんやねんお前! なんやねん!」


「……説明をしてもらおう。あんな高圧電流を受けて生きているのもそうだし、そのデタラメな強さはなんだ……?」


「あー……」


 せつめいが、むずかしい。


「電気は効かない体質だから……あと強いのは、たまたま」


「何の説明にもなってないだろう……!」


「いいんだよそんな事は! いいから銃をとれ! 脱出するぞ! 逃げるチャンスだろうが!」


 俺の言葉に八幡不知も「今は、それしかないか……」と呟き、犬鳴峠や金助が銃を拾う。


「だ、脱出って……どうやるんですぅ……?」


 ちゃっかり自分も銃を拾った泉が言う。


「どうもここは島らしい。でも俺らはみんな都内から集められてるだろ? ってことは、そう遠くはない島のはずだ」


「……成程、確かに筋が通っている。その条件で考えられるとすれば、東京湾に唯一浮かぶ島――猿島か。……あそこは旧軍の施設が残っていたはずだから、それを利用しているのだな。猿島であれば、陸地からそう遠くは無いはずだ」


 お前はウィキペディアか。オレもそこまでは知らなかったが……。少なくともピエロの言った「絶海の孤島」が嘘なのはわかる。そんな距離を移動する時間、眠ってたとしたらもっとハラ減ってるはずだからな。


「ああ、なんなら泳いで帰れるだろ」


「泳ぐの!? 水着持ってきてないよ!?」


「なんでやねん!」


「まぁ、最悪、オレが10キロくらいは泳いででも助けを呼んで来るさ。それより敵の増援が来ないとも限らない。早く出よう」


「ぞ、増援は、確実にいると思います……」


 おどおどとそう言ったのは累ヶ淵。


 その手にはガスマスクが握られており、それは敵の死体からはがされていた。


「ん? どういう事だ?」


「そ、その……この死体……私のた、担任ですから……」


「なんだって!?」


「やはりか……」


 相変わらず、この八幡不知は自分だけわかってやがるな……。


「俺たちを集めるのに、学校内に犯人がいるはずだ。自由に動く事ができ、食事に睡眠薬を混ぜる事ができ、そして何より獲物にふさわしい者を選別できる……となれば担任だろう。そして、全員が違う学校という事は……」


「最低でも七人いるって事か……!」


 つまり、四人倒したから残り三人はいる。あるいはもっと。


 ……担任の先生がそんな事に手を染めてたとは考えたくないが……でも、俺が選ばれた理由もそれで説明がつく。


 俺は、異世界に行く前はとんでもないビビリだった。


 だから、きっと俺は最初に見せしめに「殺される役」として選ばれたのだ。この世界に戻った初日だったから俺の性格が変わったのを先生は知らない。それで、俺をビビらせようとしていたピエロのアテが外れたんだろう。本来は逃げ出そうとして殺されたいたはずだ。


 ……ガスマスクを外すのはやめておこう。見ないで済むならそれでいい。


「とにかく、気を付けて脱出しよう! 俺が先行する!」


「お、おう、わ、わかったわ」


 と、そこで、鈴ヶ森の悲鳴が上がった。

 驚いて振り向くと、彼女の首を抱え込み、ライフルを突き付けている犬鳴峠の姿があった。


「な、なにしてんねん!」


「動くなァ! コイツを撃つぞ!」


 その目は、本気だった。

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