第9話

 決勝戦は波乱の幕開けとなった。


「恭弥、すまない」


 隣にいたクロウが苦渋の叫びを上げる。

 今まで一対一の攻防を仕掛けてきたWitherはここに来て戦略を変えた。最初に降り立った離れた位置から互いに合流し、クロウに攻撃を仕掛けてきたのだ。


 クロウは二人に対して持ち前のスキルで善戦したが、手の痛みによる操作遅延と決勝相手二人の連携によりあえなく敗北した。


 画面を見ながら彼女は反省する。

 よく考えれば、プロ級の腕を持つクロウに対して一対一を仕掛けるはずはなかった。自分の手が痛んでいたことによる戦闘力減少がそうなることを錯覚させてしまっていた。


 後悔しても意味がない。今はもう恭弥に任せるしかないのだ。

 クロウはふと横目に彼を見る。恭弥は画面を見ながらマイクで「あとは任せろ」と小さく呟いた。


「クロウを倒せばこっちのもんだ」

「この勝負もらったな。優勝は俺たちで決まりだ」


 Witherの二人は余裕の笑みを浮かべた。クロウが敗れた今、残っているのは名の知れないプレイヤー。技術力はあるが、連携すれば倒せない相手ではない。二人は離れることなく縦列でステージを走っていく。


 恭弥もまたステージを駆けていく。

 画面左上に写っていたクロウの画面を映すモニターを指標に彼らの行動域を探る。

 状況を自分にとって有利にするためには先手必勝が必要になる。だが、一つだけ問題点がある。


 それは片方にプレイヤーの足音を探ることができる耳の持ち主がいること。

 現在、恭弥も彼の模倣をするために足音を確認していたが、クロウの言うとおりNPCとプレイヤーで足音が微妙に違う。いや、キャラごとに違うと言うのが的確だ。


「さて、どうするかな」


 ステージを慎重に動きながら足音を確認する。

 クロウが敗れたのだ。下手に離れて一人がやられて一騎討ちになるなんて馬鹿な真似はしない。二人一緒に行動し、遭遇した段階で挟み撃ちにしてくるはずだ。


 そうであれば重なった足音を重点に耳を傾ければいい。

 こちらはゆっくり歩いてできる限り足音を消す。大会の仕様上、タイム制限はないため思う存分戦える。


 慎重に歩く最中、目の前から大きな足音が聞こえる。敵が来た合図だ。


「GO」


 恭弥は躊躇なく壁から出て行き、銃を向ける。

 ふと目の前に映る二人組。彼らに銃を乱射しながら壁に隠れていく。しかし、攻撃はうまく当たらなかった。


「しめた!」


 相手の一人が横へと逸れると一気に駆けていく。挟み撃ちにする作戦だ。恭弥は目の前にいる敵に向かって突進する。


「血迷ったか」


 すごい勢いで迫りくる恭弥に止まった相手が銃を乱射。恭弥はすれすれで銃を交わしながら走っていく。ここで勢いを止めれば迫りくる弾にやられる。

 相手は乱射しながらも疑問を浮かべた。近くに来て撃つとしても今の状況では彼の弾が先にあたる。逃げる選択か。ただ、そんなことをしてもどうにもならない。


 迫る恭弥に男は乱射を続ける。続けることが最適解だと踏んだのだ。


「恭弥、マジか。この1ヶ月でプロ顔負けなほどに化けたね」


 クロウは恭弥の画面を食い入るように覗いた。

 恭弥の画面にはしっかりと写っていた。敵プレイヤーの背後にいるNPCの姿を。

 NPCが敵を背後から着弾。その瞬間に素早く方向を切り替える。自身の背後から現れるもう一人のプレイヤーに向けて銃を撃った。


 終了を告げるアラームが鳴る。

 画面には勝利チームの名前が表示され、アナウンスがチームの名前を上げる。


「優勝はチーム『CoW』」


 恭弥は一息ついた。彼は足音でキャラクターを識別し、敵の位置を探るだけではなく、NPCを含めた全員の位置を探っていた。この1ヶ月で手にしたのはスキルの向上だけではない。NPCの動き、ステージの構築。あらゆるものを詰め込んだのだ。


 NPCすら味方につける。まさに化け物じみた技を彼は見せたのだ。


「「マジかよ……」」


 勝利を確信していたWitherはヘッドホンを外すことすらできないくらい放心していた。

 彼らのことなど気にせず、恭弥とクロウは互いにハイタッチして見せた。

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