14・駒と嶺 弐

 嶺がやって来て数日。彼女は彼等の冬の逗留地でもある山中の村には戻らず、源爺の庵に逗留を続けている。まぁ、村へ戻っても年寄りと生地師ばかりの中では居場所が無いのかもしれない。

 そんな中、我等は目前に迫った稲刈りまでに少しでも旧板屋領の実態を把握するべく、今日も朝から書類の山と格闘しているのだが、そこへ ‘トタトタ’ と小さな足音が近付いて来るのだった。


 ― 横手駒 ―


 夏が終わって秋はもうすぐそこだ。部屋から見える空の色も少し濃くなった様な気がする。横手の郷の皆はちゃんと稲刈りが出来るだろうか……そんな事を考えていると、廊下の先から小さな足音が駆けて来る。

 そしてすぐに廊下に小さな姿が現れる。それは、この間私達に怒りをぶち撒けた山之井家の妹姫だっだ。

 また何か言いに来たのだろうか。思わず身構えるが、彼女は室内を見回すと私には目もくれず、孫三郎に駆け寄った。


「あそんであげる。いこっ!」

 彼女はそう言うと、目を丸くして固まっている孫三郎の手を取り、有無を言わさず駆け出した。

「えっ!?え?何?待って!?」

 呆気に取られた私が我に返ってそう叫んで腰を上げた時には、二人の影はもう廊下の角を曲がって見えなくなっていた。


 ―――


「あにうえ!ようたろうのところにいくっ!」

 ‘バーン’ と言う効果音でも伴いそうな勢いで現れた梅は、勢いそのままに開口一番、高らかにそう宣言したのだった。

「いやいやいや、兄が仕事をしているのは見れば分かるだろうが。って引っ張っているのは孫三郎じゃあないか!どうして梅が孫三郎を連れている!?」

 思わず反論した所で、俺は漸く梅が更に小さな子供の手を曳いているのに気が付いた。

 それはあろう事か横手の孫三郎である。つまり、ほんの数日前に梅が自ら怒鳴り飛ばした相手である。


「待って!」

 そこへ転がる様に姉の駒と侍女の里が駆け込んで来て、駒はそのまま孫三郎にしがみ付いた。それを見るに梅は孫三郎を無理矢理引っ張って来た様だ。

「梅。これはどう言う事だ?」

 少し声を低くして尋ねる。

「あにうえがなかよくしなさいっていうから、あそんであげるの!」

 だが、梅から返って来たのはまたも高らかな宣言だった。


「うん……つまり、遥太郎の様に小さな孫三郎が、父を亡くし、母とも会えないのは可哀想だと言う兄の言う事は尤もだと思ったから、孫三郎と遊んでやろうと考えたと?」

 混乱の中、梅の言い分を漸くするとそう言う事らしい。俺が仲良くしなくて良いが酷い事を言わないでくれと言ったのを、出来れば仲良く遊んでやって欲しいと理解したのだろう。

 兄としては、その心持ちは大変喜ばしい。喜ばしいのだが、我等は現在大変忙しいのだ……

 とは言え、梅の事を考えればここで忙しいから駄目だと断るのは宜しくないし、梅を見れば却下される等とは露程にも思っていない自信に満ちた顔をしている。

 それは「遥太郎の所に行く」と言う言葉からも明白だ。幾ら梅でも、普段は「行きたい」、とか「連れて行って」と言うからだ。

 兄が仲良くしろと言うから遊んであげるので、ついては遥太郎の所で一緒に遊ぶ事にする。彼女にとっては否定される筈の無い理屈なのだろう。


「三人共すまんが……」

 俺は一緒に書類の整理に勤しむ、紅葉丸と太助、それに孝政へそう声を掛けると、三人共に先日の騒ぎは知っているだけに苦笑いで認めてくれた。

「駒殿。梅が言う遥太郎と言うのは稲荷社の宮司の息子で孫三郎と同い年の幼子だ。梅とは良く一緒に遊んでいてな。梅はそこで孫三郎も一緒に遊んでやりたいらしい。孫三郎も外の空気を吸うのは良かろうし、俺も同行するから如何だろう?」

 俺は孫三郎を抱き締めたまま離さない駒へそう提案する。

「……」

 しかし、駒は不安げにこちらを見返すばかりだ。孫三郎を一人で外に出して何か有ったらと思うと容易に頷けないが、俺からの提案を無碍にするのもと思っているのかもしれない。

「そうだ、里殿に付いて来て貰っても良い。如何だ?」

 大人を北の谷の近くに連れて行きたくはないのだが仕方無い。まぁ、子供一人抱えて逃げたとしてもすぐに追い付けるだろう。


 馬を曳いて入谷、落合、下之郷と進む。馬上では妙な緊張感が満ちている。

 鞍に座るのは何故か駒。その前に梅と孫三郎を座らせている。侍女の里も一緒にと妥協案を出しのだが、自分が一緒でないと、と強硬に主張したからだ。

 まぁ、逃げ足を考えたら里より駒の方が更に遅いだろうから良いのだが、そのせいで駒と梅の間で緊張感が生じているのだ。それも馬上の密着した体勢で……

「こりゃあ、若様。見回りで御座いますか?」

「おぉ、吉竹か。稲の様子は如何だ?」

「まぁ、思った程は悪くありませんわ。若様が隣村の連中と一緒に草引きをする様にしてくれたんが良かったんですかな」

 落合に入って行こう何度目か、領民から声を掛けられる。隣村と合同で稲刈りをする方式を導入する前に草引きで試させたのだが、それが殊の外評判が良かった。

 秋の稲刈りより暑い最中の草引きの方が体力的には厳しいのだろうか、来年以降も続けるか如何か意見の集約をしても良さそうだ。


「あ、ようたろ〜♪」

 馬から降りて境内に入ると、嬉しそうに声を上げて梅が駆け出す。遥太郎が母と一緒に境内に出ていたからだ。

「梅、孫三郎の事を忘れているぞ!」

 俺が指摘すると慌てて駆け戻り、孫三郎の手を曳いてまた駆け出す。梅も遥太郎の相手で慣れたもので、孫三郎が転ぶ様な速さで走ったりはしない。


****** 


 投稿時に最後の部分が切れておりました。失礼しました。また前話のタイトルを変更しております。


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戦雲迅く~異聞・瑞雲高く~ わだつみ @24zm

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