第2話

「店長、品出し終わりました」


 バックヤードに入ると、恭弥はすぐさまエプロンをとった。


「ありがとう。悪いね。残業で品出しなんかお願いして」


 店長である大熊は顔だけこちらへ向けて感謝する。粗末な返事だが、腰痛持ちの彼には精一杯の対応だった。


「鏡くんは流石だね。誰よりも品出しが早いよ。ほんと要領がいい」

「店長の品出しを見てコツをつかんだんで、店長の腕が良いんですよ」

「褒め上手だね。そういえば、今日実家から米が届くんだ。次来た時にお裾分けしてあげるね」

「助かります。母さんも喜ぶと思います。じゃあ、お疲れ様でした」

「お疲れ」


 会話しながらも流れるように着替えと片付けを済ませる。バッグを背負って裏口から出ると駐輪場に停めた廃れた自転車に乗った。小学校から使っているためサドルを一番高くしても踵が地面につく。不格好だが仕方ない。自転車を買う余裕は鏡家にはないのだ。


 ペダルを踏み込み、コンビニを後にする。錆び付いた鉄の摩擦音を聞きながら走ること十分ほどで自宅のアパートに辿り着いた。指定の場所に自転車を停め、一階の隅にある自室のドアを開ける。


「おい、ちょっと将也は!? ちっ、切りやがった」


 中に入ると母である響華の怒号が耳に響く。彼女は換気扇の下で喫煙しながら電話をしていた。将也と言ったことから彼女の弟関係の電話だろうと恭弥は思う。


「なんだって?」


 沈黙する響華に喋りかけると、彼女は強面な形相で恭弥を見る。何度も見てきた顔のため驚くことはなかったが、この顔は悪いことが起こった時にするため不安を抱いた。


「あの野郎、借金を払えず逃亡したらしい」

「へー、いくらなの?」


 靴を脱ぎ、部屋に入るために響華の後ろを通る。


「一千万だとよ」


 だが、響華が口にした金額に思わず足を止めた。

 互いに顔を合わせず、無言の沈黙が室内に漂う。


「マジ?」

「マジだ。あいつが逃亡したから私のところに来やがった」


 帰って早々に聞かされた悪い知らせに、頭にあった米の件は吹き飛んでいた。

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