第3話

「死ね!」

「――っ!」


 放課後、ハシモトタイチが目を血走らせて、わたしを追いかけてきます。

 手に持っているのは金属バットで、でたらめにブンブンと振り回している姿に、さすがのわたしも恐怖を覚えました。


 あとで聞いた話ですが、目に余るハシモトタイチの行動から、うちの親はハシモトタイチを放り出すことを決めたのです。親戚同士で決められた期限があったらしいですが、そんなことを言ってられない状況になったのです。


「お前のせいだ!」


 ハシモトタイチは言いました。


「お父さんもいて、お母さんもいて、おもちゃもいっぱい買ってもらえて!」


 ハシモトタイチは叫びました。


「帰る家があって、友達がいて、おまえだけめぐまれて、みんなみんなやさしくて!」


 ハシモトタイチは泣きました。


「おまえなんか、死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 わたしは空き地を目指しましたが、目前で気が緩み、無様に転んでしまいました。

 追いついたハシモトタイチが、バットを振り上げてきます。


「死ね」

――バキッ。

――バキッ。

――バキッ。

――バキッ。

――バキッ。

――バキッ。

――バキッ。

――バキッ。


「なんじゃ! 止めるんじゃ! ノノちゃん、しっかりするのじゃ!!!」


 あれだけ騒がしいのです、ホープ博士が茂みから飛び出してきてわたしを介抱しました。バットを放り出してハシモトタイチが逃げていきますが、わたしは博士に抱きしめられて、とても嬉しいと感じました。とてもとても嬉しいと。


「あぁっ、ノノちゃん、こんなことになるなんて!」


 博士は抱き上げて、茂みの中へとわたしの身体を運びます。


「頼む、。ノノちゃんを助けてやってくれ。このままでは、この子は死んでしまう」


 壊れ物をあつかうように、博士はわたしの身体を横たえてキイラに懇願します。その場で土下座して、地面に頭を擦り付ける姿が、赤と黒でとぎれとぎれの視界に映って、とても悲しい気持ちになりました。

 早くわたしは元気にならないと、ホープ博士はずっと土下座を続けるのでしょう。


 わたしもキイラにお願いしました。


「助けて、キイラ。死にたくない」


 ホープ博士を助けて。と。


 わたしの気持ちが通じたのか、キイラの卵が震えています。

 ピキピキと亀裂が走る音が聞こえてきて……。


――ここでわたしの記憶が途絶えて、病院のベッドに寝かされていました。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ハシモトタイチが、その後、どうなったのか分かりません。

 

 目を覚ましたわたしに、警察の人が「誰にやられたのか」訊いてきたので、ハシモトタイチにやられたことを話しました。

 両親はわたしに泣いて謝ってきましたが、わたしはホープ博士とキイラのことだけを考えていました。

 わたしが助かったのは、彼らのおかげです。

 お礼を言いたかったのですが、それは叶いませんでした。


 ようやく退院が許されて、わたしは彼らに会いに行こうとしたのです。


 ですが、そこにはなにもありませんでした。

 キイラの卵があった窪みもあったのに、彼らがいた気配がないのです。


「え、いや。イヤだ。」


 キイラが生まれたから、ホープ博士はキボウノホシに帰ったのだと思うと、なんだか、自分だけ取り残されたような気がして悲しかったです。


 悲しみが深いと涙が出ないことを、わたしはこの時に知りました。


 

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