オリエント館の殺人

北 流亡

オリエント館の殺人

「犯人はこの中にいます!」


 不忍怜斗しのばずれいとは高らかに宣言した。

 空気が張り詰める。広間に集められた12人は一様に顔を強張らせた。


 オホーツク海に浮かぶ孤島に建つ洋館「オリエント館」で殺人事件が起きた。

 被害者は建設会社の社長である森彰彦だ。

 容疑者はこの館の主人と招待客、合わせて12人である。


 不忍の言葉に澱みは無かった。

不忍怜斗と言えば、今まで数々の難事件を解決してきた世界的に有名な名探偵である。その名探偵が自信満々に断言する。彼の言葉を疑う者はこの場にはいなかった。


 池田遼太郎の心臓はうるさいくらいに鳴っていた。額が汗で滲んでいる。しかしそれを拭き取ることはしなかった。余計な動作から動揺を悟られてはならないと思っていた。


 何故なら彼は森彰彦を殺害した犯人だからである。


 池田は森に強い恨みがあった。彼の父は森の策略によって自死に追い込まれた。

 復讐を果たす機会を虎視眈々と狙っていた。10年。ようやく巡ってきた好機であった。目論見は成功し、森を地獄に落としてやれた。

 しかしながら、この場に探偵がいるのは誤算であった。森のために罪を被ってやるつもりは無い。


 思えば、名探偵が「皆さん広間に集まってください」と言った時点で逃げれば良かったのだ。何故やってきてしまったのか。


(……いや)


 池田は窓を一瞥した。嵐は止む気配が無い。それどころか一層強くなっている。船で本島まで行こうとしても、朝を待たずに海の藻屑になるだろう。結局、名探偵を欺くしか道は無いようだ。


 池田は右手を強く握っていた。

 遠隔操作で、森の額を矢で貫く。トリックに不備は無いはずだ。アリバイ工作も完璧なはずだ。証拠も残していないはずだ。しかし、名探偵の堂々とした様を見ると、どうしても不安が湧いてくる。何か見落としがあったのではないか。右手の内側は汗でぐっしょりと濡れていた。


「まずはこちらをご覧ください」


 不忍はそう言うと、森の死体にかけられたブルーシートを取った。


 池田は絶句した。死体の凄惨さに驚いたからではない。


「なかなか不可解な殺人事件です。被害者が12のですから」


 池田は周囲を見回した。全員が動揺していた。不忍は口元に僅かに笑みを浮かべて言葉を続ける。


「死体を調べた結果、森さんは額を矢で貫かれ、後頭部に鉄球を落とされ、毒ガスを吸わされ、電気を流され、頸動脈をナイフで切られ、心臓を銃弾で撃たれて、頚椎を折られ、静脈に神経毒を注射され、喉に泥を詰められ、火で燃やされ、青酸カリを飲まされ、バールのような物で殴られてました」


 池田は生唾を飲み込んだ。


「僕はこれが何を意味するかを考えました。強い恨みなのか、はたまた捜査を撹乱させるためなのか。あらゆる可能性を考え、その中から、ひとつずつ少しずつ不可能なものを排除した結果、ひとつの結論に達しました」


 不忍は小さく息を吸った。全員が探偵から目を離せなくなっていた。


「森さんは、1人の犯人に12通りの方法を用いて殺害されたのではなく、12人の犯人に12通りの方法を用いて殺害されたのです」


 不忍の視線が強くなる。


「犯人は……ここにいらっしゃる12人、あなた方全員だ!」


 池田は全身から血の気が引くのを感じた。池田だけではない、全員が真っ青な顔をしていた。それは探偵の推理が正解であるということを如実に示していた。


「とても悲しい事件でした……皆さん、明日10時に船が来ます。本島まで戻ったら警察署まで出頭しましょう。僕も同行します。罪を、償いましょう」


 ここで池田にある考えが閃いた。

 この絶望的な状況をひっくり返す方法が。


 広間にいるのは13人。そのうち探偵が1人、犯人が12人。現在22時。外は嵐が吹き荒んでおり、この島から出ることも入ることも不可能である。嵐は朝には止むらしいが、定期便の船が来る10時までかなりの時間がある。


 池田は広間に飾っている刀を手に取った。

 おそらく、全員がに気がついているのだろうと池田は思った。ある者はガラスの灰皿を手にし、ある者は懐からナイフを取り出した。


「……皆さん、何をしているのですか」


 誰も、何も言わなかった。それぞれが、それぞれの武器を手にして不忍ににじり寄っていた。


「ま、まさか僕を証拠ごと消し去るつもりですか!? そ、そ、そんなことしても絶対に捕まりますよ!」


 定期便が来るまで12時間ある。証拠隠滅には十分過ぎるほどだ。

 探偵の周りを、12人が取り囲んだ。今、全員の利害が一致した。


「な、何をする! やめろー!」


 12人は一斉に探偵に飛びかかった。

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