第6話 試練
ドナドナと馬車に揺られながら、俺はおそらく死地に向かっていた。
ある晴れた昼下がりのことだ。
「エミリ先生、そろそろ教えてください」
「いいかアユレト、ピンチってのは突然やってくるものだ。わかるだろ?」
「わかります。教えてください」
「面白い返しだな。なあ、リルミル」
「確かに、ピンチはチャンスとも言いますもんね!」
俺の日本語が通じていないわけではないが、会話が通じていない。
今から俺は試験を受ける。
先生曰く、卒業試験だそうだ。
それをクリアすれば、とりあえずは及第点ということらしい。
だが何をするのか全く教えてもらえない。
とりあえず武器と動きやすい格好、さらに強い心を持てと言われただけだ。
リルミルも知っているらしいが、何も教えてくれない。
私は、アユレトさまを信じていますから! と。
「なんだか寒気が出てきました。風邪かもしれません」
「今から運動するからな。汗を掻けば早く治るんじゃないか?」
「戦うってことですか?」
「アユレトさま、攻撃は最大の防御です!」
「だから、何するんだよ……」
やがて森中の川沿いで馬車は止まった。
従者の男が、ものすごく怯えた顔で声をかけてくる。
「こ、ここまででいいですか!? も、もうこれ以上は!?」
「ああ、ありがとう。だがここで待っていてくれ。降りるのは彼だけなんだ」
彼、とは男性のことを指す。
リリミルではないだろうし御者のことでもない。
つまり、俺だ。
「先生、そろそろ教えてください」
「ああ、ほらあそこをみてみろ」
顎をくいくい。
視線を向けると、森の奥になんだかすごくヤバそうな雰囲気の家があった。
いや、どちらかというとアジトっぽい感じだ。
ボロ板で作られた入口、すごく悪そうな奴らがいそうな気がする。
「みました」
「そういうことだ」
「どういうことですか!?」
「アユレト様、ピンチはチャンスです!」
いつも優しいリルミルの語彙力が皆無になってきているのは気になる。
そして俺は原作のゲームを思い出していた。
――まさか。
「あれって……もしかしてシーデゥの隠れアジトじゃありませんか?」
「博識だなアユレト、座学は合格だ」
シーデゥとは、確か奴隷商人の頭目だ。
デカい体躯に残虐な性格、その強さに、憲兵たちですら捕まえるのを躊躇しているとか。
まあ、原作の知識だが。
「もしかして、今からあそこに行くんですか?」
「そうだ。完璧じゃないか。もういうことはないな」
「それで、シーデゥを倒すってことですか?」
「アユレト、お前は天才か?」
あまり褒めてくれない先生が、今日はたんと喰らえとばかりに褒めまくってくる。
リルミルは「大きいアジトですねえ」と感心していた。
「一人でってことですか?」
「ああ」
何人、何十人いるかもわからないような場所に俺一人。
この人、鬼、悪魔、エミリ先生だ。
あり得ない。
俺が死んでも何も思わないんじゃないのか!?
と、言葉を失っていると。
「アユレト」
エミリ先生は俺の目を見ていった。
「私はお前をずっとみてきた。きちんとわかっているつもりだ。お前ならやれると。だが不安ならやめてもいい。恐怖は腕を鈍くする。――だが、これを乗り越えれば、お前はもっと強くなれる」
その目に冗談けは一つも混ざっていない。真剣な瞳で俺に言った。
先生がこれまで俺に、嘘をついたことはなかった。
つまり俺なら問題ないということだ。
それはリリミルもだ。いつも俺のことを心配してくれている。
にもかかわらず、今日はそんな素振りがない。
信じ切った目で俺のことを見ている。
シーデゥは小悪党だ。子供を攫ってきては、奴隷として他国に売りさばく。
それなのに裁かれるシーンを原作で描かれていない。
ここで俺が動けば、原作改変の実例を作ることができる。
それはとても良いことだ、俺も未来に対する希望が広がる。
呼吸を整える。
俺は自分をまだ信じきれない。
しかしエミリ先生とリルミルのことは信じている。
――俺なら、できるんだろう。
「わかりました。けど、もし何かあったら骨は拾ってくださいよ」
「ああ、シードゥの骨は大きいだろうな」
「アユレト様、今日の夜はご馳走を作ります!」
二人の返しに、俺は笑みをこぼした。
そのまま剣を取り出し、ゆっくりとアジトに向かって歩く。
覚悟を決めたからだろうか。高鳴る鼓動が徐々に静かになっていく。
俺は今から、おそらく人を殺す。
果たしてできるのだろうか。
入り口にたどり着くと、中の気配を伺えた。
部屋に居るのは多数、たぶん五人以上だ。
ならば不意を打つのが良さそうだ、そう考えて間取りを確認していると。
――ひひぃぃいん!
乗ってきた馬車の馬が、背後で盛大にいなないた。
振り向くとエミリ先生が馬を鳴かせている。
遠くで俺と目が合うと、満面の笑顔を見せながら親指を突き出してくる。
先生は俺の不意打ちを妨害して楽しんでいるようだ。
やっぱり鬼、悪魔、エミリ先生に違いない。
馬の声を聞きつけたのであろう、入口のボロ板が開いた。
現れたのは、髭面の悪そうな男二人だ。
手には剣を持っている。
「なんだお前?」
と声を掛けられてしまった。
諦めて腹をくくる。
「シードゥは居るかな?」
「……知り合いか?」
「いや、捕まえにきたんだ」
俺の物言いに、二人は笑った。
それから、真剣な表情に戻る。
「――バカが、死ね」
振りかぶられる剣、その時、俺は驚いていた。
――遅い、遅すぎる。
エミリ先生とは比べ物にならない。
間違ってても当たるわけがない。
ああ、そうか。
――俺は、どうやら随分と強いらしい。
「ぎゃああああああああああああ」
悲鳴がこだまする。
俺は男の右腕を落としていた。続くもう一人は、喉笛を一閃。
魔法剣を使うまでもなかった。
不意打ちをしていたら、この強さを自覚できなかっただろう。
先生が馬をいななかせたわけがわかった。
「な、なんだあっ!?」
部屋に入っていくと残りの男たち四人が一斉にこちらを向いた。
うち一人は、今にも女性に乱暴をしようとしていたところだ。
襲われ掛けている女性を見てカッとなった。
こいつらはクソだ、手加減する必要はない。
そうだ、思い返してみればゲームをしているときから、こいつらが裁かれるシーンがないのを不満に思っていたじゃないか。
「魔法剣、斬!」
なるべく時間を食わないように、俺は魔法剣を使った。
切れ味が増した杖剣は、荒くれどもの腕を、足を、喉笛を、一瞬で切り裂いた。
四人いた荒くれどもが全員床に転がる。
俺は襲われていた女性に近づいて声を掛けた。
「もう大丈夫だ、安心しろ!」
しかし返ってきた言葉は意外にも冷静な声だった。
「ありがとう。でももうホンの少しだけ遅い助けだととても嬉しかったのだけど」
「え?」
聞き覚えある声だった。
たしか、この声はゲーム中で何度も繰り返し聞いている。
思わず女性の顔をよく見てビックリした。
ゲーム主人公とくっつくはずの正ヒロイン、アンリューク・デア・ホークハインドがそこにいたのだ。
月の光をなびかせたような長い金髪に透明度の高い碧眼。
姿こそ町娘に扮しているが、そのくっきりした目鼻立ちを見間違えるはずがない。
「ア、アンリューク……!? どうしてこんなところに貴女が?」
「あら私を知ってらっしゃるの。そういう貴方はアユレト・デルマ・アルデイドでしょう?」
「俺をご存じで?」
「同年代の貴族として知らない者はいなくてよ、最悪の傲慢貴族である貴方の名は」
そういえば俺はある種の有名人なのだった。
悪名が貴族間で轟いている。
「だいぶん痩せたのですね、アユレトさま」
「え?」
「前に社交場で見たときにはお太りになられてましたけど。不思議ですね、痩せたせいなのかあの時と印象がまったく違う」
「そ、そうですか?」
「失礼ながら、あのときは目を合わせるのもイヤでしたのに」
俺は苦笑いと共に頭を掻いた。
まあ嫌われていて当然な奴だったからな、『アユレト』は。
「ふふ、今の貴方からはイヤな匂いがしない。まるで別人みたい」
ギク。するどい。俺は話題をちょっと逸らすことにした。
「アンリューク嬢がなぜこんなところに。攫われるような方ではないでしょうに」
常に護衛されている身分だから、というのもあるが、一人だとしても彼女を攫うなど到底できやしまい。なにせこの後、剣の腕は新入学生一と言われることになるヒロイン枠だ。
「知り合いである子がシーデゥ一味に攫われてしまいまして。助けるためにわざと捕まっておりましたの。アユレトさまは何故ここに?」
「俺は、師による試験でここにいるシードゥどもを排除しにきたんだ」
「そう。それならおめでとうございます、シーデゥならそこに倒れてましてよ」
俺が喉笛を切り裂いた死体を指して、アンリューク嬢は言った。
あれれ、あっけない。
これで試験自体は合格なのか?
「……まさかシーデゥ一味をこんな簡単に倒してしまうなんて。わざと捕まるなんてことをした私がバカみたい」
そういえばアンリュークはゲーム内でも正義感が強くて、受けなくてもいい厄介ごとをよく持ってくる女の子だっけ。
一緒に学園へと入学したあと、俺はこの娘に蛇蝎のごとく嫌われるはず――。
「強いのですね、アユレトさまは」
だったのだけど、どうにも雲行きが違ってるな。
決してこんな、苦笑と共に微笑み掛けられるような関係性ではなかったはずなのだ。
「えっと……」
あれ、うまい言葉が出ないぞ。
ただただ嬉しさが込み上げてきてる。俺はリルミルだけでなく彼女も推しだったのだ。
その推しと、こんな良い感じに喋ることができるなんて。
「ただ、奥の奴隷牢を解放するのは、逆にちょっと大変になっちゃったかも」
「ど、どういうこと?」
「鉄扉の鍵の場所がわからないからシーデゥから聞き出そうとしてたの」
「生き残ってるやつらに聞いてみたら?」
俺は腕を抑えてうずくまっている奴らを見た。
皆戦意を喪失している。簡単に吐くだろう。
「知ってるのはシーデゥだけみたいなのよ。もう少しで聞き出せたところだったんだけど……って、ごめんなさいアユレトさまを責めるつもりはないのですけど」
と、そこにエミリ先生とリルミルがやってきた。
「どうだ、終わったか?」
「えっ、あっ、はい」
「どいつもこいつも一太刀か。どうやら躊躇わず斬れたようだな、合格だ」
そう言ってにんまり笑うと、エミリ先生は俺の髪をクシャと掴んで頭を撫でた。
「技術を教えても、それを人間相手には使えない奴、ってのが一定数いる。よかったなアユレト、おまえには才がある。こちら側の人間さ」
「凄いです、さすがアユレトさま! 文字通り汗一つかかずに! この汗吹きタオルすら必要ないほどクールだなんて!」
必要ないと言いつつリルミルは俺の額をタオルで拭いてきた。
単に自分が拭きたかっただけだな、これ。
やれやれ、と俺が苦笑していると、横にいたアンリュークが「この方々は?」と目で聞いてきた。
「俺の師匠とメイド」
「そう、先生ってやつです。それよりアンリューク殿、あまり無茶をなさいますな。貴女の親御さんから依頼を受けた冒険者ギルドの長が、慌てふためいてあたしたちに話を通しにきましたよ、貴女を救出してください、と」
「あらやだ、お父さまったら。数日出掛けてくるけど心配なさらないようにと言っておきましたのに」
とぼけた顔をするアンリューク。
計算なのか天然なのか、わかりにくい。原作でも正直その辺はフワフワしている。強くて自由奔放、そこが彼女のカワイサの一つだった。
「ですがまだ帰るわけには参りません。奴隷牢から友達たちを解放しないと」
「鍵がないそうだね。そんなのはこの男に任せればよい」
「アユレトさまは鍵開けができるのですか?」
もちろんできるはずがない。
だが、扉を開けるだけなら今の俺はできる。俺はアンリュークに連れられて、奥にあった洞窟牢の前まで来た。
洞窟の岩肌にがっちり備え付けられているのは、鋼鉄の扉か。
大きな錠前が掛かっている。確かにこれは開けるのに難儀しそうだ。
昨日までの俺ならな。
「アユレトさま、ファイトです!」
今日のリルミルはそればかり言っている。
ああでも、彼女のおかげでリラックスできる俺がいた。だから。
「魔法剣・斬」
振りも軽く杖剣を縦一閃。
錠前だけでなく、鋼鉄の扉ですらも俺の杖剣の前にはチーズも同然だった。
柔らかくて、切る感触すらほとんど感じないひと振り。
壊れた扉から、奴隷として売られる前の子供たちが飛び出してきた。
俺たちのズボンやスカートを掴んで、皆ワアワア泣いている。解放されたことがきっと嬉しいのだろう。
「はは。魔法剣は鍛錬を始めてまだ半年だぞ、それでここまで習熟するかね。おまえは本当に凄いな、アユレト」
今日は手放しに褒めてくれる先生だ。
いつも厳しいだけに素直に嬉しかった。
横にいるアンリューク嬢も、囲んでくる子供たちの頭を撫でながら俺の方を見た。
「鋼鉄の扉を切る、なんて発想正直ありませんでした……ほんと凄いのですね、アユレトさまは」
俺は顔が赤くなるのを承知で、彼女に今の気持ちを伝えた。
「よかったら、アユレト、って呼んで貰えると嬉しいな、アンリューク嬢」
「じゃあ私のことも、アンリューク、で」
「え、いいの?」
「良いもなにも、そうじゃないと釣りあいが取れなくてよ?」
アンリュークが俺に笑いかけてくれる。
いや、あの! めっちゃこれ嬉しくてテレるんだけど!
……こうして予期せぬ出会いと共に、俺の試験は終わったのだった。
名前:アユレト・デルマ・アルゲイド
年齢:15歳
レベル:12
体力:720/720
魔力:270/350
生命:10/10
スキル:ヒーリングLv1、並列思考Lv7、剣技Lv8、反射能力Lv9、魔法剣壊2、魔法剣斬4
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