第5話
宇宙空間を窓に映し、二人の男が光る廊下を歩いている。
二人とも白衣を着ているが、一人は小太りの老人で、もう一人は青年だ。
「最初、新型生物兵器【
「……わし自身も、正直驚いているよ。じゃが、助けたいと思ってしまったのじゃ。生まれてきたキラーを全部使い、破損した肉体を擬態した細胞で補わせて、彼女が一命を取り留めた瞬間に、わしの中で尊い感情が生まれた。わしはこの感情を大切にしていきたい」
ホープ博士の正体は、
所属している組織の要請で、ターゲットとなった星を生物兵器で環境ごと壊し、
20年前。
状況的にも、ホープ博士の提案は魅力があり、組織の上層部は歓迎した。
隣で歩いている男は、博士の助手兼護衛であり、興味深げに博士を眺めながら疑問を口にする。
「にしても、提出された20年分のデータを観て思ったのですが、この女性は、なぜ【キラー】と一体化しているにも関わらず、能力を発現できなかったのでしょう?」
「あぁ。心を読むにしても、人間の脳では耐えられないからじゃよ。彼女の肉体に適応するために【あの子】たちは能力を制限させておる」
ホープ博士は目を細めた。
思い出すのは、ウェディングドレスを着た、かつてのかわいそうな子供の晴れ姿。彼女が無事に大人となり、輝かしい未来へ歩く姿を見て、心の底から感慨深い気持ちになる。
自分たちは彼女に救われたのだと、ホープ博士は感謝していた。
最初は厄介ごとにならないように、適当な嘘をついていた。だが彼女と交流しているうちにあたたかい感情が芽生えて、博士はこれまでの行いを
「それで実用化にこぎつけるための、調達したサンプルの件ですが、重罪人とはいえ、同情を禁じえませんね」
やがて進路の先に、大きな扉が立ちはだかる。
隣を歩いていた男は、扉の横に備え付けられているパネルを打ち込み、いつでも盾になれるように博士の前に立った。
「じゃが、必要な犠牲じゃよ」
博士の呟きとともに扉が開き、銀色の空間の中で、壁に拘束された複数の男女が姿を現す。
その中の一人の男に対して、博士の目が据わり、過去の怒りが再燃した。
「なぁ、そう思うだろう。
彼はすっかり周囲から見放されて前科者となり、狂気の刃を橋本希美に向けようとした。
もしも博士が見守っていなかったら、結婚式はこの男の手で滅茶苦茶にされて、彼女は殺されていただろう。
「君を拘束した時、わしは初めて神様に感謝したよ」
ホープ博士は、この20年間ずっと
「…………」
橋本太一は恐怖で答えられない。
ここに囚われてからずっと、博士によって何度も眼をくりぬかれて、舌を引っこぬかれて、脳みそを破壊されてきたからだ。
この男は、医療用に改良された【
「かわいそうな子供は、大人に守られるが」
悲鳴のかわりに血肉が飛び、助手の男は凄惨な光景に目をつぶった。
そして、ふと思うのだ。
【キラー】は高い知能を持ち、橋本希美が負傷するまで孵化することはなかった。
もしも計画通りに【キラー】が孵化して、地球がキボウノホシになったとしよう。そうなったら、銀河連邦が動いて組織が壊滅し【キラー】は確実に廃棄・駆除されていた。
生き残るために【
もしかしたら【キラー】が本当に目をつけたのは、橋本希美ではなくハシモトタイチであり、すべては、この兵器の計画通りであったのなら……。
助手は首を振り、不吉な可能性を追い払う。
自分の考えた通りだったとしても、一人の少女が助かり、ホープ博士も救われ、医療用の実用化が叶えば多くの命が救われるし、組織も安泰だ。
善人が救われて、悪人が罰を受けて悲惨な目に遭う。
「かわいそうな大人は、誰も守ってくれんのじゃよ」
それで、良いではないか。と。
【了】
キボウノホシ~ホープ博士によろしく~ たってぃ/増森海晶 @taxtutexi
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