下
小蘭婆さんはもう家に帰ったらしく、お堂には鍵が掛かっている。
急いで鍵を開けて、お堂に入る。どたどたと足音がうるさいけど、そんなこと構ってられない。
広間を抜けて、奥の部屋に入る。
赤、青、緑、金、銀、宝玉。
綺麗。
でもそんなのどうでもいい。
小窓。
そうっと指をかけて、ゆっくりと開く。
中を覗くと、そこは黒く塗られた部屋だった。
明り採りの窓も無い、ただ黒いだけの部屋。
それなのに、薄っすらと赤い光がある。
部屋のあちこちに転がっている宝玉が、赤い光を発しているのか。
綺麗だ。
ぼーっとそれを眺めていると、笛とも
そして、赤い光がゆらゆら揺れて、部屋の真ん中に集まる。光が丸く固まったと思ったら、赤い閃光と共に、黄色くて丸い何かが現れた。
袋みたいなそれには、ずんぐりとした足が六本と、白鳥みたいな羽が四本生えていた。
羽以外はどこものっぺりしていて、確かに触ったらぷにぷにしてそうだ。足の向きからこっちが前かな、と分かるけど、顔らしい顔がない。
普通なら顔がある所には、ただ足の付け根があって、それが盛り上がってむっちりしている。
なんというか、前にも後ろにもお尻があるみたいだ。黄色いお尻が二つくっついて、羽と足が生えたような、そんな見た目。帝江様は、ずいぶん可愛らしいものだった。
「帝江様、楊蓮香と申します。今度から踊り子を務めます」
私の言葉が通じているのかは分からないけど、帝江様はお尻みたいな顔を私に向けて、ゆっさゆっさと体を揺らした。
よく見ると、お腹の中にも赤い光があって、皮越しに光が透けて見える。
またプゥプゥ、プワァと、笛とも違う不思議な音がする。それに合わせて、割れ目から小さく炎が漏れる。
これは、鳴いているのか。
お腹の中に火があって、鳴くと出るんだ。
楽器みたいでもあるけれど、ちょっとオナラにも似てるかも。
なんか可愛いと思って見ていると、帝江様は何度か羽を震わせてから、プワァ、プィプィと不思議な調子で鳴きながら、体を起こして前足を振ったり、転がって足をバタバタして見せたりした。
もしかして、歌いながら踊っているのか。
しばらく眺めていると、帝江様は踊りながら少しずつ小窓に近づいてきた。
ついには窓に顔を押し付けてきて、黄色い塊がむっちりとはみ出してくる。怒られるかなと思いながらも触ってみると、赤ん坊のお尻のようにもっちりとしていた。
帝江様はぶるぶると体を震わせて、部屋の奥へと戻っていった。そして、また何度かプゥプゥ歌いながら不思議な踊りをした後に、赤い光になって消えていった。
小窓から顔を離すと、いつの間にかお堂には夕日が差し込んでいた。
私は、小窓を閉めて家路についた。
翌朝、私は小蘭婆さんに叩き起こされた。
「蓮香! お前、小部屋を覗いただろう!」
婆さんの少し後ろでは、父さんと母さんががっくりと肩を落としている。
「水晶の光が強過ぎるし、小窓の奥からずぅっと帝江様のお声が聞こえるんだ。普通はこうじゃないんだよ!」
「ご、ごめんなさい、あの」
「来な!」
急いで飛び起きて、小蘭婆さんを追いかける。
よっぽど急いでいるのか、小言も言わずにひたすらお堂に向って走る。お堂の門を開け、そのまま奥の小部屋に向かう。
「早く着替えな」
婆さんは棚から衣装を取り出して、私にぐいと押し付ける。
「あの、楽器の子達は」
私がそう聞くと、婆さんはゆっくりと首を横に振り、要らないよ、と言った。
「さっきは怒ったけどね、まぁ、小窓を覗く娘はお前が初めてじゃない」
「そうなんだ。じゃあ、どうするの?」
「帝江様がご満足されるまでね、ひたすらお付き合いするんだよ。帝江様は歌舞音曲にお詳しい。今は舞をお見せするだけだけど、本当は人に舞を見せるのも好きでね、昔は娘を捧げてたんだ」
「い、生贄ってこと? ねぇ私死んじゃうの?」
「死にはしないよ。ただねぇ、帝江様は歌に踊り……そういう情を動かすものと、ご自分の情を熱く震わせることがお好きなんだ。若くて綺麗な娘に舞わせるのも、そのためだからね」
婆さんは喋りながらも、器用に私の帯を解いてしまう。
「待って、着る、着るから」
「早くしな。ここんとこずっとね、帝江様には舞をお見せするだけで我慢してもらってたんだ。それなのに、お前が欲を刺激したんだよ」
急いで衣装を着終わると、婆さんが襦の裾を引っ張り出して、私の胸をはだけさせる。
「はい、あそこの扉の奥だ。行っといで」
「怖いよ」
「大丈夫。大変だけど、死ぬとか痛いとか、そう言うことは無いからね。こんなに激しくお求めなんだ、行かなかったら、お怒りも激しいよ」
お怒りも激しい。そんなことを言われたら行くしかない。私のせいで飢え死になんて、嫌だ。
意を決して小部屋に入ると、すでに帝江様がお姿を現して、昨日よりも激しく踊っていた。
私が部屋に入ったのに気がついたのか、帝江様の羽が大きく羽ばたいて、ころりとした体が浮き上がった。
私の目の前に降りた帝江様は、高いお声でプゥと鳴いて、体をぶるぶる震わせた。
踊るのかな、と思っていたら、割れ目から何か桃色の物が伸びてきた。柔らかそうで、なんだか湿り気がある。
これは、舌だ。
長い長い舌が私の体に張り付いて、気持ちの悪い熱が伝わってくる。体がその熱を感じる程、反対に私の背筋には悪寒が走った。
あぁ……本当に、余計なことを気にしなければよかったな。でもなんで、なんでみんなわざと気になるような言い方するんだろう。
大変なことが起きるかも、と言いながら。
瑛月姐さんだってそうだ。
村に大変なことが起きたなら、里長の家だって無事ではないのに。踊り子が大変な目に遭うだけだって、分かってるならいいけれど。
それにしてもひどい気分だ。
あんな気になる言い方するなんて、ひっかけられたみたいじゃないか。なんで私だけこんな目に遭わないといけないんだ。なんだか悔しい――
あぁ、そうか、そうなんだ。
瑛月姐さんも。
小蘭婆さんも。
見たんだ。
〈了〉
禁看之舞、禁説之言 鯖虎 @qimen07
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