第2話

 数日が経過しました。

 頭の怪我は、大したことがありませんでした。額を少し切ってしまいましたが、前髪で隠せます。

 それよりなにより、入院しなくてホッとしました。

 入院してしまったら、卵の様子も見れないし、ホープ博士にも会えないからです。


 頭に巻いた包帯を見て、ホープ博士はびっくりしました。


――大丈夫なのか、痛くないのか?

――なんてヒドイ。

――下手したら一生傷が残るじゃないか!

――親はなにをしているんだ!


 正直に言います。

 わたしは博士が、わたしのために怒ってくれたことを、悲しんでくれたことを、憐れんでくれたことを、とても嬉しいと感じました。

 とても身近な家族よりも、ホープ博士の反応に気持ちが柔らかくなって、胸の奥あたりが暖かくなって、鼻の奥がつんとくるのです。


 けど恥ずかしいので、わたしはホープの博士にキボウノホシのことや、怪物のことを訊いて、なるべく自分の気持ちを表に出さないように努めたのです。気持ちを表に出した時、うっかりするといつも裏切られてきたからです。

 助けてと言っても、お父さんもお母さんも助けてくれなかったのが、良い例だと思います。


「わしの話か」


 ホープ博士は、ぽつりぽつりと話しました。

 博士の住んでいたキボウノホシは、悪い大人のせいで滅亡の危機であり、ホープ博士は卵と一緒にUFOに乗ってこの星にやってきたのです。


 怪物は【キイラ】という名前で、博士の星では【キイラ】は【輝く】という意味なのだそうです。悪い脳波を出す個体のみを襲って、相手の心を読んだり干渉したり、あと、なんにでも変身できるのだそうです。


「この卵鞘らんしょうには、キイラたちが100万匹ほど眠っている。そして、ずっとずっと寝ながら学習している。おそらく、わし以上に頭がいい。だが、そのせいで生まれようとしないじゃ」


 ホープ博士は、この星に降り立ってから様々な土地でこの卵を孵そうとしました。ですが、キイラは学習するだけで卵から外に出ようとしないのです。

 博士は深刻そうな顔ですが、子供であるわたしは、キイラたちがこのカマキリみたいな卵から、うじゃうじゃ生まれてくる光景が普通に想像できたのです。


「すごい! すごい! キイラたちは正義の味方なんだね!」


 興奮して頭が痛くなりましたが、わたしはぴょんぴょん飛び上がります。

 キイラは生まれていないけど、優しい存在なのだとわかりました。

 なぜなら


『……もしや、卵の方が呼んだのか?』


 ハシモトタイチに追い回されているわたしを、この茂みへ匿ってくれたのがキイラだと分かったからです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ノノちゃんは、友達と遊ばないのかい?」

「んー。みんな、ハシモトタイチが怖いから、わたしとは遊びたくないって」

「……そうか」


 そんなハシモトタイチは、わたしのケガで、学校中から警戒されてしまいました。オモテムキ暴力的な行動はとらなくなったものの、文房具屋さんや駄菓子屋さんで万引きしたり、近所の猫や犬にキガイを加えるようになったのです。


 わたしの両親は連日のように、いろんなところに謝りに行きました。

 けど、ハシモトタイチは変わりません。

 どんなにヒドイことをしても、わたしに消えない傷を負わせても、最終的に周りが許してしまうからです。


 だってハシモトタイチが、両親を亡くしたかわいそうな子供だからです。


 その頃のわたしは、絵本やマンガをキイラに読み聞かせました。誰も来ない茂みの中で、わたしとキイラとホープ博士は、のんびりとした時間を楽しんでいたと思います。


 お菓子もありません、テレビもありません、オモチャもゲームありません。

 あるのは毎日違う土と草の香り、鳥や虫や猫の鳴き声に、明るい日差しと時々の雨。

 特別なモノが用意されていないのに、おだやかで受け入れられているこの時間が、とても幸せで貴重だったことに気づいたのは、大人になったつい最近です。


 こんな時間がずっと続けばいいと思いましたが、始まりも突然なら、終わりも突然でした。


 

 


 

 

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