第5話 sideエミリ

「これで二撃目、というわけには行きませんか?」


 倒れながらあたしの足を軽く小突いてきたとき、奴に技を教えることを決めた。

 一撃でも良いはずの試験を、それだけで済まさない態度から、底知れぬ貪欲さを感じたのだ。


 あたしは欲がある奴が好きだ。

 対象はなんでもいい。欲望にまみれながら、なにかを得ようと足掻く奴が好きだ。

 欲望はいい。

 人が人たる所以であり、獣とは一線を画す生き物である証左。あたしは大好きだ。


「ずるくなれ」


 あたしがアユレトにそういったあの日から、あいつはまた変わりだした。

 稽古の最中に、隙あらばあたしから一本取ろうとしてくるようになった。


 それは時に完全なる不意打ちのときもある。

 卑怯とは言うまい、あたしがそう仕向けたのだから。


 アユレトは強くなることに関して貪欲になった。

 剣に乗せる魔法を一つ覚えたら、それだけでは終わらない。幾つもの派生を覚え、その全てを試していく。


 壊を覚え、斬を覚え、四大属性のエレメントを剣身に乗せることを覚えた。

 次の日にはあたしが教えるよりも早く、それらを組み合わせることを試行錯誤していた。


 今では、不意の一撃にすらこれらを複合させて剣に乗せてくる。

 なんと、このあたしが対処に際して必死にさせられるときが、こんなに早く来るとは。


 そしてまさか、不意打ちとは言え紛れもない一本を奪われるときが、こんなに早く来るとは。


「いてっ! いてて、ちょっと待ったアユレト!」

「え?」

「え、じゃない。今の一撃はあたしにしっかりダメージを与えた、と言ったんだ!」

「ほ、本当ですか!?」


 やったあ、と喜ぶあいつのはしゃぎっぷりは、なんとも年相応で喜ばしいものだった。

 しかし成し遂げたことは、年に見合わない偉業とも言えた。

 なにせまだ十代の若い青年が、現役プラチナ級冒険者から一本を取ったのだ。


「大丈夫ですか、エミリさま」

「いちち、まあ大丈夫だ。ありがとなリルミル、すぐにヒールを掛けてくれて」


 アユレトはあたしとの稽古で怪我をしない日はない。

 それを魔法で癒そうとするためだろう、リルミルの回復魔法もだいぶ上達した。


 時が来たことを感じた。

 試練を与える時が。


 この試練で、アユレトには覚悟のほどを示してもらう。

 超えられないというなら、残念ながらそこでオシマイだ。


 修業半ばではあるが、魔法剣の習得もここまで。

 あたしは館を去り、冒険者としての本分に戻るだけの話。

 なんのこともない。


 だが、あたしは確信している。

 あいつが『こちら側』へと渡ってこれることを。


 待っているぞ、アユレト。

 才能だけでは進んで来れない『こちら側』でな。

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