第2話 100

突然目に飛び込んできた光に頭が上手く働かない。

今俺の視界に映るのは真っ白な部屋だった。目が慣れても相変わらず部屋のほとんどが白い。


生きている。なら爆弾は止まったのか?あの男はどこだ。ここは一体?


ピロリン♪と軽い音がしたのは、いつの間にかつけていたスマートウォッチだ。画面にはデフォルメされた犬が映っている。


『ルールは簡単!ペアに赤と青、どちらを切るか決めてもらおう!この部屋の状況は話しちゃだめだよ!』

ルール、その言葉には覚えがあった。あの男の言っていたことはこれか。


『決めたら部屋にある透明なボックスに入って、赤か青、どちらかを切ろう!そこであなたの運命が決まるよ!』

振り返れば電話ボックスのようなスペースがあった。赤い紐と青い紐、はさみが吊るされている。同時に入ってきた光景に、嫌なものを見たと画面に視線を戻す。


『ゲームスタート!』

表示が切り替わり、タイマーがスタートした。だが肝心の爆弾はどこへ?そう思っていると、「ピッ……ピッ……」と音が聞こえた。


恐る恐る、自分の首元に手を伸ばす。指先に冷たい感触が当たった。

そのまま輪郭をなぞるとひっかかることなく首を一周できた。


「そ、ういう……」

絶望の暇も与えず、壁から音がして一部が開き、窪みが現れる。そこには椅子に縛り付けられ、頭を重力に任せ俯いている男がいた。既視感がある光景だった。椅子と男の脚が乗せられている板の下には空間があるようだ。


彼がペアだろうか。話しかけるにしてもまずは起こさなければ。そばによって見ると足の下の空間は水槽になっており、汚い水が波打っていた。板が外れれば一瞬で沈んでいく仕組みだろう。


ピロリン♪とまた音がして画面を見ると表示が変わっていた。

『このまま起こさずタイムアウトすると、ペアの足元の板が外れます!接触は禁止!生き残るのは一人!』


無視をして目の前の男に声をかけた。しばらく声をかけ続けるとやがて目を覚ましたらしかった。


「んん……?」

「おはよう」

「⁈ 何者だ!犯人か⁈」


どうやらこの若者は大分元気がいいようだ。俺が本当に犯人だったらどうするつもりだ。


「違う。質問は受け付けない。赤か青か、早く選べ」

「赤か青?なんだそりゃ。というか動けん」

「縛られているからな。それ以上の説明は出来ない。『ルール』だからだ」

「ルール?意味がわからない」

「わからなくていい。赤か青か、好きな色でも答えればいい」


タイマーは残り5分を切っていた。大分横暴なのはわかっているものの、だらだら質問されるよりは脅してでも答えをもぎ取った方がいい。それがお互いのためなんだ。


「好きな色は黄色だけど……まあどっちっていうなら赤かな。なぁ、本当に何も答えてくれねぇの?」

「ああ、残念だけど説明は出来ないね。お互いのためにも」

「やっぱり意味がわからない」

「わからない方がいいこともある。赤だな。選んでくれてありがとう」

「……」


物わかりのいい男だったようで助かった。きっと日頃から素直でいい奴なんだろうと話していて感じた。


目の前の透明なボックスには指紋一つついておらず、よく磨き上げられていた。彼は、私の出した答えはどうだっただろうか。意識のある間、なんの音もしなかったことからボックス自体は衝撃に耐えられる造りになっている可能性がある。


***


ボックスの壁が真っ赤に染まって中が見えなくなる。壁にはきっと口に出したくないものがへばりついたりもするだろう。中に誰がいたか、いや、何があったかなど想像できない。


***


そんな想像をしても酸っぱいものが上がってくるだけで何にもならない。


取っ手を引き、中に入る。

赤だったな。


タイムアウトまで待たなかったのは、自分が助けられたから返したかったというわけでもなく、ただその方がマシだったというだけだ。


ボックスの中から少し横の壁を見れば、そこには幾重にもなった赤黒い線がついている。4本だったり5本だったりのそれはあまりにも痛々しく、『ペア』を見放した者の末路を雄弁に語っていた。


現に先ほど生き残った自分も別に助かったわけではない。少し考えればわかることだ。



赤い紐を手に取る。人工的な赤でも何となく血管を連想した。体を巡る血液は今や沸騰しているかのように熱く感じられた。

覚悟を決めようとする頭にカウントダウンの電子音が邪魔をする。


結局諦めてはさみを構える。正解があるとして、これが正解だったとして、どんな意味があるというのか。わからないからさっさと終わらせよう。


確かな手ごたえを感じ、赤色が切れた。







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ペアと協力するだけの簡単なゲーム 藤間伊織 @idks

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