第4話

――20年後。


「つまり希美のぞみは、こう言いたいのかい? 君と結婚したら、僕は君にケガを負わせた男と親戚になると」

「うん。彼はその後、更生施設から逃げ出して音信不通なの。それに、いろいろあって両親とも絶縁しているし、高木さんには迷惑をかけると思う」


 話し終えて、わたしは目を伏せました。

 会社の同僚である高木さんと付き合うようになって、結婚をお互い意識し始めたからこそ、避けることができない話でした。

 別れ話になることも覚悟していましたから、奮発して高めのレストランを話し合いの場に指定して、美味しい料理とワインで舌を滑らかにしながら、わたしは過去を語ったのです。


 ボリュームの抑えたクラッシックのBGMに、行儀の良い客層と、センスの良い調度品。出される料理も宝石のように美しくて、食材が口に入れた瞬間に、舌の上で踊って弾けて、様々な味に変化していきます。

 それになにより、高木さんと一緒にいるとホープ博士たちと一緒にいた日々を思い出すのです。無条件で受け入れられているような、ゆるやかで優しい時間を過ごせる貴重な相手です。付き合わない理由を探す方が逆に難しいのです。


「君は今でも、ハシモトタイチが怖いの?」


 高木さんの問いかけに、わたしは唇を噛みながら答えました。


「正直、怖い。今でも、襲われるんじゃないか気が気じゃないし。だけど、本当に怖いのは……」

「自分はもしかしてキイラの擬態した姿で、本物の橋本希美はしもとのぞみはすでに死んでいるんじゃないか。って、思っているのかい?」

「…………」


 わたしの荒唐無稽な話を、肯定も否定もせず静かに聞いてくれた高木さんは、わたしが無意識に避けていた部分へ踏み込んできました。土足ではなく、ちゃんと靴を脱いだような、静かで慎重でどこか大胆な踏み込み方でした。


「君の話によると、キイラは相手の心を読むんだよね。じゃあ、僕の心は読めるのかい?」


 いつのまにか手を握られて、緊張で胸がどきどきしました。

 頭が真っ白で、高木さんへの答えに首を横に振ってこたえると、前髪が額に当たり、ファンデーションで隠した傷跡が若干疼きました。


「僕は君と乗り越えていきたいと思う。君の不安も重荷も分け合って過去も未来もずっとずっと歩いていきたいと思っているんだ。君が良ければ……だけど」

「――っ! だけど、それで、高木さんは、いいのっ!?」

「うん。希美といるとね、とても大切な時間を過ごしているような、やさしい気持ちになれるんだ。そんな理由じゃだめかな?」

「だめじゃない! だめじゃない! 嬉しいです。よかったら、わたしと結婚してください――あっ」

「あははは。僕のセリフ盗られちゃった。君は悪い子だね」


 ホープ博士、見てますか?

 わたしは今、とても幸せです。


 

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