閉じ込められた髭男と、短剣を持った大男

佐々木 凛

第1話

 目が覚めると、俺は身動きが取れない状態になっていた。

 体を揺すったり、手を体から離そうとしてみるがうまくいかず、手の平に荒い繊維の感触が伝わってくるだけだった。どうやら、ロープのようなもので拘束されているらしい。それに加え、首から下は円柱状の空間に押し込められているようだ。幸い首から上は無事なので、呼吸困難になって死ぬことは無さそうだ。

 俺は視線を下げて、自分を閉じ込めるものの正体を探ろうとしたが、ただ茶色い板らしきものが見えるだけだった。次に、周囲を見渡す。正面にはドアが一つ。横にはまだ新品の勉強机と、その傍らに口を開けたランドセル。床には、学校の教科書らしきが散乱している。ここは、子ども部屋だろうか?

 しかし、どこか違和感がある……そうだ、明らかに物が大きい。本来片手でも十二分に持てるはずの教科書ですら、俺の背丈の三倍はあろうかという大きさになっている。ランドセルもそれに応じた大きさだ。こんなものを扱える小学生など、この世に存在するわけがない。

 では、この部屋は一体何なのか。

 そんなことを考えていると、正面に見えていたドアが音を立てて開いた。そこには見るもの全てが恐怖するであろう大男が、親指と人差し指で小さな剣を摘まみながら立っていた。目線は真っ直ぐこちらを向き、その口角は片側だけ上がっている。

「さてと、それじゃあ、遊ぼうかな」

 大男はそう言うと、俺の前に鎮座した。座っても、その圧倒的な大きさに驚かされる。大男は俺の顔に触れ、そのトレードマークの髭を撫でた。

 恐怖。たとえ今拘束が解かれたとしても、俺はここから身動き一つとることはできないだろう。そう確信できるほどに、全身の筋肉が強張っている。

「じゃあ、まずはここに刺そうかな!」

 そう言って大男は、俺を閉じ込めたその物体ごと、体を剣で貫いた。

 そして、見事に飛び出した――。



 ――俺の鮮血が。

「うわああああ」

「ははは。どうだ、痛いか。これが、貴様が今まで我輩にしてきた仕打ちだ」

 大男はそう言って、高笑いした。俺の顎に蓄えられたトレードマークの立派な白髭は、下からせり上がってきた鮮血で赤く染められた。

「助けて、くれ」

「何故だ」

「こんなの無理だ、死んでしまう。……頼む、助けてくれ」

 俺は必死に懇願するが、大男は中々首を縦に振らない。

「貴様は子どもの時、我輩で遊ぶのが好きだった。だが、負けるのは嫌いだった。だから飛び出した拍子に全身を打ち付け、満身創痍になっている我輩を、貴様は踏みつけた! 壁に投げつけた! 我輩がどれだけ必死に命乞いをしても、その暴力を止めることは無かった。今もそうだ。孫が我輩を足蹴にしたところで、説教の一つもしなかったではないか」

「悪かった、謝る。本当に申し訳なかった。これからは、大切に扱う。だから頼む、もう一度だけチャンスをくれ。ここまで七十二年、自分の悪いところを改善しながら必死に生きてきた。今回もまた、きっと変われる。だから、頼む。助けてくれ」

 大男はそのトレードマークの黒い髭を何度も指でなぞり、しばらく考えてから、ようやく首を縦に振った。

 よかった、これで俺は助かるんだ。そう思ったのも束の間、大男は背後から再び剣を取り出し、こちらに向けてきた。

「おい、どういうことだ。助けてくれるんだろう?」

「ああ、今助けてやる」

 次の瞬間、俺の全身に耐えがたい激痛が走った。視界が歪み、走馬灯が見える。先ほどまで見上げていた大男の顔が、今は真正面にある。俺は、自分の死を悟った。

「元々の黒ひげ危機一髪は、捕まった我輩を仲間が助けるために、その拘束しているロープを剣で切ろうとしているという設定なんだ。つまり、拘束されている我輩が元気に飛び出した時こそ、我輩を逃がすことに成功した喜ばしい瞬間だったというわけだ。だから我輩も、そのルールに則って、貴様を助けよう」

 黒ひげが何か言っているが、俺にはそんなことどうでもよかった。そんなことよりも、異様なまでにゆっくり近づいているように感じられる床板の方が大事だった。

 ああ、もっと大切におもちゃで遊んでいればよかっ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

閉じ込められた髭男と、短剣を持った大男 佐々木 凛 @Rin_sasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ