第4話 修業
「頑張ってくださいー、アユレトさま!」
リルミルの声援を受けながら、俺は針の敷かれたマットの上を走っていた。
狭い足場の部分だけ針がなく、そこを走れ、という指示だ。
リルミルは他のメイドの仕事をこなしながらもマメに俺のところにきて応援をしてくれている。本当にありがたい。
「どうしたアユレト、時間がないぞ」
「は、はい!」
その横では、エミリ
あの戦いは結局俺の負けだった。だけどなぜか、先生は俺への指導を引き受けてくれた。
戦いが終わったあと、倒れている俺に向かって先生が言った。
「アユレト、おまえセンスはあるな」
先生が言うには、目がいいらしい。
確かに俺は先生の攻撃を目で捉えていたと思う。ただ、身体がうまく反応してくれない。
時折り反射で動けるときがあって、その動きに先生は驚いていた。
「まさか、一撃とはいえ私に剣を当ててくるとはな。あの動きは見事だったぞ」
そう、一撃だけ。俺の剣がエミリ先生まで届いたのは、一回きりだった。
身体が思ったように動いてくれれば、もっとチャンスはあったのに。
それが悔しくて、俺は倒れたまま先生のくるぶしに、コツン。
手にした杖剣を軽く当てる。
「これで二撃目、というわけには行きませんか?」
「ふふ、そういう図々しさも嫌いじゃない」
エミリ先生はにんまり笑い、俺への教師役を引き受けてくれた。
そして今に至る。
「よーし、間に合ったな。じゃあ次はもっと短い砂時計にしていくか」
「ひい、はあ、……の、望むところですよ!」
もちろん休憩はなし。
基本的にエミリ先生のしごきはスパルタ式だった。一気に俺の頭の中に必要事項を叩き込んで、考える余裕がないように虐めてくる。
え? いま十分考えているじゃないか、って? それはこの修業を始めてから覚えた特技のお陰だろう。
名前:アユレト・デルマ・アルゲイド
年齢:13歳
レベル:4
体力:13/60
魔力:30/30
生命:10/10
スキル:ヒーリングLv1、並列思考Lv1
お陰様で、身体を無心に動かしている自分と、それを俯瞰的に見ている自分という、なんとも表現しにくい思考意識が生まれてきた。
必死な俺と冷静な俺が同時にいる、という感じか。
こうして俯瞰で眺められるようになってやっと気づけたのだが、エミリ先生のしごきは至極合理的なものであった。
まずは最低限、反射で動ける幅を広げていく。これを土台にして、思考を乗せた動きを覚えさせていくつもりなのだろう。
ゲームをプレイした中ではもっと感情的で感覚的な人かと思っていたのだが、全然そんなことはなかった。戦いにおいてエミリ先生は理知的であった。
一週間ほどこうやって身体を動かしたあと、剣術修業に入ることになった。
どういう内容かといえば、これもベースは『身体で覚える』だ。
一連の流れになっている型を覚えさせられたあとは、エミリ先生と手合わせをする。
身体で覚えるというのはそういうことで、俺は毎回アザだらけになってしまう。
「今はまだだいぶ手加減しているからな。骨を折ることはあるまいよ」
まあ折れたら折れたで、あたしのヒールで治してやるから安心しろ、などと笑っている先生の顔が時折り鬼に見えるくらいにはズタボロにされている。
戦っている最中、何度か意識が飛んでいるらしい。
エミリ先生曰く『トンでるときのがおまえ、強いぞ?』とのことだ。
「凄い潜在能力だと思うぜ? まずは意識を保ちながら、その動きができるようになるまでになれ」
激しい練習で意識を飛ばさない為には、まず基礎鍛錬だ。
俺は先生に言われるまでもなく、毎日走り込んだ。
「アユレトさま、走る前と走った後にはこれをお飲みください。エミリ先生が私に教えてくださいました、少しだけ魔法を使ったスタミナドリンクです」
「魔法? エミリ先生がリルミルに教えてくれたのか?」
「はい。アユレトさまの体調を整えるために是非、と言いましたら、快く」
ここ数週間でわかったのは、エミリ先生がたいぶ気さくな人だということだ。
こうしてリルミルの面倒も快く見てくれている。
公の場以外では口調を崩して欲しい、と最初に告げておいた影響もあるのかもしれないが、思った以上に使用人たちからの評判もいい。
俺はゲームプレイでなんとなくエミリ先生の性格を知っていたつもりだったのだけど、それでも想像以上に懐が深い人に思えた。そんな先生に認められて修業をして貰えていることは、なんとも誇らしい。
「ほう、今日は意識がまだ飛んでないのだな」
にんまり笑いながら、先生は楽しそうに俺をしごく。
「一時間は耐えるようになったか。悪くないぞ、じゃあ、こっちも加減を上げていくか」
その日は骨を折られた。
すまんすまん、と笑いながらヒールを掛けてくれるものの、稽古を再開すればまた同じ調子で木剣を振るってくる。俺は必死になって先生の木剣を受け流したものだ。
稽古が終わると、リルミルが魔法ドリンクを持ってきてくれる。
最近はヒールの魔法まで使えるようになったらしく、先生ほどの効果ではないけれども俺を癒してくれる。
俺もヒールは使えるのだが、あっという間にリルミルは俺の魔法レベルを超えたヒールを使えるようになっているようだ。ちなみにこれは原作ゲームとは、明らかに違う流れだった。リルミルにヒーラーの素質があったなんて、聞いたことがない。
「アユレトさまを見て、私も頑張りたいと思ったんです。私はアユレトさまのお力になりたいのです」
健気なことを言ってくれる。
すごいなリルミル、ゲーム本編にはなかった能力が開花してしまったのか。
彼女のひたむきさが、ゲームの設定を超えたとでもいうのだろうか。
だとすれば、これは嬉しい現象だと言えた。
このゲームの内容は、やはり変えられる。俺も彼女に負けぬように頑張り、未来を変えていかねばならない。ゲームのルールを、破壊してやる。
半年くらい経った頃に、エミリ先生がポソリ、と言った。
昼飯の休憩時間のことだ。
「なあアユレト、おまえ逸材かもしれないぞ?」
「ど、どうしたんですか突然」
「あたしはな、目を凝らすと相手の能力がだいたいの色でわかるんだが……、おまえの能力の上がり方は普通じゃない」
名前:アユレト・デルマ・アルゲイド
年齢:14歳
レベル:6
体力:210/210
魔力:50/50
生命:10/10
スキル:ヒーリングLv1、並列思考Lv5、剣技Lv3、反射能力Lv4
こっそりステータスを確認する。
そういえばこの半年で色々とスキルが増えたし体力も上がった。
日々がっていく能力を寝しなに確認するのは、正直楽しくて嬉しかった。
「最近は戦闘中に俯瞰して自分を見る能力にも長けてきたようだしな。いい傾向だ」
「――わかるんですか?」
「そりゃわかるさ。ここからおまえ、一気に強くなっていけるぜ?」
ひひひ、と楽しそうに笑うエミリ先生。
「そろそろ魔法剣の方も教えていくとするか」
「本当ですか!?」
「ああ。頃合いだ、そろそろ使いこなせるだろうよ」
魔法剣とは、剣身に魔法効果を乗せて相手に叩きつける近接魔法だ。
距離を詰める必要がある代わりに、効果は絶大。似た工程を経た魔法を遠距離から飛ばすのに比べたら、数倍の効果を得られる。
剣の技術も必要な代わりに、威力は最強ランク。ゲーム上ではそういう設定だった。
よし! よし!
やっと出発点に立てた。絶対に使いこなせるようになってやる。
「まずは魔力の練り方からだな」
動いていたこれまでと打って変わって、今度は静かなることを要求された。
座らされ、身体の中に魔力が巡っていく様子をイメージする。
元の世界でいう、座禅、に近いことをさせられている気がした。
「そうだ。身体の中を巡らせたあとに、手にした杖剣へと魔力を集めていく。つまり、こう」
そういって先生が庭の岩に向かって自らの杖剣を振る。
岩は、グバン、と大きな音を立てて縦に割れた。
「あひゃ!」
と声を上げたのは横で見ていたリルミルだ。文字通りに目を丸くして驚いている。
「み、見ましたかアユレトさま! 岩が、岩が剣の一振りで!」
「見ているよ。あれが当面俺の目標であるところだ」
「ふわぁぁぁ」
ビックリ顔のまま、リルミルはエミリ先生の腕を触り始めた。
先生はどことなくこそばゆそうに。
「な、なんだいリルミル……?」
「凄いです。筋肉質ではあるけれど、やっぱり女性の腕なのに」
「それが魔法剣ってものさ」
「魔法剣って凄いのですねぇ」
そういうとリルミルは割れた岩に向かってチョップを始めた。ぺちん、ぺちん、と岩を叩いた後に自分の二の腕をムニムニ掴み。
「私の筋肉じゃ絶対無理です」
おい聞いていたのかリルミル、筋肉の力で岩を割ったわけじゃないぞ?
俺が苦笑していると、先生も同じく苦笑していた。
リルミルのとぼけた反応は、時に良い気分転換となる。
思わぬリラックスを得た俺は、先生に言われた通り身体の中に巡っている魔力を、杖剣に集めてみた。
ああ、わかるぞ。剣身の先まで魔力が循環している様子が。
俺は見よう見まねで先ほどの一撃を真似てみた。杖剣を岩に向かって振り下ろす。
――ガキン!
「あれ!?」
岩に剣身が弾かれてしまった。おかしいな、魔力は込められたと思うんだけど。
「ははは、悪くはなかったぞアユレト。だが、魔力を魔法に練り直す過程がまだ抜けているからな。さっきのあたしの一撃は『壊』の魔法を乗せた一撃だ」
「壊、ですか」
「そう壊だ。壊以外にも、たとえば『斬』の魔法を込めたなら」
岩に向かって今度は水平斬りをする先生。
音もなく岩が両断され、ズリリ、と斜めにズレる。
「こういう芸当も可能だ」
壊と斬。
どちらにしても普通に考えたらありえない物理現象だ。それを難なくこなしてしまう先生に、俺は驚嘆した。
「壊と斬は基本だが重要な魔法だ。まずはこの二つから習熟していけ」
「わかりました!」
「……おまえは勝ちたい相手がいる、と言ったな?」
言った。
このゲームの主人公と、俺は入学式で戦うことになる。
その試合で、勝ちたい。
「ならばそいつに勝つことだけをイメージして剣を振るえ。これからは常に魔法剣を発動しながら剣を振るうんだ。あたしもまた一つ段階を上げて対応する。死なないとは思うが、心してあたしの剣を捌いてくれ」
この日から、座禅と実戦訓練が始まった。
捌きそこねて魔法剣を受けると、これまでとは違った衝撃が、身体の内部から炸裂する。
「魔法剣に意識を取られて剣技が疎かだ。早く馴染ませろ!」
倒される毎日。
叩かれ過ぎて気持ち悪くなるので、最初のうちは、朝飯と昼飯を抜くことにした。
が、すぐにやめた。
食べていないと、それはそれで身体の動きが悪くなることに気がついたのだ。
俺は必死になってエミリ先生の剣を受けた。
「おまえ、喧嘩ってのはどういうものだと思う?」
あるとき先生が言う。
「喧嘩はな、勝ってナンボだ。勝つために手段を選ぶ必要はない。そんな喧嘩において、一番即効性のある手段ってのはなんだ?」
「えーと……」
俺は考えようとした、馬鹿正直に。
その途端にエミリ先生の剣が飛んでくる。俺は剣を腹で受けてしまった。
「不意打ち、それと先制攻撃だ。最初に一発入れてしまえば、その後の相手は最初から『削られた』状態で戦うことを余儀なくされる」
「げほっ、げほっ!」
「おまえは正直すぎるんだ。もし生死を賭けた戦いだったなら、今のでオシマイだろう」
エミリ先生は腕を組んだ。
「ずるくなれ。戦いってのは、如何に相手へ嫌がらせするかってのが本質だ。思い出せよ、あたしがおまえの教師になる切欠となった最初を」
「え?」
「おまえ、倒れたままあたしの足に剣を当てて『これで二撃』といっただろう? あれはよかった、完全に不意を突かれたよ、見事だった」
不思議と、優しい目をしてエミリ先生は俺を見た。
「あたしはな、ここ半年超おまえを見ていて、凄く好ましい奴だと思うようになったよ。才能があるのに奢らない、黙々と修練を積んできた。あたしはおまえを気に入ってる。だから、心して聞いて欲しい」
優しい声。
「時が来たら、おまえに試練を課すつもりだ。くれぐれも頑張って欲しい。できればおまえには死んでほしくない」
エミリ先生のこんな優しい声は聞いたことがない。
こんな目も。
俺にはわかる。彼女は本気で俺のことを試すつもりなのだ。
「いいか躊躇うな。大事なことはなんなのか、一瞬で判断しろ」
俺はごくり、とツバを飲み込んだ。
そして、しばし沈黙。
あれ? と気がついた。俺は、笑ってないか?
「……望む、ところです」
声が出た。武者震いで手が震えている。俺ってそういう奴だっけ?
「ふふ、そういうところも大好きだ。おまえは立ち向かう人間なのだな」
ああそうか。
俺は決めたんだった、今回の人生は、精一杯生きてやるぞと。
思ってた以上に、俺は変われているんだ。それが嬉しくて、手をギュっと握りしめた。
震えが止まる。俺は決意した。
そうだやってやる。どんな試練であろうと俺は超える、全てをぶっ壊してやる!
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