森のはじまりの物語

みこと。

全一話

 ハァ、ハァ……。


 息が上がる。足が重い。だけど。


(早くしないと。急がなきゃ森が焼け落ちる! その前に彼女を逃がさなくては!)


 目の前の森はいまや炎に包まれ、その猛火は夜空さえも赤く染めあげている。


 どうしてこうなった──。




 俺が生まれ育った村の横には、黒々と横たわる古い森があった。

 森の恩恵を受けつつも、魔物が出ると噂があり、誰も森の奥までは分け入らなかった。

 そんな森で、ある日俺は迷った。

 魔物は出なかった。

 かわりに出会ったのは、美しい古木の精ドリアード

 

 "私のことは秘密"。


 彼女にそう約束させられ、森の出口を教えて貰った俺は、その後何度か森奥におもむき、ドリアードと逢瀬おうせを重ねた。


 エクレアネという名だった。

 俺は彼女に惚れ切っていた。




 そんな中、ご領主様の跡取り息子が森で迷い、森に住む魔物に殺されたという噂が出た。


 でも本当は、隣国の娘と駆け落ちし、森は抜けて行っただけ。


 エクレアネはそう教えてくれたが、真実はご領主様のお耳には届かない。

 怒ったご領主様は、森ごと魔物を焼き払えとご命令された。


 驚いた。

 そして大問題なことに、森に火が放たれた今、エクレアネは危機に直面している。

 急いで彼女を森の外に──。



 た!!



「エクレアネ、何してる、早く逃げよう!」


 焦る俺に、彼女は驚くほど透明な笑みを向けた。

 儚げで、寂しげで、たまらなく優しい。



 そして、言った。



 植物は芽吹いた場所こそが全て。

 どんな場所でも、どんな環境でも、そこで力一杯生き抜いていく。

 それこそが本分。


 樹妖精である自分が、樹と離れられるはずがない。

 私はこの場で生をまっとうする。

 火に飲まれないうちに、あなたは早く逃げて、と。





 そうだ、どうして思い至らなかったんだ。

 彼女は森から動けないのに。



 俺は泣いた。

 泣いて泣いて、泣きながら、森を出た。



 共にくわけにはいかなかった。


 だって大切な役目を託されたから。






 新しい命の継承。


 彼女は自分の代わりに、どうか平和な場所で森を育て見守って欲しいと、木々の種を俺に渡した。








「それが、ひいひいひいじいさんから聞いた、青の森のはじまりの物語だよ。儂らは森を大切に守っていく。それが使命なんじゃ」

「どうして大切なの? おじいちゃん」


「そのご領主が、命のかてであり、敵国からの盾であった古い森を焼いた後、国はあっさり侵略され、滅ぼされたという。愚かな考えで森を軽く扱っちゃいかん。お前たちもこの話を次の世代に伝えていっておくれ」



 森は続き、思いと共に人も続く、と。

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森のはじまりの物語 みこと。 @miraca

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