黒ひげ危機一発

 そうしてついに、黒ひげの命を張ったゲームが始まります。


「あ、と。先に言っておくが、俺は剣を、樽の下の方から順に、左右交互にぶっ刺していく。心臓のあたりに差し掛かった時に選ぶ剣には、十分に気をつけるんだな」

 黒ひげは唾をごくんと飲み込み、緊張した面持ちでこくりと頷きます。


 それを確認した賞金稼ぎは、黒ひげに尋ねます。

「じゃ、まずは右から何番目の剣にする?」

 黒ひげは砂浜に埋まった剣のつかをじっと見つめ、剣を選びます。

「……三番目でお願いしやす」

 黒ひげが剣を選ぶと、賞金稼ぎは右から三番目の剣の持ち手を握ります。

「オーケー。これだな。じゃ、目ぇ閉じな」

 黒ひげは言われた通り目をつぶります。それを確認すると、賞金稼ぎは砂浜に埋まった剣を抜き取ります。


「目はちゃんと閉じてるか?」

「は、はいぃ……」

「じゃ、早速行くぜ」


 黒ひげが目を開けずに我慢していると、やがてザッザッザ、という音が遠くから聞こえてきます。

 それは、砂の上を誰かが走っているような音でした。どうやら賞金稼ぎがもれなく助走までつけて、宣言通り、全力で剣を樽に刺そうとしているようです。

 それを悟った黒ひげは、樽の中で砂の音を聞きながら、恐怖におののき、ぶるぶると震えます。


 その時、どすんと樽に何かがぶつかった強い衝撃を感じます。しかし、黒ひげが選んだのは短い剣だったようで、体のどこにも痛みはありません。


 黒ひげが目を開くと、にやにやと笑っている賞金稼ぎと目が合いました。


「命拾いしたな。さあて、この幸運がどこまで持つかな。じゃ、お次は右から何番目だ?」

 得意げに笑ってそう言う賞金稼ぎを憎らしい目でじろりと見た後、黒ひげは再び剣を選びます。

「……二番目でお願いしやす」


 そうして先程のように、賞金稼ぎが二本目の剣を樽に刺します。


「あたっ!」

 今度は足にチクリとした感触がして、黒ひげは思わず声をあげます。

 すると賞金稼ぎが途端に目を輝かせて、黒ひげを見ます。

「おお、ついに当たったのか?」

「……たぶん、ちょいとかすっただけです。旦那、もしかして、今のは長い剣で……?」

「いんや、短剣だ。残念ながら、まだ長い剣は残っているよ。ちなみに残り二つは上半身にぶっ刺すからな。心臓を串刺しされねぇように、くれぐれも慎重に選べよ。じゃ、今度は右から何番目だ?」


 それを聞いた黒ひげは、自分の心臓が剣に貫かれる、恐ろしい想像をしてしまい、思わず身震いします。

 そして残った三本の剣をじっと見つめ、しばらく考え込んだ後、決断します。

「今度は……一番左でお願いしやす」

「あいよ、これだな。じゃ、目をつぶりな」


 そして次の剣も、腕のあたりをぷつりと突きましたが、大怪我には至りませんでした。


「じゃ、これで最後だ。残った剣のうち、右と左、どちらを選ぶ?」

 黒ひげはじっくりと右と左の剣を見比べます。慎重に見極めようとしますが、柄の先っぽだけでは大きさはほぼ同じに見え、判断がつきません。

 黒ひげは考えるのを諦め、直感で選びます。

「じゃ……右で」

「こっちだな。さて、いよいよ最後の一本だ。目を閉じな」


 黒ひげは体を震わせながらも、覚悟を決め、静かに目を閉じます。

「ほほう。これはこれは……。……正直、死んだかもな」

 すると、先程までは聞こえてこなかったはずの、賞金稼ぎが何やらぶつぶつ呟く声が聞こえてくるではありませんか。


(ああっ、なんてこった! やっちまったか!)

 賞金稼ぎの声に、ついに一番長い剣を引いてしまったのか、と悟った黒ひげは、恐怖におびえます。


 無情にも、ザッザッザ、という砂の上を走る音が近づいてきます。

 黒ひげは頭が真っ白になりながらも、なんとか剣から逃れようと、ロープで縛られた体を多少は動かせるように、身をよじる体制を整えます。


(これで、こいつの命運も尽きたかな……)

 一方の賞金稼ぎは、そんなことを感じつつ、手に持った剣を樽に勢いよく刺します。


「うわあーーーーーっ!」


 その時、黒ひげが大きな声をあげ、勢いよく樽の中からぽーんと飛び出してきました。


 体の自由が利かなかったはずの黒ひげが、樽から飛び出してきたのを見た賞金稼ぎは、おったまげた様子で、黒ひげを指差し尋ねます。

「お、お前さん、どうして自分から外に……。ロープで縛られてたんじゃ……?」

「あれ、そういえばなんでだろ」

 黒ひげは自分でもよくわかっていない様子で、なんとも間抜けな声を出します。


 そうして二人がロープをよくよく見てみると、なんと黒ひげの体や手足を縛っていたロープが、ぷつりと綺麗に切られていました。


「どうやら俺の剣が、いつの間にやらロープを切っちまって、お前さんは脱出に成功したようだな」

 賞金稼ぎはそう呟くと、思わず天を仰ぎます。

「最後の一太刀で切ったのか、真相はよくわからねぇが、剣がお前さんの体じゃなく、ロープを切っていたとはな。さすが、幸運の持ち主ってわけか。お前さんの運の良さには脱帽だよ」

「じゃ、じゃあ、助けてくれるんで?」

 目を輝かせて言う黒ひげに、賞金稼ぎは呆れたように言います。

「ああ。というか、もうすでに自分で脱出したじゃねぇか」

「あ、それもそうか」

 黒ひげはまたもや間抜けな声で、そう言いました。


「ま、樽ん中から助ける必要はなくなったが、お前さんの度胸と運の良さに免じて、海軍に引き渡すような真似はやめてやるよ。その代わり……」

 賞金稼ぎは突然、黒ひげの肩を組みます。

「お前さん、俺の子分になりな」

「こ、子分? なんでまた、おいらなんかを……」

「もちろん、俺と共に賭場で大儲けするためよ! 俺はずっと、お前みたいな幸運の持ち主を待ってたんだよ!」


 それを聞いた黒ひげは、あからさまに嫌そうな顔をします。

「ええ……お断りしますっ! おいら、樽の中から助かった時には海賊から足洗って、田舎に帰ってまっとうに暮らすつもりだったんで……」

「まっとうに、だと? 海賊のくせして、なーに言ってやがんだ」

 賞金稼ぎは肩を組まれることを嫌がる素振りの黒ひげに、にやりと笑ってみせます。

「そんなこと、この『ゴールドハント』様が許すとでも思うのか?」


 その言葉に、黒ひげは驚きのあまり固まってしまいます。それから震える声で、訪ねます。

「ゴ、ゴ、ゴールドハント……? てことは、旦那は……賞金稼ぎ……?」

「おうよ。さすがに下っ端のお前さんでも、その異名は知ってるみてぇだな」

「か、か、海賊たちに恐れられてる、海賊専門の、手練れの賞金稼ぎの……あの…………」

「ふん。わかったか? だから下っ端海賊のお前さんに拒否する権利はねぇってこった。拒否しやがったらどうなるか……さすがにわかるよな?」

 その言葉に、黒ひげはすっかり言葉を失ってしまいます。

「これからは俺の子分にでもなって、賭場で一緒に大儲けする手伝いをしてもらおう。あと、仕事の際にはお前の運の良さを利用して、海賊どもの攻撃の弾除けになってもらうのもいいかもな」


「……海賊団追放のあげく、なんだか怖いのに捕まってこき使われるって……おいら、本当に運良いって言えるんすかね……」

 黒ひげは、危険な香りのする賞金稼ぎの元で先程のゲーム同様、今後も危機一髪な日々を過ごすことになりそうな予感に、たいそうげんなりし、ぽつりとこぼしてしまいます。

 しかしそれは、すっかり舞い上がっている様子の賞金稼ぎの耳には入りませんでした。



 そんな黒ひげは、当時海賊狩りとして名を馳せていた賞金稼ぎ「ゴールドハント」から海賊として唯一生き残り、後にその右腕になった人物として有名になります。そして「黒ひげ」の愛称で、その名は後世に語り継がれることになりました。

 そして、黒ひげと賞金稼ぎが行った樽と剣を使ったゲームは、海賊たちの間で「黒ひげ危機一発」という名前が付けられました。


 そのゲームは時に、短剣の代わりに全て長い剣を用いて、遊びではなく樽の中の人に対する拷問の方法しても使われたそうです。

 しかし基本的には海賊の間では運試し、度胸試しの遊びとして親しまれることになりました。


 やがて、なるべく危険が少ないように、全ての剣に短剣を使った遊び方も誕生します。

 それは「黒ひげ」が剣でロープを切られて助かったエピソードから発明され、樽の中で拘束されている全てのロープを切り、樽の中の人を樽から脱出させる目的のゲームとしても遊ばれるようになりました。


 そうして様々にかたちを変えながらも、「黒ひげ危機一発」は、後世にまで広く伝わる遊びとなりました……めでたしめでたし(?)



 おしまい

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黒ひげと賞金稼ぎの運だめし ほのなえ @honokanaeko

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