第7話 社交パーティー


 試験が終わったからといって、日々の生活が大きく変わることはなかった。

 朝から夕までの訓練。夕飯後にはリルミルに癒しの魔法を掛けて貰って体力の回復。

 その後は執事のセイバによる座学。


 ここではこの世界の歴史や我がアルゲイド家について学ぶ。

 アルゲイド家の主人でありアユレトの父でもある、エイジス・デルマ・アルゲイド子爵は地方領主であり、国の東一帯を治めている。


 俺が住んでいるのは王都にある屋敷なので、父と顔を合わせる機会は少ない。

 それをいいことに増長してしまったのがアユレトだという話だ。その辺はゲームでも詳しく語られていないから俺もまだ詳細はわからない。


 そんな縁遠い父が、久しぶりに王都へやってくる。

 ウチの屋敷で行われた社交パーティーの席で、俺は初めて父君と会うことになったのだった。


「久しいな、アユレトよ」


 背の高い偉丈夫で、威厳ある口ひげが似合っている。

 確かにこれはリルミルの言う通り、厳格で怖そうな雰囲気だ。

 俺は緊張しながら礼をした。


「はっ、父君。お久しゅうございます。お元気そうで何よりです、変わりなき姿に安堵致しました」

「変わりなき……?」


 俺の言葉に眉をひそめる父君。

 しまった、なにか変わっていたのか? 要らないことを言ってしまったようだ。

 どうなる? 訝しがられるのか叱咤されるのか、とツバを飲み込んでいると。


「口ひげを伸ばしたことに気づいて貰えなんだか。哀しい」


 さっきまでの威厳ある姿はどこへやら、急にしょぼーん、と肩を落とす父君。

 背を丸くして俺に向ける視線がいじましい。あれれ、どういうこと!? 俺は思わずフォローした。


「い、いえ! それには気づいておりましたが!」

「そうなのか?」

「変わりなき姿、というのは、変わらず健康である姿、という意味です。口ひげは前よりも立派になられて、見違えるようです」

「ほほう、ほほう? 嬉しいことを言ってくれるなぁ、アユレトよぉぉぉっ!」


 父君は突然俺に俺に抱きつくと、頭をかいぐりかいぐり。


「んっ!? 少し痩せたか? うむ、亡き妻に似てきたな。おまえは美形になると思っていたよ」


 頬ずり頬ずり、お髭が擦れる。

 あれれ、なにこれ。もしかして父君、エイジス・デルマ・アルゲイドは親バカの類なのであろうか。


「父がいないこの地で良く頑張っておるなぁ。セイバには良くしてもらっているか!? 欲しいものがあったらすぐ言うのだぞ? なんでも手に入れてやろう。儂はもう、領地で一人寂しくて寂しくて!」


 決定。親バカだ。息子であるアユレトを溺愛していたに違いない。

 なるほどこのせいでアユレトは増長していったのだな。


「父君、そろそろやめてください。皆も見ています!」

「おおお。恥ずかしがってそんなことを言う歳になったのか! 俺は成長しおってぇぇえー!」

「ですから父上ええーっ!」


 周りが笑いながら見ている。

 周り、とは今日この屋敷に招かれた貴族たちだ。今日はいわゆる社交パーティーというものであり、父エイジスが王都に来たことを懇意の実力者たちに喧伝するためのパーティーである。


 その後、ようやく解放された俺は、ご婦人に誘われてダンスを踊った。

 セイバとリルミルに教えて貰っておいたお陰で、どうにか形にはなっているようで、幾人かのご婦人に誘われたが事なきを得た。

 とにかく中身が変わったというボロを出さないことに必死な俺だったのである。


 慣れないダンスは本当に疲れる。

 消耗した俺が隅で喉を潤していると、突然広間がざわついた。

 振り向いてみると、一人の女性が広間に入ってきたところだった。


「おいあれ……」「美しい……」「誰だ? トンデモない美人だな」


 女性は歩いてくる。

 真っ直ぐと、俺の方へ向かって。数多の男から向けられた視線を受け流しつつ、真っ白いドレスに身を包んだその人は近づいてきた。


「――アンリューク嬢?」

「ふふ。嬢、はナシって言ったでしょ。ほら、呼び直して?」

「えっと、その……、アンリューク」

「よろしい」


 満面の笑みを浮かべた彼女はウインク一つ。

 その後、俺に向かって優雅に礼をした。


「なんでここに? 君の家は確か……」

「派閥的に貴方のお父さまとは敵ね。だから本来なら呼ばれるはずがない」


 悪戯に笑う彼女は、口元に人差し指を当てて「しー」というポーズを作る。


「貴方に逢いたくて、エミリさんに骨を折って貰いましたの。ここに来たのは身内にすら内緒よ」


 逢いたくて、と言われて思わずドキッとした。

 何回も言うが、彼女は俺の推しだったわけで。

 いやリルミルも推しだったけど。えっとまあ、複数推しが居てもいいだろ?


 ドレス姿のアンリュークは、先日の町娘姿とは比べ物にならないほど可憐だった。

 化粧もきめ細かく、とにかく周りからの視線を集めている。


 彼女の正体がバレると面倒なことになるかもしれないと思った俺は、アンリュークをバルコニーへと誘った。

 夜風が、ダンスで火照った身体に心地好い。

 俺と彼女は横並びになって、バルコニーの手すりに手を置いた。


「ここなら平気だと思うよ。もう一度聞くけど、なんでこんなところに?」

「先日のお礼を、ちゃんと言いたくて」

「先日って、シーデゥの隠れ家での話?」

「ええ」


 なにか礼を言われるようなことがあっただろうか。

 彼女は別に俺の救いなど必要としていなかっただろうし、俺の介入がなくても彼女は目的を果たしたはずだ。

 俺はそう告げてみる。


「ううん、そんなことない。私はシーデゥ自身をどうこうしようとまでは思ってなかった」


 少し目を逸らしながら、アンリュークは自嘲気味に言った。


「貴方がシーデゥを倒してくれてなかったら、結局奴はまた別の子たちを攫って、奴隷として売りさばいていたでしょうね」


 そうかもしれない。

 ゲーム本編でもあいつが裁かれるシーンはなかった。


「私には、あいつを倒したり捕まえたりするまでの気概がなかった。アユレトのお陰で、私の友達は枕を高くして眠ることができる」

「いや、そんな……。俺も先生の試験で赴いただけだし……」

「強かったわね、貴方」


 アンリュークは俺の顔を見た。


「私も自分が強いと自惚れてたけど、アユレトはそんな次元の強さじゃなかった。一瞬で敵を斬り倒した手際もそうだけど、まさか鉄の扉を斬ってしまうなんて。本当に凄いと思ったわ」


 そんなことを言われると、テレる。

 頭を掻きながら俺も目を逸らしていると、アンリュークはなにやらクンクンと俺の匂いを嗅いできた。――あれ、なにか匂うのかな!? 今日は訓練も休みだったし、湯浴みもしたし、汗臭くなんてないはずなんだけど。

 不安になって、つい声が上擦る。


「な、なに? 変な匂い、する?」

「ううん、いい匂い。人が好さそうな、ポカポカした匂いがする」

「へ?」


 おや? と思った。

 これと似たセリフを、ゲーム内で彼女が言ったことを俺は知っている。

 それは、ゲーム主人公に対してだ。このセリフは、本来ゲームの主人公に対して言われるべきものだったはず。


 よっぽど俺が妙な顔をしたのだろう。アンリュークは少し慌てた様子で付け足した。


「ごめんなさい、私ね、匂いでその人がどんな人なのかなんとなく分かるの。不思議ね、貴方の匂いは昔に嗅いだときと全然違う」


 そうだった、彼女は匂いで人の属性を判別できる。

 そんなことがあるのだろうか、と思わなくもないが、実際ゲームではこの能力を使って、人に化けた魔人の正体を見破ったりするのだ。


「あ、信じてないでしょ。ホントなんだから」

「い、いや……!」


 真実と知っていてなお、驚いてしまう。

 なにせ彼女は、俺を前とは別人のようだと実際に確信している。


「信じるよ。不思議な能力だね」

「お母さま譲りのチカラみたいなの。お母さまはこのチカラに頼って、お父さまとの結婚を決意したのよ」


 あ、これもだ。このセリフも、確か主人公に言うセリフ。

 どうもなにか、歯車の噛みあわせが変わったようだ。


「あはは。アテられちゃうね」

「そうなの。お母さまったら、この話が好きで好きで。実家に帰るたび聞かされてる娘の身にもなって下さらないと」


 言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうなアンリュークだ。

 母親のことが好きなことが伝わってくる。俺は微笑ましくて、つい口元が緩んでしまう。


「あ、笑ってる。やっぱり信じてない」

「信じてる信じてる、誤解だ」

「もーう」


 頬を膨らませた彼女に、俺は言った。


「信じてるよ。だってキミは、こんなにも幸せそうだ。母君が幸せだったから、キミの笑顔もそんなに魅力的なんだ」


 一瞬でアンリュークの顔が赤くなる。

 え、俺そんな恥ずかしくなるようなこと言ったかな。


 耳まで赤くなった彼女が無言で俯いてしまったので、俺もなんだか恥ずかしくなってきた。


 間が、間が持たない。

 火照ってしまった俺の頬に、撫でるような夜の風。

 アンリュークの長い金髪が風に攫われてサラリと流れる。


 ほんのりと良い香りが風に乗ってくるのは、彼女の匂いなのだろう。

 あーよくない。意識しすぎてしまう、別にそんな関係ではないはずなのに。


「アンリューク、ここからちょっと抜け出さないか?」

「え?」

「俺の出番はもう終わった、あとは父上の独壇場さ。居なくたって問題がない」

「抜け出すって、でもどこへ?」

「ここさ、ここ」


 そう言って俺は、バルコニーの手すりに足を掛けた。


「よっと」


 勢いをつけて、屋根の上に飛び上がる。


「ほら、キミも」

「私ドレスよ? そんなはしたないこと――」

「この上からの夜景が素晴らしいんだ。キミにも是非見せたい」


 アンリュークは、むぅ、と頬を膨らませて。


「そんなこと言われたら、気になっちゃうじゃない」


 手すりに足を掛けると、俺の手に向かって飛び上がった。

 身のこなしはさすが、やがて学年一を謳われることになるだけある剣士だ。

 木登りするリスのような軽やかさで屋根の上へと身をひるがえした。


「わぁぁ、すごい!」


 屋根の頂上まで達した彼女が感嘆する。

 目の前には昏い森。しかしその奥に、無限の奥行きとも思える王都の灯りが広がっていた。


「な、すごいだろう? たまに部屋を抜け出して、夜この景色を見るんだ」

「ええ。まるで散りばめられた光の宝石みたい」


 夜に一人、屋敷の屋根に上がることがあった。

 夜景は建物が見えないので、家々の灯りのきらめきが生前世界のイルミネーションを連想させてくれる。

 懐かしさに混ざった一抹の寂しさ。


 別に元の世界に戻りたいとかじゃない。

 それでもこの景色は、俺の心に沁みる。


 彼女には、アンリュークには、この景色を是非見て貰いたいと思ったのだった。


「これが、私たちの守るべき景色なのね」

「うん?」

「貴方も行くんでしょう? ヘインベール学園に」

「……ああ」


 ヘインベール。

 それは上級冒険者養成学園のことだ。チカラある貴族の子息子女は、皆そこに入ることになる。

 名目上は、魔人から国を、世界を守れるチカラをつけるために、というものなのだが……。ここ百年、魔人の出現は確認されていないため『魔人退治』という意味では有名無実と化している。


 それでもこの学園が重要視されるのは、ここでの成績が国内の役職を決める為に重要な基準にされるからだ。


 厳しいテスト、厳しい授業。

 チカラ不足で学園を追われる者がいれば、過酷な鍛錬で命を落とす者すら居る。

 それほどなのに、躍起になってこの学園でのトップを目指す者が絶えないのは、そういう理由からだった。


「この次会うときは、ライバルね」


 アンリュークは寂しげに言った。

 学園ではそれぞれがライバル、常に競い合うことになるのだ。

 俺はうなづいた。


「そうだな」


 と。

 でも。俺は続ける。


「でも同時に、俺たちは仲間にもなる。違うか?」


 俺の言葉に、アンリュークはハッとした顔をした。


「……そうね、そう」


 なにかを思い出したかのような顔で、彼女は俺に微笑んだ。


「私ね、少し不安だったの。ヘインベール学園では、生徒同士が厳しく競い合う。時には足を引っ張り合うことすらあるって聞いていて」


 学園での成績は、今後一生の地位にも関わってくる。

 盤外戦で足を引っ張り合うことなど珍しくもない。

 たとえば、本来のアユレトがそうであったように。


「アユレトともそうなってしまうのかと、少し不安だった。本当はね、そうなる前に貴方の顔を見ておきたくて今日は来たの」

「心外だな。俺がそんな奴に見えた?」

「ううん、見えない!」


 力強く微笑んで、彼女は俺の顔を見た。


「よろしくね、アユレト。私たちはライバル。――だけど」

「だけど、仲間だ」


 差し出された手を握り返す。

 そうだ俺たちは仲間になる。なっていく。百年続いた平和が崩れ、再び魔人の脅威に脅かされる世が、もうすぐ来てしまう。それを知っているのは、このゲームの先を理解している俺だけだろう。


 ――学園入学まで、あと少し。

 つまり、このゲームの主人公との対決までも、あと少し。


 俺はその日だけを目的にこれまで過ごしてきた。

 悲惨な死に方をしないよう、フラグを打ち砕く為だけに。


 だけど。


 仲間が増えていく。大事な人が増えていく。

 俺はこの先、どう生きていくべきなのだろうか。

 守りたいものが出来た俺は、この先――。


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という場面で!!今回のお話はオシマイになります!!

応援ありがとうございます、力不足で申し訳ありませんでした!!!

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悪役貴族に転生した俺、魔法剣で学園無双してたらシナリオがぶっ壊れてきた ちくでん @chickden

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