キボウノホシ~ホープ博士によろしく~

たってぃ/増森海晶

第1話

 幼い頃、茂みの中で、エイリアンの卵を発見しました。

 ゴムまりよりも大きくて、茶色くて、布に包まれているように表面がフワフワしていて、そこだけむき出しになった土のくぼみに、どんと鎮座ちんざしていました。


「お嬢ちゃん、この卵に近づいちゃいけないよ。悪い子供を食べる、こわーい怪物が生まれてくるからね」


 そこへサンタクロースに似た白衣の老人が現れます。


「え、悪い子を食べちゃうの?」

「あぁ。怖いだろう」

「うん! だけど、悪い子供を食べるって、良い怪物なんだよね!」

「……へ?」


 それがわたしと、キボウノホシからやって来たホープ博士との出会いでした。


「うーん、こんな子供に発見されるとは。電子結界でんしけっかいを張ったはずなのに。……もしや、卵の方が呼んだのか?」


 ホープ博士はわたしをしげしげを眺めて言います。

 そんなホープ博士をよそに、わたしはエイリアンあらためて、怪物の卵に興味津々です。


「この子は、正義の味方だねっ!」

「……あぁ、そうだな」


 ホープ博士はちょっと気まずげです。


「悪い大人も食べちゃうんだよね」

「あぁ」

「楽しみだなー。いっぱい、いっぱい食べて、大きくなって、うるすらまんと一緒に戦うんだね!」


 能天気に幼いわたしは笑います。

 わたしをいじめるハシモトタイチが、怪物に食べられるところを想像すると、コワいよりもウレしい気持ちでいっぱいになるからです。


 ハシモトタイチはわたしの親戚です。わたしより、三つ年上です。

 お父さんとお母さんが亡くなって、一時的にわたしの家に住んでいたのですが、ハシモトタイチはわたしのラウダーカードを盗んだり、うるすらまんの人形をバラバラにして、リリちゃんの変身ステッキでわたしをよくぶつのです。


 サイアクなことに学校も同じで、ハシモトタイチはみんなから嫌われているから、そのイライラをわたしにぶつけてきます。

 ハシモトタイチを怖がって、友達がみんなわたしからはなれていって、わたしも身の危険を感じて、ハシモトタイチを避けようとしても、ハシモトタイチの方から寄ってきて、わたしを追い回してくるのです。


 この空き地に来たのも、ハシモトタイチから逃げてきたからで、身を隠せそうな茂みに踏み込んだから、怪物の卵を見つけたのです。


「ノノちゃんは、みんなに助けを求めないのかい?」


 ホープ博士の質問に、わたしは首を縦に振った後、横に振りなおします。


 お母さんにも、助けてと言いました。

 お父さんにも、助けてと言いました。

 学校の先生にも、助けてと言いました。


 だけど、大人たちは口をそろえて、幼いわたしに言うのです。


――ハシモトタイチは、かわいそうな子供だから許してくれ。と。


 けど、そんなのおかしい話です。

 ハシモトタイチは悪い子だけど、かわいそうな子だから許されるなら、ハシモトタイチよりも、はるかに良い子で、かわいそうな子であるわたしが、なんでガマンをしなければならないのでしょう。


 わたしの話を訊いてくれたホープ博士は、いつでもここに来ていいと言ってくれました。

 ここならハシモトタイチは入ってこれない、と言ってくれたので、わたしはとても嬉しかったのを覚えています。


 けど今、思えば、ホープ博士からフビンに思われていたのでしょう。

 家に帰ってしまったら、ハシモトタイチから逃げ場がないからです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ののちゃん、遊ぼう」


 家の中では逃げられないから、ハシモトタイチは笑顔です。

 ですけど怪物の卵を発見して、ホープ博士という味方ができたわたしは、ハシモトタイチに笑顔を見せました。


「な、なんっだよ。キモいな」


 いつものように怯えないわたしに、ハシモトタイチはひるみました。いつものようにおもちゃを壊しましたが、わたしはハシモトタイチに優しい気持ちになり、おとなしくリリちゃんのステッキで頭をぶたれていました。


「キモい、キモい、キモい、キモい、キモい」


 不思議です。ハシモトタイチが、怪物に食べられることを想像したら、どんな痛みも耐えられるのです。ですが、サスガに頭から血が出てきたので、お父さんが慌ててハシモトタイチからわたしを引き離して叱りました。


「大丈夫か、希美のぞみ! 救急車、救急車を」

「そんな、おおげさね。血が出た程度じゃない」


 そして顔を真っ青にした父と、めんどくさそうな母がいつものようにケンカをします。

 けど、わたしは笑顔です。


「お父さん、お母さん、ケンカしないで」


 すべての元凶であるハシモトタイチは、もうすぐ怪物に食べられるのです。

 だから、こんなところでケンカしなくてもいいのです。

 母は少しばつが悪そうに顔を伏せて、父はハシモトタイチを睨みました。


「お情けで、うちの置いてやっているのを忘れたのか! このまま叩きだしても良いんだぞ」

「……ヒィ」


 わたしはこの時の光景を、何度か思い出してみたのですが、ちっとも嬉しくないのです。

 きっと卵を見つけていない昨日だったら、嬉しくてたまらなかったと思うのです。

 正直、父にビビっているハシモトタイチを見ても、なんにも感じることが出来ませんでした。

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