第2話 髪がない頭は空気抵抗が薄く感じる

 風を切る音を置き去りにして落ちた先には見るも無残なツルツル頭の男が見えていた。


(あ、これ俺だ)


 そう思ったときには自分とディープキスをしていた。何とも言えない嫌悪感けんおかんで身を起こすとおどろいたことに自分の体が戻っていた。肌の感触かんしょくもある。髪を引っ張って夢か確かめようと頭をつまんでみても摩擦抵抗まさつていこうが少なくて滑るむなしさも一緒だ。


(ここが異世界なのか、元の世界の公園と似てるけど。時空の歪みって奴はここから見えるのかな。すぐ分かるって言っていたが)


 自然公園のように均衡のとれた美しい草原はどうやら盆地ぼんちのようだ。隆起りゅうきした山々に囲まれている。人の道が無い本当の自然なのだろうか。本当の自然を知らない日本人の俺にとっては知る由もないが、神の言った通りそれはすぐに分かった。


 一際高い山の上に、青白い球体かのようなものが浮いている。恐らくあれが時空の歪みらしい。


(一人で行こうにもあんなに遠いんじゃ無理だな。クソジジイの言ってたすごい力ってのも無いし、でも闇雲やみくもに歩いても危ないよな)


 俺はとりあえず高いところを目指すことにした。高いところで周りを俯瞰ふかんすれば村か何かを見つけられると思ったからだ。


 結論から言うと、失敗だった。土木公務員こうむいんの俺は外仕事をする土方どかたの人とは違い体力があまりない。そんな鈍った体が山を登ったら体力が持たないなんて分かり切っていた事だ。思いのほか俺は異世界に来た事に動揺どうようしていたらしい。


 しかし、仕方なく元の場所に戻ったとき偶然猟師りょうしの人間に出会ったのだ。短弓たんきゅうたずさえた若い男だった。


「あんた、こんなところで何をしているんだ?」


 男の言葉は日本語だった。弓も構えず近づいて来たので、ここではよくある事なのか。俺は恐る恐る答えた。


「すみません、迷子になってしまいまして」


「迷子? いせかいてんせーって奴じゃなくて?」


「あ、おそらくそっちが正しいと思います」


「そうなんだ。ここに来る人はみんなそう言ってたからあんたもそれだと思ったんだ」


「あの、最近よくある事なんでしょうか? 俺みたいな人」


「よく居るよ。俺の忠告ちゅうこくを無視して原っぱ行くんだ。それで魔物にかじられて半ベソく奴ばっかりさ」


山を登る判断は間違っていなかったのかもしれない。そう思わせてくれる話だった。


「俺も半ベソは掻きたくないので安全な所へ行きたいのですが、教えてもらってもいいですか?」


「あんた礼儀正しいな。じゃあ俺の村に来なよ、いせかいてんせーの人って言えばみんな歓迎かんげいするからさ」

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