第13話 限りない想いを限りある時間の中で。
朝、起き上がると入念に支度をして指定された場所へ向かう。
昨日は緊張してあまり眠れなかった。この3年の間でピニオンは新しい暮らしと新しい主に慣れて、もう僕の事なんて忘れてしまったんじゃないか?とか、『勇者パーティーの竜使い』として僕では役不足だと門前払いを食うのではないか、とかそんな事がよぎったりして。
「歓迎するよ、リュート君。君には頑張って欲しいとは思っていたが、まさか本当に今日までにAランクに上り詰めるとは思ってもみなかった」
普段は王竜騎士団の訓練に使われている、ラ・ティール王城の中庭。
そこで待ち構えていた『現在のピニオンの主』でこの世界で唯一のSランク竜使いである彼女、アリシア・ラ・ティール第4王女は僕を笑顔で出迎えてくれた。
「本当に……間に合わせてみせたんですね、先輩。やっぱり先輩は何処までも尊敬する竜使いです……ぐすっ」
「そんな泣き出すなよルシエル。俺だってリュート先輩があの『蒼の巨人』を単騎で倒したって聞いた時には……どんだけ自分の事を省みずに頑張ったんだって……チキショウ、俺まで」
「二人とも、今日はそういう場じゃなくて祝福する場だろうが。おめでとうございます、先輩」
そう言って自分の事のように喜んでくれるのは元ギルドの後輩の3人。彼らはその能力を買われて今は冒険者ではなく王竜騎士団に所属している。
「お前ら、そういうのは全部が終わってからにしてくれ。まだこれは邪龍討伐の始まりなんだからよ」
そう横槍を入れるのは
「よう、何年ぶりだったかな?相棒と引き離されてビービー泣いてたまだガキ臭かった小僧がよくここまでのし上がってこれたもんだな」
そんな憎まれ口を叩きながらも握手の為に右手を差し出すボーラさん。そんなにビービー泣いてたつもりは無かったんだけどなぁ。
「でもお前のこれまでの活躍を聞いて、本当に相棒の為に頑張ったんだなって感心した。俺はお前を認めるぜ! 」
そう言って掴んでくれた片手は硬くてゴツゴツしていたけど、暖かかった。
そしてお互いの近況を話し合ったりしているうちに時間が過ぎ、約束の時間になる。見ると王都の城門の方向から上空に大きな影が見え、それが此処に近づいてくるのが分かる。僕の心臓の動機が段々早くなり、緊張していくのが分かった。
「ギュオオオォォォ!! 」
大きな翼をバサバサとはためかせて純白の竜がこの庭に降りてくるのを静かに待つ。でも、僕の心臓は早鐘を搗くように鼓動がどんどんと早くなり、今にもはち切れそうだ。
ピニオン、君も今、同じように感じてくれているのだろうか?それとも?
「ギュイィ!! ギュイィ!! 」
ピニオンがその背に乗せた勇者たち一行を降ろして僕の姿を視界に認めるなり、首を突き出してくる。大型竜にまで進化した彼はもはや、その頭の大きさだけでも僕の身体と同じくらいになっている。それでも……
こうして甘えるように鼻先を突き出してくる仕草は、あの時と何も変わっていない。鼻先のフワフワの毛が触れる柔らかい感覚。ぎゅっと抱きしめた時の、幸せを胸一杯に感じるこの暖かい気持ち。何もかも、あの時のままだ。
「大きくなったなあ、ピニオン。ようやく、お前に追いついたよ」
「ギュイ♪ ギュイィ♪」
こうして、僕は勇者パーティーの『聖竜使い』として、ピニオンとの再会を果たすことができたんだ。
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因縁の敵、邪龍ファフニールとの戦いから長い年月が過ぎた。
戦いは半日近くにも及び、ゾンダは破壊され勇者も何度も瀕死の淵に立たされたが、皆が力を合わせる事で何度も窮地を脱して辛くも勝利を収める事に成功する。
その後、各国の人族の王が居並ぶ中で邪龍討伐を成し遂げた勇者パーティーの1人1人に願いを聞き入れる場が設けられたのだが、相棒が望んだのはただ一つの事だけだった。
聖竜の世話番としてその生涯を捧げる事、ただそれだけだ。
望めば英雄としての華やかな暮らしも、あるいは一国の主にもなれたかもしれないというのに彼はそれを求めず、命が尽きるまで我の側にいる事を選んでくれた。あの日の事を、千年が経っても忘れることは無い。
そうして彼、リュートは冒険者を引退し彼と結婚したフィオナと、一人娘のレオナと共にラティール王城の離れにある私の元へやってきて、共に長い時間を過ごした。
晴れた日には私が幼い頃に思い出のある翠竜の湖のほとりでピクニックをした事、レオナが冒険者になると言って家を飛び出した時の彼の苦悩した姿、そんなレオナが一人の男を連れてきてここに戻ってきて結婚して暮らすと報告した時の彼の寂しそうだけれど嬉しそうだった笑顔、どれも鮮明に覚えている。
彼、リュートが年老いてその命を終えた時は悲しかった。人と竜、元より生きられる長さの違う種族である事は分かっていたハズなのだが、自分の半身が切り落とされて永遠に失われてしまう様な苦しみと痛みだった。あぁ、私の前世の姿であるピートを失った時の彼の悲しみはこんなに深かったのか、とその時初めて気付かされたのだ。
その後の私の世話係は孫であるリュクスへ、さらにその後には子のリュミエールへと引き継がれていってリュートの子孫が代々「聖竜の世話番の一族」として傍に居てくれたのだが、私にとっての最愛の相棒はどれだけ代が替わろうともリュートただ一人だけだった。
「ピニオンももう、だいぶお爺ちゃんになったんだね」
リュートから数えて何代目になるかはもう数えていないが、今の世話番のリュセルが身体を動かせない私の額を撫でながら話し掛ける。人間という生き物は面白いもので生まれ変わって輪廻転生しながら時々、魂に記された過去の記憶を持って生まれる『先祖返り』と言われる現象が存在するらしい。今のリュセルはリュートの記憶の断片を持って生まれた何人目かの先祖返りだ。そして恐らく……私が天へ還るのを見守るためにそう遣わされた、最後の世話番。
『私ももう、さすがに寿命が尽きようとしている。もってあと数日というところだろう』
リュセルにそう告げると一瞬、悲しそうな表情を見せるが何かを納得したような顔に戻る。そしてリュートの代から受け継がれてきたネックレスをぎゅっと握りしめてこう言った。
「随分と長い事、僕と僕の一族を守ってくれて、一緒に過ごさせてくれてありがとう」
リュセルと話していると時々、リュートと話しているような錯覚に陥る時がある。もしかしたら彼の魂もまた、輪廻転生を繰り返しながら私と同じくらいの年数を生き継いでいるのではないだろうか?
『礼を言うのは私の方だ。リュート、いや、リュセルか』
「どっちだって構わないよ。今の俺は遠い先祖のリュート爺ちゃんと記憶が二人分あるような感じなんだ。なんていうの?同じ体に二人で同居してるみたいな感覚」
『分かるぞ。私にもピートであった時と今の身体の二つの記憶がある』
そう、初めから……緑竜の森で出会った時から分かっていたのだ。リュートは、幼竜のまま進化できずに死んでしまった前世の自分・ピートの大切な相棒だったと。
「そっか、やっぱりピニオンはピートの生まれ変わりだったんだね。また一緒に居る事が出来て、長い間ずっと傍に居られて、僕は本当に幸せだったよ」
『私もだぞ、リュート。リュートに出会えたから種族進化できずに短命で死んでしまう邪龍めの呪いの輪廻から解放され、人と共に在る歓びを知る事が出来た』
伝えたいと思っていた事を伝え終わると、どっと身体が重くなるのを感じた。このまま瞳を閉じて眠ってしまいたいような感覚だ。ぼやけた視界の中にあるリュセルの姿が光り輝いて、リュートの姿に見える。
「ピニオン……逝ってしまうんだね?
今度は僕も一緒に行くよ。君の魂が天に還るのと一緒に、僕の魂もリュセルの身体から離れる。次がお互いどんな姿に生まれ変わるのかは分からないけれど、必ず巡り合ってみせるから。
ピニオン、大好きだよ」
リュートはそう告げて横たわる私の首元を抱き寄せて身体をくっつけた。
その日、二つの大きく光り輝く魂が天に昇り還ってくる姿を、神々は微笑みながら見下ろしていた。
~ Fin ~
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お読みいただき、ありがとうございました。
拙い文ではありましたが宜しければ感想など
戴けましたら嬉しいです。
今ペットと居る方は、
あなたと大切な相棒の共にある人生が
一日でも長く続きますように。
2代目の相棒は最強の竜でした。 ~最愛の相棒を亡くした竜使い、よく似た竜をお迎えする~ 川中島ケイ @kawanakajimakei
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