第5話 勝負の勝ち目は薄いが

「俺とあんたが戦って、顔面にパンチを食らわせた方の勝ち。俺が勝ったらこの子に薬草を分けろ」


「いいけどさ、俺らが勝ったら何してもいいわけ?」


「分かった。俺だけだったら何をしても構わない」


 耳をほじりながら話を聞いている男は気だるげな表情で伸と向かい合う。男は伸を見下ろし、伸は身長差に負けず見上げ返す。すると、嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべて、何の動作もなく拳が突き出された。あまりの速さに伸はなんとか避けようと態勢たいせいを崩し、近くの椅子いすにもたれかかった。


(速すぎだろ! 予備動作もないのに!)


「どうしたの~? もう疲れちゃった? まだいけるよなぁ!」


 プロボクサーもビックリなパンチの連続で伸は反撃する暇もなく、ゴロゴロとみっともなく避け続ける。


 そんな中、酒場の冒険者は久しぶりに見た喧嘩けんかに沸き立ち野次やじを飛ばしたり、どっちが勝つか話し合ったりしていた。


「こんな喧嘩久しぶりだな、どうせ新人が来たからカイトが突っかかって来たんだろ?」


「いいや、あの新米が吹っ掛けたらしいぞ。スニーキーをかばって」


「ホントかよ! 命知らずな野郎だな!」


「カイトが来てから喧嘩も無くて退屈だったんだ。俺は新米を応援するぜ!」


 冒険者カイトは一年前現れたプラチナ級冒険者である。伸と同じく転生者で類稀たぐいまれ筋力きんりょく俊敏性しゅんびんせいで三日足らずでプラチナ級に至っている。実力はプラチナより上位であるのだが、本人の暴力的な性格と態度を踏まえて今のクラスに落ち着いている。


(このままじゃ追い詰められて負ける!)


 伸は相手との圧倒的な力の差に焦りを感じていた。かといってこの暴の化身に顔面パンチを食らわせる方法も思いつかない。テーブルも椅子もあの拳の前では小枝も同然で、既に何組か壊されている。


 冒険者に囲まれたこの場所で、なす術がなく追い詰められたその時、男の子が叫んだ。

 

「スキルを使ってください!」


「スキルって言ったって、俺魔法使った事ないんだけど?!」


 カイトの攻撃を机で防ぎながら伸は答える。魔法系とは知らなかったのか男の子は戸惑とまどっていると受付の人が冒険者の輪を押しのけて答えた。


 発動場所から発生して力が湧きだす!」


 それを聞いて、伸の頭に電流が走った。イメージ、頭、光、この三つの組み合わせに勝機しょうきを見出し、立ち止まる。


「なに? 降参こうさんでもするの? ならさ、土下座して謝ってよ」


「いや、これはあんたに対する勝利宣言だよ」


 そう言って、伸は両掌りょうてのひらをおでこにのせてがに股の構えをとった。カイトは自分を馬鹿にした煽りととらえたのか、笑みを引きつらせた。


「てめぇ、なんだよそのダッセェ構えは。ふざけてんの?」


「そうだと言ったら?」


 伸がそう不敵に笑うと、目の前の男は今まで以上の速さで殴り掛かる。避けられず無残に殴り飛ばされる伸をこの場にいる誰もが予想しただろう。しかし、拳が当たるより早く、伸が言葉を発した。


太陽拳たいようけん!!」


 突如とつじょ、彼の頭部から閃光せんこうが発された。


「うおっまぶしっ」


「キャッ!? 何が起こったの?」


 冒険者たちは目を覆い、直前で食らったカイトは眼球に鋭い痛みが走りよろける。


「うっぁああああああ! てめぇ何しやがった! クソッ、前が見えねぇ」


(今だッ!)


 伸は椅子を放り投げ、それと一緒に走り出す。曖昧あいまいな視界の中何かがこちらに来ていることを感じ取ったカイトは訳も分からずそれを殴り飛ばした。顔を隠していない右側のほおがガラ空きになっている。


「おらあああああ!」


 右側へ伸のパンチが当たる、と思いきや明らかに首がおかしな方向へズレる。体が反射的に、とかではない。まるで体が何かに引っ張られたかのように攻撃が避けられたのだ。


「残念でした! 俺のスキルが強くてごめんねぇ!」


 伸のパンチがスキルによって回避したと分かり、視界が戻ったカイトは勝利を確信し、煽りながら勝利の拳を突き出した。だが、


 つるんっ。拳は摩擦係数まさつけいすうの少ない頭を滑り抜け、空振からぶった。


「は?」


「うおおおおおおおおお!!」


 伸はカイトの呆けた顔めがけて全力のヘッドパンチを食らわせた。


 勝負に勝った彼は、気絶するカイトを横目に勝利のたけびを上げた。

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