第3話 sideセイバ

 私、セイバがこの家の執事となって既に10年は経とうとしている。

 アユレトさまのことは、幼いの頃から見ていた。

 ひと言で言えば、甘やかされて自我の肥大した、醜い子供。それが彼、アユレト・デルマ・アルゲイドさまだった。


 だった、はずだ。

 過去形なのは、この半年で人が変わってしまったように思えるからだ。


 粗暴で、人を人とも思っていない。

 毎日料理に文句をつけてはシェフをいたぶり、メイドのことも粗末に扱う。


 そんなアユレトさまが、ある日、メイドのリルミルのことを身を挺して守ったという。

 それどころか、彼女の心配までしたそうだ。


 始めは耳を疑った。

 しかしその日、アユレトさまはシェフの料理を褒めたのだった。記憶にある限り、これは初めての出来事だ。その上、これまでの自分を反省するなどと言う。


 素直に受け取り切れない。なにか悪質な悪戯を新しく思いついたのかと思っていた。

 しかし次の日、アユレトさまは私の私室までわざわざ赴き、強くなるための訓練法を聞きに来た。

 あの、身体を動かすことをなにより嫌っていたアユレトさまが、である。


 私は戸惑った。なぜ私のところに、と。

 私はもう老年、もっと適役と思えそうな者が他にいるだろうに、と。


 するとあの方は言う、私の普段の所作から私が強いのだろうと思った、と。

 なんてことだ、アユレトさまにそのようなことを見破る眼力があったとは。

 これまで私に悟らせることもなく、である。


 私は訓練に必要な項目を書いて渡した。

 どうせ続かないだろうと思いながら。


 しかしどうだ。

 あの方は、私の指定した訓練を黙々とこなし始めた。むしろやりすぎを私がたしなめなくてはならないほどに。

 頑張り、という言葉ではうまく表せられない。

 その姿勢は、私に決意を感じさせるに十分だったのだ。


 毎日身体を動かして、夜には屋敷で食事を取る。

 うまいうまい、と食事を取る。明るくおなりになられた。


 つられて屋敷の中も明るくなってきた。

 アユレトさまが使用人への笑顔を欠かさぬようになったのだ。あの方は本当に変わったのだ、それを疑った自らの不明を私は恥じた。


 そんなある日、アユレトさまがまた私の自室にやってきた。

 今度はなに用だろうか、と耳を傾けてみると、プラチナ級冒険者のエミリ・ハードナッシュを魔法教師に呼べないかとの相談だった。


 彼女と私は、知り合いだ。

 しかしそれをアユレトさまが知っているわけはない。私は理由を訪ねてみた。


 魔法剣を習いたいのだと言う。

 確かにエミリは当代随一の魔法剣使い。だが彼女が、大人しく教師などしてくれるだろうか。


 考え込んでいると、アユレトさまは言った。

 声を掛けてくれるだけでいい、彼女の関心は自分自身で勝ち取る、と。


 その言葉に私は、年甲斐もなく心が躍った。

 この方は言うのだ、あのエミリ・ハードナッシュの心を自分で射ると。

 私や屋敷の者たちの心をこの短期間で掴んだあの方が、今度はプラチナ級冒険者の心を自分で得ると。


 結論を言うと、エミリはアユレトさまの先生になった。

 予告通り、彼は現役プラチナ級冒険者の心を、一発で掴んでしまったのだ。

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