第37話 番外編 夢のような時間のあと..②
「香澄が1番好きなことは何?」
「好きなこと..」
「そう!香澄が胸を張って『好きっ!』って言える事は?」
遠い昔の記憶だと思う。涼風に今日あった事を話している最中、頭の片隅では何故か
幼稚園児だった頃の事を思い出していた。
「うーん...」
「ふふっ まだ香澄には難しかったかな?」
私と話しているのはお母さんだった。場所は病院。そしてお母さんのお腹の中にはまだ生まれてくる前の涼風がいた。
「うーん..好きなこと..もう!多すぎて分からないよ!」
「ママの作るごはんでしょ..ぺんぎんでしょ..赤ちゃんでしょ..」
「もぅ本当にそれだけ?外国にいるお父さんが泣いちゃうよ?」
「..あ!そうだった!」
あの時のことなんて今まで忘れていたはずなのに何故か今になって突然蘇ってくる
「私はね..!」
私は..
「...ちゃん!!」
「...ねえちゃん!!」
「お姉ちゃん!! 大丈夫!?」
「え..」
「『え』じゃないよ! 話し終わったと思ったら急に固まって心配したんだから!」
「あ..そっか私..」
私の意識は涼風の私を呼ぶ声によって目覚めた
どうやら私は無言のまま1分くらい動かなかったみたいだった
「..お姉ちゃん 大丈夫? やっぱり今日の事が..」
「..そうかも 私帰ってからずっと変だ..なんか気持ち悪いと言うか..
自分でも凄くモヤモヤして.. うーん..なんなんだろう..」
「まぁいきなり衝撃の事実を聞かされちゃったら誰だって困惑しちゃうよ..
私だってあの大地お兄さんが『たかたかちゃんねる』の人だって信じられないもん!!」
そりゃそうだ 私だって今でも少しくらいは嘘なんじゃ無いかって思ってしまうから
だって今までずっと応援していた人が.. ファンレターを書くくらい好きだった人が
こんなに近くにいるなんて.. そんな漫画みたいな話ありえないと思っていた
「うーん..つばめちゃんもちょっとくらいは教えてくれても良かったのにいー」
「あれ?そう言えばつばめちゃんからは何も聞いてないの?」
涼風と鷹藤くんの妹のつばめちゃんは同じ小学校で仲良しだ
まだ小学生の2人だからてっきりそう言う話もしているんじゃないかと思ってた
「聞いてないよ!前につばめちゃんに大地お兄さんの事を聞いた時も...」
『ねぇつばめちゃん!何で大地お兄さんってあんなにお料理上手なの?」
『えっ!? えっ..えっとー.. それは..』
『それは?』
『えっとマイチュ..じゃなかった..!そ、そのお婆ちゃんから昔にお料理を教わってたからって!! うん.. その..決して..毎日動画を撮ってるから上手になったとかじゃ無くて..』
『うーん..なんかよく分からないけど..』
「...」
「涼風..?」
「..つばめちゃん言ってたかも」
「え!?」
20秒くらい固まっていた涼風だが今度は突然何かを思い出した様に喋りだした
「そういえばあの時所々怪しかったような..
表情だって引き攣ってたし明らかに何か隠している様な..」
「表情..」
その時私の頭に浮かんだのはとある人の顔..
「ふふっ」
「お姉ちゃん?どうしたの?」
「いや..そういうすぐ顔に出るところとか似てるなって..鷹藤くんと」
「大地お兄さん?」
鷹藤くん 素直で真っ直ぐな彼はこの目で見てきたから
「鷹藤くんってさ少し不思議なんだ..
いつもはクラスの委員長でお調子者..だけど人の事をよく見ていて..」
「誰にでも優しくて真っ直ぐな彼だからいつも顔に出やすいんだ
それが彼の良いところでもあるんだけどね..」
「確かに..!つばめちゃんもそうだ!」
「ふふっ流石兄弟だね」
「つばめちゃん凄いんだよ!いつもみんなを助けていて..
まぁすこーしだけ抜けているところもあるけど..そこも可愛いし!」
(涼風..)
「あとはね..!!この前学校で..」
(笑っている.. それも凄く楽しそうに..)
こんなに涼風が楽しそうに笑っているのを見るのはいつぶりだろうか
少なくとも1年前には涼風のこんな表情は見る事ができなかったと思う..
そう 全部私のせいだった
私が涼風から奪ったのだ『好き』な事も『やりたい事』も..
全く酷い話である 私が小さい頃はまだ『好き』な事が有り余るくらいあったのに
涼風にはそれらをさせる事どころか選ばせる事もさせてあげれなかったのだから
⭐︎✴︎
涼風が産まれたのは私が6歳の頃
あの時はまだお父さんが海外に行く前で私が人生で1番ピアノというものを好きだった時期だと思う
これまでずっと一人っ子だった私はどうしても兄弟が欲しくて毎日のようにお母さんにお願いをしていたらしい やっぱり私はあの時から寂しがり屋だったんだと思う
涼風が産まれたの日の事はよく覚えている
夏の日差しが眩しい8月10日 出産予定日より4日ほど遅れて産まれてきたマイペースで風のような子__涼風は私にとって宝石のように輝いて見えた
そんな大切な涼風だったからこそ私は1番やってはいけない事をしてしまった
「おねえちゃん!これ!すずかもやってみたい!」
「...!? っ!! だ、ダメ!!!」
「え...?」
「これは...!涼風はやっちゃダメ! 私だけで..私だけで..!!」
私は本人の気持ちも知らないで涼風からピアノを奪ってしまった
あの時は私が10歳..お父さんが海外から帰ってすぐだった
私が人生で1番ピアノというものが嫌いだった時期..
『辛い事をするのは私だけで良い』という一種の呪いの様な正義感のもと私は涼風からピアノを奪った
全部は大事な涼風のため.. 今思えばその考えこそ1番嫌いだった父親と同じ思考だった
私は涼風にピアノというものを知って欲しく無かった..
弾いていて胸が張り裂けそうになる 鍵盤を弾く手が鉛のように重くて苦しい
そんな感覚を..私のように苦しんで欲しく無かった
そんな善意のつもりで私が涼風を叱ったあの日から涼風は笑わなくなった
幾ら血を憎んだって仕方がない
父親にプロになる事を強制されることが嫌だったのに涼風にはピアノを弾かない事を
強制してしまった
私がその事に気がついたは高校一年のころ
ピアノを辞めて父親とも一切口を聞いてなかった時だ
私は偶然涼風の部屋から1つの本を見つけてしまったのだ
『楽しいピアノの弾き方』
きっと昔に私の部屋から取ったんだろう
その本は酷くホコリを被っていて何年も読まれていなかった
恐る恐るその本を開いた時一枚のような物が本に挟まっていた
青い短冊のような細長い紙 恐る恐るそれを見てみると..
『おねえちゃんとぴあのがひけますように』
たった一言 当時幼稚園だった涼風が書いたであろう短冊
そうか 私だったんだ 涼風を苦しめていたのは
思えばあの時..私がピアノを奪った時から涼風は『好き』『やりたい』と言わなかった
あのあと涼風にはこれまでの事を全部謝った
涼風本人は少し困惑していたが最後には話を聞いた上で全部許してくれた
だけどあんな事があったからかいつからか私は『好き』が怖くなっていた
私なんかが『好き』をもつ権利なんか無いって..
でもそんな中だった私は『たかたかちゃんねる』に出会い料理を知った
あの時の荒れている心には『たかたかちゃんねる』の動画達がきっと心に響いたんだろう 私はそんなたかたかちゃんねるが大好きだった
そしてだ 私は2年生になり鷹藤くんに出会った
実際鷹藤くんと会ったのはつい2ヶ月前..
でもその2ヶ月間で色々な事を経験して..色々な事を知って..
私は鷹藤くんを『好き』になっていたのだ
⭐︎⭐︎
「あの時ね!つばめちゃんが道に迷っていた困っていたお婆さんに..」
「涼風.. な、長い..」
「えー!まだまだあるのに!!」
気がつけば10分くらい一方的に涼風のつばめちゃん話を聞いていたと思う
つばめちゃんの事を話している涼風はすごく楽しそうでギラギラしていた
何度も言うが涼風がこんなに笑う様になったのは涼風がつばめちゃんと出会ってから
それまで自分自身を閉じ込めていた涼風にとってつばめちゃんの底なしの明るさと
真っ直ぐさが涼風を助けてくれたんだと思う
「っていうか今日はお姉ちゃんの相談だったのに私つばめちゃんの話ばっかだ!」
「良いんだよ 私は笑っている鈴鹿が1番だからさ
でも流石にこれ以上お風呂入ってるとのぼせちゃうよね」
「確かに! 私さっきからクラクラするかも!」
「じゃあそろそろ上がろっか」
「うん!」
そして私たちは風呂から出た
普段こんなに入ることは無いから身体が暑くて仕方が無かった..
⭐︎⭐︎
「あははっ!」
「ちょっと涼風!動かないでってば! 上手く乾かせないでしょ!」
「あはははっ! だ、だってくすぐったいんだもん!」
「全く..」
風呂から出た私たちはドライヤーで交代で髪を乾かしあっている
涼風は私と同じロングだから乾かすのに時間がかかるってのにゆらゆら動くせいで
乾かしにくいったらありゃしない
「お姉ちゃん!そろそろ交代!今度は私!」
「はいはい じゃあ頼むね..」
「任せて!」
しばらくだって次は私が乾かしてもらう番になった
「お客さんー!加減はどうですかー?」
「はいはい 良い感じですよー」
まだ小学生だからかまるでお店の人の様に聞いてくる涼風が可愛い
それにしても涼風が意外にも髪を乾かすのが上手な事に驚く
「涼風上手いね どっかで教わった?」
「ううん 学校でよくつばめちゃんの髪を触っているからそれでかも!」
「涼風..流石につばめちゃん可哀想だよ..」
よくよく考えると涼風ってちょっとつばめちゃんの扱いが雑じゃ無い?
今度あったら涼風の代わりに謝ろう..
それにしてもやっぱり涼風の髪の触りかたは気持ちいい
ぼーっとしてドライヤーの音すらも聞こえなくなるくらいに意識が集中する
「...」
「鷹藤くん...」
「ん?お姉ちゃん?」
「え..?」
一瞬自分でも何を言ったか分からなかった
でも私は確かに無意識のうちに鷹藤くんの名前を呼んでいたのだ
「い、いや..そ、その今のは..!」
「ふふ〜ん.. やっぱりお姉ちゃん大地お兄さんの事大好きなんだね!
無意識に考えちゃうって事はきっとそうだよ!!」
「『大好き』..ね..」
「そうだよ!多分お姉ちゃんは今日あった事に混乱しているだけだと思う..
本当はやっぱり大地お兄さんの事が好きで..大地お兄さんもお姉ちゃんが
好きなんだよ!!」
『好き』だ そうだよ 私は鷹藤くんが好きなんだ
共に時間を過ごす中で私は彼に惹かれていた
この気持ちは間違いなく本物で嘘じゃ無い
でも..それでも私の心には1つだけモヤがかかっている
「..でもさ 私 やっぱり鷹藤くんとは一緒に居られないよ..」
「え!?な、なんで..!?」
「確かに彼とはずっと一緒に居たい..ずっと一緒に遊んだり..料理したり..
でも私にとっては鷹藤くんは『たかたかちゃんねる』だから..
ファンだからこそ彼と一緒にいるときっと迷惑かけちゃう..
いつかきっと鷹藤くんの本当にやりたい事も私がいるせいで制限させちゃうから..」
「お姉ちゃん..」
「そうだよ.. やっぱり私は鷹藤くんのような真っ直ぐな人とは一緒に居たらダメなんだ.. だから私は..」
「お姉ちゃん!!」
「..え?」
その時だったいつの間にかドライヤーの音も止まり
頬には涼風の暖かい手が当たっている
「私を見て! お姉ちゃん!」
「涼風...」
「私っ..もう昔の事は気にしてないよ?
今は私にだって『好き』な物も『やりたい事』もある!!」
「だからお姉ちゃんも自由になって良いんだよ?
『好き』になった自分を信じて良いんだよ?」
「っ!!」
気がつけば私の目からは涙がこぼれ落ちていた
私だけじゃ無い涼風だって泣いていた
「お姉ちゃんは私の事があったからきっと『好き』な事は一つだけしか持っちゃいけないって..そう思っている!
お姉ちゃんがピアノとお料理を同時に選べなかったように..」
「でも..もう選んで良いんだよ?
お姉ちゃんの推しの『たかたかちゃんねる』も..
優しくてかっこいい『大地お兄さん』も..」
「涼風ぁ...」
おかしいな 涙が溢れて止まらない
これまでがんじがらめになっていた紐が涼風によって一本一本解かれていくように..
「お姉ちゃんが『好き』なものは何?」
「私は... 私は..!!!!」
「選べないなぁ..全部好きだ..
鷹藤くんも..『たかたかちゃんねる』も..料理も..ピアノだって...」
「一緒に居たいよ..鷹藤くん..」
きっと私の顔は涙で酷いものになっていると思う
それでも心からの気持ちが吐けたような気がして頭が軽くなった
「じゃああとはお姉ちゃんなりの言葉で大地お兄さんに伝えるだけだね..!」
「うん..! 私..やってみる!!」
私と一緒に泣いていたはずの涼風の顔からは既に涙は消えていた
そうか 涼風.. 大人になったんだね.. これじゃあどっちがお姉ちゃんか分からないや
「じゃあこれで話は終わりっ!!そろそろお母さんに代ろっか」
「..そうだね 私たちがちょっと長風呂しすぎたから..」
立花家の風呂は涼風→私→お母さんの順番で回っている
「牛乳たーいむ!! 喉カラカラだよっ!!」
涼風は洗面所から出てリビングの方へ向かおうとする
でも私はそんな涼風言わないといけない事がある
「涼風」
「ん?どうしたのお姉ちゃん?」
「涼風の好きなことって何?」
「え!?私か..うーん..つばめちゃんでしょ..お姉ちゃんでしょ..
多すぎて分かんないや!」
「そっか じゃあやりたい事は?」
「えっ!?や、やりたい事か..」
やっぱりだ 『やりたい事』になった途端涼風は考えるように..
いや 言いたくても言えないような表情になる..
「..えっと..」
「涼風」
「今度お姉ちゃんと一緒にピアノしよっか」
「えっ..!!」
「いや..もし涼風がやりたかったからだけど..」
私がピアノという言葉を口にした途端涼風の顔は太陽の様に明るくなった
「..!!やりたい!やりたい!やったー!!」
「ありがとっ!お姉ちゃん!!」
「ふふっ 楽しみだね」
この一年の間に色々な出会いがあった
その出会いは私たち姉妹の関係だって変えてくれた
鷹藤くん.. つばめちゃん.. そして涼風..
「ありがとうね..」
「ん? なんか言った?」
「ありがとう 涼風」
「お姉ちゃんの妹でいてくれて」
俺の弁当を狙ってくる学校1可愛い立花さん かりわ @kasiwagi0507
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