第8話 髪を生やす魔法

 ハナミさんに通された部屋は本が詰まった大量の棚と一つの長机がある質素な部屋だった。長机には本や書類が山積みにされていて、恐らくこれらすべてが竜極峰にまつわる資料なのだろう。


「これは・・・全部読むとなると骨が折れますね」


「そう言うと思いまして、こちらにまとめておきました」


 ハナミさんは手に持っていた表紙のついていない紙束を伸に渡した。ローマ字で目が痛くなりながらも読んでみると、手書きで竜極峰に関する情報が事細かに書かれていて、なおかつ非常に分かりやすかった。ハナミさんは少し不安そうに顔を窺っている。


「どうでしょうか」


「すごく分かりやすいですよ! これ昨日のうちに出来ていたんですか?」


「はい。すぐにお渡ししようと思い手書きでまとめたんです。喜んでいただけて良かったです」


 この資料が昨日のあの数時間で完成しているとは思わなかった。これを急いで作ったにも関わらず渡せなかったのだから、ハナミさんが怒るのは当然だろうな。と自分の中で申し訳なく思う。


「いや、本当にありがとうございます。この資料と共に詳しく聞かせて貰っても大丈夫ですか? お時間が空いていればでいいんですが」


「実は私もそのつもりでこの部屋にご案内したんです。竜極峰は書くことが多くて色々と省いた所もあったので」


 そんなことで俺はハナミさんから竜極峰の情報を頂いた。ハナミさんの話をまとめると、竜極峰の標高はおよそ六千メートル。豊かな自然と魔力が多く、それを欲して強力な魔物がうろついているそうだ。また麓には山を縄張りにするオークという種族がいて、彼らに許しを得るか隠れて登らなければいけないらしい。それが出来たとしても、山頂にたどり着いたことがあるのは最初の転生者ただ一人だけ。大抵の冒険者は八合目で限界を迎えるそうだ。


 魔力とはなんだという疑問は置いておいて、明確な道順が分かった事で竜極峰の過酷さを改めて感じた。六千メートルと言えば富士山の二倍の標高だ。この時点で登れる気がしない。登山ルートはある程度分かるとしても、よく分からん魔物とかいうやつに追いかけられながら進むのも精神的に堪えられない。


(あのクソジジイ、何が頑張ってねだ。間接的に死ねと言っているだろ)


 心の中で髪の無い神に悪態をついていると、ハナミさんが一段と険しい顔をして苦言を呈した。


「以上が竜極峰の詳しい情報なのですが・・・おそらく、登頂は不可能だと思います」


「えっここまで聞いたのに、どういうことですか。確かに資金は圧倒的に足りないですけどそれさえできれば──」


「いえ、資金の問題ではないんです。竜極峰があまりにも険しすぎるんです。前例もおとぎ話で語り継がれてるばかりで、このギルド内で登頂出来た人は一人もいません。冒険者を雇う金があっても、彼らは断るでしょう」


「それは、困るな。俺は一日も早くあの山に行かなきゃいけないのに」


「そうですか・・・聞いていませんでしたが、シン様はなぜ竜極峰へ?」


「俺は・・・」


 俺は今年で二十七になる。社会人になって五年目の夏、昼休憩から仕事に戻るときに神に吹き飛ばされた。新しいプロジェクトを任されたばかりで気が気じゃなかったが、同時に嬉しく思っていた。自分の仕事が目に見えて形を作るのはすごく楽しかったからだ。彼女は居なかったが、上司や同僚、昔なじみの友達、それと両親とは良い関係が続いていて、一つ一つコツコツと積み上げた人生の形に、俺は満足していたんだ。


 だからこんなことで死にたくないし、元の世界に戻りたい。と、そんなことを言っても混乱してしまうだろうから、俺は言葉を濁した。


「とにかく、行かなきゃいけないんです」


「なるほど、分かりました。そこまでおっしゃるなら代案を考えましょう。冒険者をサポートするのがギルドの役目ですので」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「でも、無理なら無理とはっきり言いますから! 期待はしないでくださいね」


 その後、ハナミさんにお礼を伝え、俺はギルドハウスから出た。自分の無力さと焦りが胸に立ち込める。まるで霧がかかったように進む道が分からなくなってしまった。とりあえず、タミの家に戻って話を聞きに行こうとした、その時。


「あ、あのっ」


「あれ? 君は昨日の・・・」


「マイナです。薬草、ありがとうございました」


 真上に登る太陽を彼の頭が反射して眩しく光る。その白い頭皮は昨日カイトとかいうやつと揉めていた少年だった。


「マイナって言うのか。お礼はいいよ。俺がやりたくてやった事だ」


「違うんです。あの薬草のおかげで母も元気になって、少しだけ生活も安定して、とにかくお礼を言いたかったんです」


 自分も言いたかったから言いに来たって事なのだろうか。それならば、仕方ないと思った。マイナは両人差し指を合わせて、嬉しさが溢れるような笑顔をしていた。


「よかったね」


「はい! それで、シンさんはどこか冒険へ行かれるんですか?」


「? 行かないよ? 俺冒険者になる気ないし」


「ええ!? そうなんですか? 僕てっきりすごい冒険者になったって思ってました」


「いいや、俺には頭が光るくらいの特技しかないからさ。冒険者にはなれないよ。君も、自分の命は大切にしなよ」


 俺はマイナの頭をポンポンと撫でて、じゃあねと言ってタミの家へ帰ろうとした。がしかし、


「あの! 髪を生やす魔法ってご存じですか!?」


「なん、だって・・・?」


 伸は歩みを止め、信じられない物を見る目で男の子を見つめる。彼は気おくれながらも続ける。


「髪を生やす伝説の魔法が、あるんです!」

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