心に神殿を

グイ・ネクスト

第1話 後ろの正面だーれ

加藤京介(仮名)は湯郷●●ホテルに家族で旅行に行った。いや、正確には立ち寄っただけ。家族は土産物を買うのに集中している。京介にとってはどうでもいいアクセサリーや、タオル、漬物…そういうものにどういうわけか京介は興味が持てないでいた。それよりもただ母親に撫でてもらいたい。そんな想いを隠している。ただ今は誰もこっちを見てくれない。

何やら後ろからガヤガヤと音がする。

何だろう?

びちゃ。


ここは湯郷●●ホテルの土産屋だよね。京介は頭の中で場所を確認してから周囲を見回した。

びちゃ、びちゃ。

あれ?女の人?

あんなところにいたっけ。あっ、こっちを見て笑った。あれ?消えた?


京介は目を擦った。おかしいな。見間違い?

「にいちゃん、もう帰るで」

弟の声に京介は反応するも、さっき見た女の人を探した。おかしいな。

いない。

何だったんだ?

京介のすぐ後ろをびしょ濡れの白い服を着た、肩で髪を切りそろえている女性がついていっている。京介は気づいていない。もちろん、その家族も。周囲の人たちも誰も気づいていない。

車で移動し始めると、女性は楽しそうに笑顔で、車の斜め上を飛びながらついていった。兵庫県宍粟市の山奥で京介と、その家族は車から降りる。


家族が先に家に入り、京介は周囲を見回してから家に入ろうとする。

「やっぱり気のせいだったのかな?うん。誰もいないし」

白い服を着た女性は京介の後ろをピッタリとついていく。

京介が家に入ると、ある本を手に取った。

聖書だ。「明日は牧師さんが来てくれる。楽しみだなぁ。おっと家族には内緒だった。」と、京介は聖書を持って二階に上がる。

一人だけになって、聖書を読み始めた。

白い服の女性はとても悔しそうに顔を歪めて京介を眺めている。

「口惜しや」女性はそう呟いた。

あと少しで憑依して、呪い殺せるところだったのに。

何故、あんなものを…。


京介は危機一髪、命が助かった事も知らずに聖書を読み耽っている。そこは京介にとって寝る場所でもあったので、本を持ったまま寝てしまった。

そしてそれが良かった。白い服の女性は結局近づく事ができないまま、眺め続けた。どこかで本を離す時があるはずだ。それがチャンスだ。

白い服の女性はそのチャンスを待ち続けた。


京介は起きた。本はまだ持っている。朝の食事はパンを手にとって、食べながら聖書を開いて読み始めた。「やっぱりおもしれぇ」と。

家族はそれぞれ出掛けている。父母はお土産を配りに行くと置き手紙があったし、弟たちは友達のところにお土産を持って行くと言っていた。

祖母もいたが、畑仕事に忙しいようだ。

そうこうしていると、牧師さんがやってきた。髭を生やした外人さんだっった。

「心の神殿についてお話しますね」

「はい、待ってました」と、京介は目を輝かせて聞いている。

「週に一回教会にわたくしたちは必ず行けるわけではありません。それに教会に行くのが週に一回でいいわけも無いですよね。だからこそ、内面に。心に教会を、神殿を持つのです。それは必ず、君を救ってくれます」

「いいですね、どうやって心に神殿を?」

「聖書の好きな言葉を暗記し、唱える事です。君がイメージできる言葉じゃないと駄目ですよ」

「じゃあ、万軍の神よ」

「ほーいいですね。どんなイメージですか?」

「足元にも、目の前の物質にも、床にも、壁にも、天井にも、道路にも、空にも神さまがたくさんいる感じです!」

「いいですね。それを忘れないでくださいね」

「はい」

その後、聖書について雑談した。牧師さんを見送り、夕方になって家族が帰ってきて、京介はまた本を手に二階に上がって読み始めた。二〇時ごろに母親からお風呂に入るように言われる。京介は食卓のテーブルに聖書を置いた。置いたまま脱衣所に行く。


白い服の女性は口角を上げて笑った。

やっとこの時が来た。

やっと。どれだけ待ち侘びたか。

女性も同じように京介の跡をついていく。


京介が脱衣所に入って、服を脱ぎ、脱衣所の中にある洗面台の鏡を京介は見た。


あれ???????

京介は叫び声をあげそうになった。口を押さえてしまう。

何度見ても…そこに自分の姿は無かった。



鏡に映っていたのは


水でびしょ濡れのホテルで出会った女性だった。


白い服の女性は、「さあ、怯えなさい」と、心で?霊に心があるかわからないが女性は京介を見つめている。京介の後ろから。


京介は牧師さんの話を思い出していた。

心に神殿を。


そう、こういう時だ。こういう時のために心に神殿を。


「万軍の神よ」そう小さく呟いた。


鏡に映っていた女性が白い光に包まれていく。

不思議な光景だった。

女性は消えて、裸の自分がいつも通り鏡に映っていた。


京介はお風呂に浸かる。

すると、左側にさっきの女性が現れた。


もうびしょ濡れじゃない。

逆に自分はびしょ濡れだけど。


女性は頭に光の輪っかをつけていた。白い服も着ていた。

「ありがとう」


京介にはそう聞こえた。幻聴かもしれないけれど。

京介は「万軍の神よ、感謝します」


手を組んで牧師さんと一緒に祈るように祈った。

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