致死性の謎

らきむぼん/間間闇

致死性の謎


献辞

おもちゃ箱に捧ぐ



影の中にはあらゆる宗教よりも多くの謎がある

      ――――ジョルジュ・デ・キリコ



致死性の謎

間間闇


The Enigma of Fatality

by

AWAI MAYAMI



 一 デペイズマン


 落陽の金色が溢れていた。

 まだ涼しさを残す風が遠くに見える金雀枝を揺らす。まるでこれから訪れる夏を迎えいれるかのように、落ちゆく太陽に手を降っていた。夕陽はそれに答えるように一層朱く染まり、僕らの影を長く伸ばす。

「それ、いつも持ってるな」

 僕がリコ――葉月璃子の手元に視線を落とすと、彼女は「これ?」と手に持った小さな画集を胸元でこちらに向ける。表紙は三角形のカンバスに描かれた奇妙な絵だ。

「嫌なことがあったら、夕陽を浴びながら屋上でこの画集を見るの」

「また何かされたのか? もう我慢しないほうがいい。犯人を捕まえよう」

「だめだよ、アキ。逃げちゃだめ。これは私に与えられた受難だから。乗り越えなきゃ」

 そう言ってリコは瞳を閉じる。神に祈りを捧げるように。その姿が美しくて、僕は正視できずに目を逸らす。

「本当は東棟の屋上のほうが、陰が差して良い感じなんだ」

 彼女はそう言いながら東に顔を向ける。少し見下ろした視線の先には、二階建ての校舎が建っている。ベビーブームの頃に西棟が真横に建てられ、ほぼ使われなくなった。西棟が三階建てで、校舎同士の距離もキャッチボールができそうなほどに近いから、東棟はほとんど日陰になっている。

「あっちの屋上は常時施錠されているだろ。入ったことあるの?」

「ほら、ハルが美化委員だから。こないだ鍵の確認で見回りしたときに内緒で、ね」

 いたずらに笑い、下手くそなウィンクをする。鍵の確認なんて普段は生徒がやることじゃない。きっとハルもこの愛嬌にやられて一肌脱いだのだろう。

「画集、ちょっと見せて」

 僕が興味を抱いたのが嬉しかったのか、彼女はきらきらと瞳を輝かせる。僕は彼女から画集を受け取り、改めて表紙を眺めた。上向きの二等辺三角形のカンバスに巨大な煙突が一本佇んでいる。そしてその右手前にはチェスボードとそれに触れる赤い手袋の右手が描かれている。不思議なことに、その手袋には人間のような爪があるのだ。

「これ、どういう意味?」

「……さあ。でもこの屋上の風景はどこかこの絵みたいな謎に溢れた不協和音を感じない?」

「うーん」

「わからないって思ってるでしょ」

「いや、わかるよ」

 僕がそう返事すると、疑うように彼女は上目遣いでこちらを見つめる。

「ほんと?」

「君にはそう見えるんだろ? その感覚はわかる」

 リコはハッとした表情をした。次の瞬間には眩しいくらいに表情を綻ばせる。僕は続ける。

「日常の中に、唐突にオブジェクトを配置する。それが見る者の憂鬱や恐怖を駆り立てる。そして、それをどこか俯瞰して見つめる自分がいる。内省的になれるんだ。その相関性のないモノの重さは、憂鬱や恐怖と置換できる何かなんだ。画集の城に鎮座する檸檬と同じ。僕にもあるよ、その感覚」

「そう! この人の絵はみんなそうで、例えばこの『秋の瞑想』なんか、まさにここと旧校舎の屋上そのもので……」

 ぐっと近づいて画集を指差す彼女の右手は、あの絵の赤い右手と対照的に穏やかで温もりを感じる。僕らはしばらくの間そうやって画集を眺めた。

「あっ」

 僕はこの画集にまとめられた画家のプロフィールを見て、声を上げた。

「どうしたの?」

「この人、僕と誕生日が一緒だ」

「七月十日? もうすぐだね。あれ? でも……」

「いつも自分の誕生日って忘れちゃうんだよな。気づいたら過ぎてたりして」

「……じゃあ、私が覚えておいてあげる」

 そう言うと、彼女はブレザーのポケットから携帯電話を取り出す。ぱちぱちと音を立てて操作する様子がどうにも時代錯誤だった。

「まだスマホにしないのかよ、もう二〇一五年だぞ」

「だって、機械苦手だから……はいっ、アラームかけといた。これで忘れない」

 笑顔が眩しく光る。僕は、彼女のこの顔が……。

「そりゃどうも。それより、そろそろハルの補習も終わる頃だ。行こうか」

 そう言って背を向けると、彼女は突然僕の右腕を掴んだ。どきりとして振り返る。

「ブレザーのボタン取れそうだね。直してあげる」



 二 死


 夏至も間近の六月十九日、下校時刻を一時間ほど過ぎても、あたりは真昼のように明るい。校門近くでは部活帰りの生徒を数人見かけた。衣替え移行期間の最終日で生徒の服装にはバラつきがあったが、今年は冷夏だから、僕もハルもまだブレザーを着ていた。

「帰り、ウチ寄る?」

 校門を少し過ぎたあたりで、スマホを眺めながらハルが言う。ハル――黒田春人は僕のクラスメートだ。整った顔で女性にモテそうだが、浮いた話はない。進学校にもかかわらず学年で唯一茶髪だったため、最初は勝手に不良だと思っていたのだが、話してみると髪色は生まれつきらしい。基本は気の良いやつだが、歩きスマホは何度やめろと言っても聞く様子がない。彼が交通事故に遭っても、僕は驚かないだろう。

「いいけど、なんで?」

「アキの好きそうなミステリィを見つけてよ」

「へぇ、なんてやつ?」

「安蘭澄美史の『冷たい繭』ってやつなんだけど」

「知らないなぁ。どんなの?」

「読んでのお楽しみだ」

 僕らはミステリ小説の愛好家だ。放課後の教室でミステリの話をして、ときどきお互いの知恵を競わせてチェスをしたりする。帰宅部のただの暇潰しだったが、ハルが幼馴染でクラスメートのリコを誘ってからは、ちょっとしたミス研だった。この三人で一緒に過ごすのは何より楽しい。

「リコは呼ばなくていいのか?」

「なんか今日は用事があるからまだ学校に残るってよ」

「用事? 今日は文化祭の出し物会議で十七時まで缶詰だったんだし、この時間からか?」

「……また屋上かもな」

 ハルはそう呟くと表情を曇らせた。

 リコは最近、辛いことがあると屋上に行く。それは昔からそうだったのかもしれないが、少なくとも僕たちがそれを知ったのは、彼女がいじめられ始めてからだ。

 いじめの原因も犯人もわからなかった。彼女は誰にでも明るく優しい。しかし、机に暴言が書かれたり、下駄箱に虫を入れられたり、引き出しに脅迫めいた手紙が入っていたりと陰湿な嫌がらせが続いた。次第に、正体不明の犯人に怯えて、みんながリコを避け始めていた。だから、僕やハルは絶対に彼女の味方でなければならない。これは僕たちの暗黙のルールだ。ハルは続ける。

「リコは犯人探しや仕返しを求めていないんだ。だからひとりで抱え込む。俺やアキに頼ることもない」

「彼女はクリスチャンだから、それも影響しているかもしれない。これは受難だって」

 その信仰の在り方が正しいのかは僕にはわからない。しかし、彼女の信じる神を殺す論理など、彼女を守る盾にはならないのだ。

「戻って様子を見にいくか」

「……だな。三人で一緒に帰ろう」

「んじゃクリプトでチャット送ってみるか」

「いや、リコはガラケーだから気づかないかも」

「あ、そっか」

 〈クリプト〉とは、メッセージングアプリだ。アカウントを作ればオンライン上で自由にチャットを行える。文化祭の準備の過程でクリプト上に「クラスルーム」が作られ、クラスメートは全員入室していたが、クリプトはスマホとパソコンが推奨環境であるため、ガラケーではアプリ画面を開いているときにしか通知が拾えなかった。

「とりあえず戻るか」

 僕とハルはそれから他愛もない会話をしながら校舎へと引き返した。校舎前の植木を超えると、玄関はすぐそこだ。

 だが、僕たちはそこで人生で一度も聞いたことのない、不快な音を耳にした。

 ――――パァン。

「なんだいまの」とハルが周辺を見渡す。そしてその視線は凍りついた。一瞬遅れて、僕も何が起きたかを把握した。

 玄関にほど近いコンクリートの道の真ん中で、血まみれの人間が倒れていた。明らかに絶命していた。血液はあたりに飛び散り、その腕には紅く染まった本が抱えられていた。

 十七時三十分、葉月璃子は自殺した。



 三 悪意


 それからの数時間はあっという間だった。

 落下したリコが即死だったことはすぐにわかった。それでも僕らは何度も彼女の名前を呼んだ。次第にその慟哭が周りの生徒を呼び寄せ、人集りができる。僕らは、誰かが救急と警察に電話するのを聞いた。そしてそのとき、僕とハルはきっと同じことを想起した。それはリコのいじめだ。先に動き出したのはハルだった。

「ハル!」

 僕が声を上げる頃には、ハルは随分先を走っていた。僕は彼を必死で追った。彼は屋上に向かったのだ。そこには何かリコの残したものがあるのかもしれない。

 僕らは玄関に駆け込むと、東階段から屋上まで駆け上がった。途中の階段で下級生数人がたむろしていたが、先にハルが通ったからか、僕を避けるように左右に分かれていた。屋上の扉の前まで来ると、両開きの扉が全開になっていた。僕は吐きそうになるほど息が上がっていたが、十数秒ほど先に着いたハルもそれは同じで、膝に手をついて、まるで地面とにらめっこをしているかの如く、ひたすら足元を見つめていた。その背は肌が透けるほどに汗でぐっしょりと濡れていた。

 結局、屋上には靴が揃えられていただけだった。

 それから十分ほどして、教員たちが屋上に駆け込んできた。十七時五十分のことだった。

 僕とハルは屋上から追い出され、教員たちは屋上の扉を施錠した。彼らとのやりとりはほぼ忘れてしまった。覚えているのは、扉のフランス落しが降ろされるカシャンという音でハルが肩をびくりと震わせた光景だけだ。そのときにハルが「……同じだ」と呟いたのが聞こえたが、その意味はわからなかった。

 十八時になって、警察が来た。まだ封鎖された屋上の前で立ち竦んでいた僕とハルは、教員と共に身体検査をされた。リコの遺体が携帯を持っていなかったからだ。しかし、誰の身体からも彼女の携帯は出てこなかった。

 開放された僕らは二十時頃になってようやく帰宅した。両親や担任はひどく心配していたが、僕は冷静だった。

 自室に籠もっていると、クリプトの通知が鳴った。


〈「三年二組」に動画が投稿されました〉


 ルームに入ると、初期アイコンの「名無し」というユーザー名のアカウントが一本の動画を投稿していた。僕は何の警戒もせずにその動画を再生した。


 画質の低い映像が再生される。それは屋上で撮られたものだった。カメラから離れた屋上の中央でブレザーの女子高生が柵に向かって歩く。彼女は葉月璃子だった。左手に小さな本を持っている。その表紙がこちらを向く。逆三角形の絵の右上に、赤い手が描かれていた。どうやら、あの画集の地の部分を掴んで腕を垂らしているようだ。だから表紙が上下逆に見える。しばらく屋上からの風景を眺めた彼女は、こちらを振り向く。柵を越えると、リコは靴を脱ぎ、揃える。左手に持っていた画集を抱え直し、彼女は後ろ向きに身を倒した。しばらく誰もいない屋上が映り、動画はプツリと切れた。


 翌日の土曜日、ハルとクリプトで通話をした。お互いの心が「死んでいない」ことを確認した僕らは、日曜日と臨時休校を挟んで、火曜日にはいつもどおり登校した。



 四 ミステリ


 六月二十三日、放課後はいつもよりも静かに始まった。誰もが早く帰宅した。文化祭の出し物のことなんて誰もが一旦忘れることにしたらしい。だから、相変わらず底抜けに明るい夏至直後の日差しが教室の陰鬱な空気を消し飛ばしていた。

「それで、やるんだよな」

 僕は眼前に座るハルに問う。

「ああ、リコのためにも。あの動画を上げた人間を突き止める」

 ハルはそう言って、目を逸らした。口にするのが嫌だ、という様子だった。

「正直にいこうよ、ハル」僕は彼の偽善を否定する。

「厳しいな、アキは」

「僕らはリコの死を止められなかった。救えなかったとは思えない。僕らならできたはずだ、でもしなかった。どこかでリコはきっと自分で乗り越えるって楽観視した」

「……そのとおりだ」

「だから、僕らは僕らのために勝手にやる。納得するために。自分を助けるために、遅すぎた探偵として」


 僕らは教室の黒板に情報をまとめながら、議論を始めた。まず、僕は前提を詰める。

「まず、リコは自殺だった。それはいいよね?」

「ああ、それは疑いようがない。動画があるんだから」

「その動画だけど、そもそもなぜアップしたんだろう?」

「わからない。ミステリィで言うところの動機だよな? 自殺の映像を投稿しても意味がないと思う。そもそもあのルームは、俺たち三年二組の生徒しか閲覧できないし」

「しかもあの動画が投稿されて一時間もしないうちに管理者が動画を消して、アカウントも強制退室させた」

 そう、結局自殺動画はルームを作ったホストの管理者権限で削除されたのだ。文化祭の出し物会議があった日だから、クラスの多くの人が閲覧したはずだが、それでも動画はもう見ることができない。

「しかしアキ、これは考えてもわからない。とりあえず動機は措くとして、じゃあ誰なら投稿できたと思う?」

 ハルの指摘はもっともだ。投稿の意図はどうしても想像の域を出ない。

「僕は、クラスメート三十二名に絞っていいと思う」

「このクラスに犯人がいると?」

「本格ミステリのような厳密性でそう言っているわけじゃないんだけど、たぶんね。まずクリプトの仕様だけど、ルームには招待がなければ入室できない。動画を投稿したユーザーは捨てアカウントだった。おそらく犯人が自分で自分を招待したんだ。つまり既にルームにいたクラスメートが犯人だと思う」

 入室していないクラスメートはいなかった。だからこの時点で全クラスメート三十二人が容疑者となる。

「待て、その条件ならクラスメート以外の共犯者がいてもおかしくないだろ?」

「それはない。動画を上げるには、撮影していた端末を回収しなければいけない。うちの高校は一年生が一階、二年生が二階、三年生が三階を使う。下級生が上階に上がるのは目立つ。それに三年生で文化祭の出し物が決まっていなかったのは二組だけで、だから急遽会議を開いたんだ。他クラスの生徒は誰も三階に残っていなかった。あとは教員だけど、あのとき下級生が三階に続く階段でたむろしていただろ? 僕は休み時間に彼らに聞き込みをした。結果、教員が上階に向かった記憶はないそうだ。そして、僕らが使った東階段以外の移動ルート、西階段は三階の手すりの故障で封鎖されていた」

「すげえ、お前そこまで調べてたのか?」

 ハルは心底驚いたという表情でこちらを見る。しかし、問題はこの先だ。いまだ容疑者は三十二人もいる。

「穴はあるが、クラスメート以外の人間が関係しているとは直感的には考えにくい。だから僕は妥協点を決めようと思う」

「妥協点?」

「そう、もしクラスメートを調査して、答が出なかったら、僕はこの件を諦めるよ」

 それは僕らの負けを意味する。しかし必要なことだった。

「今日はこんなところにしておこう。明日からは聞き込みだな」

 ハルは首肯し、黒板消しを手にとった。

「そうだアキ、気づいたか? 三年二組のルーム名が管理者によって変更されているんだが」

 僕は急いでスマホでクリプトを開く。ハルの言うとおり、三年二組という表示名は〈形而上の三角〉という名称に変わっていた。



 五 あいにくの雨


 七月一日は、一日中雨だった。朝から続く驟雨で空気はすっかり冷えきってしまい、衣替え後にもかかわらずブレザーを着る生徒が多く、学校側もそれを黙認していた。

「ボタン取れてるぜ」

 放課後の教室で、ハルが指差す。視線を落とすと、ブレザーの右腕のボタンが取れている。

「こないだリコが直してくれたばかりなんだけどな」

 僕がリコの名前を出すと、一瞬ハルの表情は曇った。僕は気持ちを切り替えるつもりで、本題に入った。

「実は、クリプトの三年二組ルームを作った管理者に監査ログの開示を依頼したんだ」

「監査ログって、ルーム内で誰が何をしたかの記録だよな?」

 クリプトではルーム内の行動が記録される。その記録は基本的にルームの管理者のみが閲覧できる。

「そう。でも回答はノーだ。まあ当たり前だけど。ただ、妙なコメントも返ってきてさ」

 僕はスマホの画面を見せる。


〈彼女は私には及ばないけれど良い名前だった。あなたの心情は察するが、私は言葉を持たない〉


「どういう意味だ、これ」

「わからない。ただ、ログの開示は拒否された」

「そもそも、管理者って誰なんだ?」

 このルームの管理者は明かされていない。運営上の都合か、管理者は個人とは別のアカウントを持っていて、素性不明だ。

「とりあえずこの件は保留して、もっと現実的に容疑者を減らしてみた。これを見てほしい」

僕は言いながら黒板に二枚のプリントを貼る。一枚は事件前後の流れを簡易的に表した図だ。


https://kakuyomu.jp/users/x0raki/news/16818093088707356029

事件前後の流れ_図1


「あの日起きたことを簡単に整理すると、まず三年二組の僕やハル、リコを含む一部の生徒は出し物会議で十六時から十七時まで教室にいた。そこから十七時半にリコが転落、僕とハルが屋上に向かい到着したのが十七時四十分頃、それから五十分に屋上を封鎖して、十八時に警察による身体検査があった。そして、二十時に動画がアップされる」

「俺の記憶とも相違ない」

「ここで重要なのは、リコの携帯が見つかっていないことだ。それで僕らは身体検査を受けた。これは今でも見つかっていない。順当に考えれば、あの動画はリコの携帯で撮影され、何者かに持ち去られた。それが可能なのは十七時三十分から四十分の十分間だけ」

 ハルが息を呑む。僕らはミステリをよく読むから、この手のアリバイ表には見慣れている。何を検証すべきかは明白だった。

「で、もう一枚の表ってわけか」とハルはもう一枚の表に目をやる。


https://kakuyomu.jp/users/x0raki/news/16818093088707375127

該当時間の所在_図2


 二枚目の表は、三年二組の名簿に件の十分間のアリバイを付記したものである。しばらく眺めたハルから早速質問が出る。

「この表のアリバイの蓋然性は?」

「例によって厳密性は担保できない。けど、確認できた範囲では裏を取ったし、少しだけ脅しを入れた」

「脅し?」

「この情報は警察に渡す、ってね。つまり、警察による裏取りが行われるから嘘はつかないほうがいいと匂わせた。だから調べればわかるような嘘は言っていないと思うよ」

「なるほど。つまり、ミステリィ的に言えば、〈犯人以外の人物は嘘をついていない〉ってやつだ」

 もっとも、本来は神の視点から厳密性を保証するためのその文言は、現実では希望的観測に過ぎないが。

「問題は、アリバイが確認できていない人物が五人いるってところだね。まあ彼らについては現段階では推測するしかない」

「いや、初動としてはむしろ情報が揃ってるほうだよ」

 ハルはそう言うと、僕らがよく使っているチェスセットを取り出し、駒をケースごと抱えて教室の端に立った。僕は彼がやろうとしていることを察して名簿を手に取る。

「よし。アキ、まずは例の時刻に既に下校していた生徒を教えてくれ」

 僕は「了解」と返し、名簿から自宅、予備校、ファミレス、交通機関と回答した十五名の名前をあげた。ハルはそれに合わせてチェスの駒を該当の生徒の席に一つずつ置いていく。

「次に、学校にはいたが、校舎内にはいなかったのは?」

 リコの落下は玄関からほど近いところで起きた。屋上に向かって校舎に戻ったのは僕とハルが最初で、それ以前に校舎内に戻ったクラスメートはいない。つまり、校舎外にいた生徒には撮影端末の回収は不可能だ。

 ハルは僕の読み上げに応じ、運動場、体育館、プールにいた六人を除外した。

「えー、あとは?」

「文化祭実行委員の三人には実行不可能だ。彼らは十七時以降も出し物会議を続けていたらしい」

 僕は三名のアリバイを名簿で確認する。「三年二組」と回答した三人だ。

「トイレに行ったとかは?」とハル。

「三人とも一度も教室を出ていないそうだよ」

 端末の回収はそこまで時間がかかるわけではない。一旦目につかない場所に隠せば再回収できる。もちろん僕もそれには気づいており、確認済だ。

「これで残り五人か。結局、アリバイ不明の五人が残ったな」

「いや」

 ハルはどうかしたかという顔でこちらを見た。重要な指摘が抜けていることに気づいていないようだ。

「僕とハルも容疑者だ」

「……まあな。だが、俺たちが着いたときには、屋上にはリコの靴しかなかっただろ?」

「ハルは僕より少し先に着いたから隠せたかもしれないし、僕はハルが見逃していたカメラを隠したかもしれない」

「いや、それはない。だって俺たちは教員に追い出されて監視されてただろ。その後に来た警察は屋上から端末を発見できなかったし、全員身体検査をパスしてる」

「……正解」僕はそう言って舌を出す。

「くそ、お前試したな」

 ハルは悪態をつきながら自分と僕の席に駒を置く。これで三十二の席のうち、二十六の席に駒が置かれる。

「そして、あともうひとり」

 僕はハルの持つケースから白のクイーンを取り、リコの席に置いた。

「彼女にも不可能だ」

「そうだな」

 ハルは静かにそう呟く。一瞬の静寂が訪れる。

「消去法推理が好きなのはリコだったよな」

「アリバイ崩しも好きだったね」

「実際のミステリィって、こんなにも虚しいのな」

「もうすぐ終わるよ。あと五人だ」

「ああ」

 ハルは僕の持つ名簿を覗き込む。

「残りの五人、誰だ?」

 僕は黒板の前に立ち、白墨で五人の名を示した。


井出桐子

原口亜矢

日野早貴

玉置淳一

戸塚美佐


「はじめの三人は美術部員だね。まとめて聴取したいと思って後回しにしていた。あとの二人はわからない。避けられている気がする。最有力の容疑者かも」

「なるほど。よし、とりあえず美術部はまだ帰ってないかも。さっさと行こうぜ」

「ああ」

 気づくと、雨は小降りになっていた。

 僕はあの動画のことを思い出していた。屋上で画集を抱えて落ちていく少女。それは忌むべき記憶のはずなのに、妙に美しい姿だったように思う。まるで、彼女自身が「檸檬」になったかのように。

 もしこの驟雨があの日も降っていたら、彼女は屋上に行かなかっただろうか?

 以前に屋上で見せてもらった画集の表紙が、目に焼きついている。二等辺三角形のカンバスに煙突、そしてチェスボードのようなタイルに触れる爪の描かれた赤い手。

 彼女は神を信じていた。だけど、それだけじゃなかったのかもしれない。完璧な存在を信奉しながらも、不完全なものを愛していた。無意識の奥底の、影の差す屋上で。



 六 同志


 僕らの高校は中高一貫で、中学まではミッション系だが、高校からは一般入試で公立校からの流入も増える。リコはカトリックの家系で元からいた生徒だが、僕とハルは公立校からの進学だ。リコとハルは小学校が同じだったらしい。

 だから僕らは美術部に到着するまでに苦労した。美術室は特別教室棟にあって、三年二組がある西棟からは距離がある。この学校で美術の授業を受けていない僕らは、そもそもそれがどこにあるかすら知らなかった。

 到着した頃には雨も上がり、曇天ながら陽が傾いているのがわかる時刻になっていた。

 美術室に入ると、例の三人――井出桐子、原口亜矢、日野早貴だけが残っていた。これ幸いと僕らが事情を説明すると、急激に場の空気が凍る。すぐに部長の原口が僕らを美術室から追い出し、僕らは廊下で交渉することになった。

「で、私たちが動画を投稿したんじゃないかって?」

 原口はキンキンとした声で僕らの説明を要約する。交渉役のハルは慌てた様子で応じる。

「待てって、そう決めつけてはいないだろ?」

「こんな遅くに押しかけてきて怪しい。疑ってるよね」

 疑っているのは否定できないが、そう伝えるわけにもいかない。

「それは、俺たちが迷ったから遅くなって」

「迷ったならわかると思うけど、ここから一人抜け出して西棟の屋上に行くの、キツいんだけど」

「そりゃあ、仰るとおりで。だから他の二人の話も聞かせて……」

「私が仲間を庇ってるってこと?」

「あのさぁ」

 ハルは基本的に誰とでも仲良くできる人間だが、どうにも相性が悪いらしい。仕方なく僕が助け船を出す。

「部長、僕らはただ真相が知りたいだけなんだ。君が守りたいものもなんとなくわかるけど、僕らも本気だ」

「別に、私はただ……」

 そのとき、部長の背後から声がかかる。その声は大人びていて、少し気怠げだ。

「もういいよ。ありがとう、部長」

 声の主は井出桐子だ。女子にしては背の高い、黒髪に眼鏡の生徒。

「桐子、でも」

「私たちのメンタルを気にしてくれたんでしょ? 私は大丈夫だからさ」

 部員の井出がそう諭すと、原口は「任せた」とだけ残し、美術室に戻っていった。

「えっと……」

 僕は突然のメンバー交代に対応しかねて、次の言葉を考える。

「悪いね。部長は私と早貴に影響が出るのを防ぎたかっただけだから。コンクールの締切が近いし」

「いや、こちらこそ。不用意だったよ」

 僕はハルに目配せする。ハルはどこでもない虚空に目を向けて、反省した様子で茶色の髪を掻き上げた。

「そうか、俺たちだけじゃないよな。傷ついてんのは」

「私にとっても同志がいなくなるのは寂しい」

「同志?」

 井出の思わぬ言葉に、僕は反射的に返す。

「あの子、好きだったでしょ。ジョルジュ・デ・キリコの絵。あの画集、私があげたの。中学の頃ね」

 井出はそう言うと、振り返って美術室のほうへ向き直る。彼女の髪がふわりとなびいて、雨上がりの匂いと絵の具の匂いとが混じったような香りがする。

「私たちは美術室にいた。三人とも出し物会議後ずっとね。顧問の先生もいたから、確かだよ。早貴は強くないから、あまり聞かないでおいてほしい」

「ありがとう、十分だ」

 僕らは彼女の背中に礼を言って、特別教室棟を後にした。



 七 そして誰もいなくなった


 七月三日、リコが亡くなってから二週間が経った。日常は少しずつ戻ってきている。誰もが嫌なことは忘れようとして、明るく振る舞う。

 一方で、捜査は大詰めだった。二週間経って、彼らはようやく僕らへの警戒を解いたのだ。

「やっぱり、二人セットか」

 僕の声に、玉置淳一と戸塚美佐はビクリと肩を震わせた。二人同時にこちらを見て、幽霊でも見たかのような顔をする。

 昼休み、彼らが二人きりで座っていたのは非常階段だった。三階の東側から非常口の扉を開けて屋外に出ると、そのまま一階までそれは続いている。彼らがいたのは二階のあたりだった。

「よ、よう秋良、どうしたんだこんなところで」

 秋良とは僕の名前だ。完全に動揺した様子で玉置が裏返った声を上げる。横にいる戸塚は逆に冷静に見えた。

「別に、他人の色恋を邪魔しにきたわけじゃないよ」

「は? 色恋ってなんだよ」

「別に隠さなくたっていい。もう全部察しはついた。残念なことに」

 この二人が交際しているなら、犯人である可能性は低い。それは、僕らの捜査が迷宮入りしたことを意味している。僕がその場で思考を始めたからか、戸塚が口を開く。

「待って秋良くん、何か聞きたいことがあるんでしょ?」

「まあ、仲良く隠れて昼食を食べているのを見たら、君たちへの疑いは晴れた」

「やっぱりあたしたち疑われてたんだね」

「……悪い、口が滑った。失礼ついでに聞いておきたい。君たちはリコが死んだとき、何をしていた?」

 疑いが晴れたと聞いた二人はこころなしか安心した様子で互いに目配せする。代表して玉置が口を開く。

「ここにいた。お前の言うとおり俺たちは交際していて、その……一応受験の年だし、黙っておこうって。だから人目のつかないところで会っていただけだ。ここはほら、東棟が近いから、二階まで降りれば陰になるんだ」

「僕がアリバイを調べているのは知っていたのか?」

「風の便りで。でもさっき言った理由でなるべく関係を明かしたくなかった。俺たちが疑われる立場にあることは予想がついたから、なるべく話しかけられないように避けてたんだ」

 確かに、もし非常階段以外の場所を証言した場合、僕が調べた内容と矛盾を起こすかもしれない。一方で、正直に言えば関係がバレる。そして、この場所は犯行に適しているのも事実だ。

「そんなに僕を警戒しなくてもいいだろ。逆に僕に見つかって一芝居打てないなら君たちはシロだろう」僕は笑う。

「だって、警察に情報を渡すって聞いたけど」

 なるほど。脅しが効きすぎたわけだ。

「君たちのことはハル以外には黙っておく。ところで、二人はあのとき、何か見たり聞いたりしてないか?」

 ダメ元で尋ねてみる。容疑者はいなくなってしまったが、手掛かりへの未練はまだある。

「そういや、音を聞いたよな」

 玉置が不安そうにポツリと言った。

「聞いた聞いた。何かがぶつかったみたいな」

 戸塚が続ける。

「東棟と西棟の間は路地裏みたいになってるから、音が反響してどこから聞こえたかはわからないけど、ドタバタ階段を勢いよく駆け上がる音が二人分した後だよ。屋外からの音だと思うけど」

 音……か。ここにきて新たな情報だ。しかし、正直なところ役に立つ情報とも到底思えない。ここらが潮時か。

「そうか、ありがとう。これで君たちを疑わずに済む。どうかお幸せに」

 半ば上の空で、僕はずしりと重くなったように思える足で、そのまま非常階段を降りた。西と東の二つの校舎の間にいると、前にリコが言っていたことを思い出す。影が差す東棟の屋上のほうがあの画集――ジョルジュ・デ・キリコの絵のようで良い、と。

 ひと仕事終えた感傷からか、僕はリコが気に入ったという東棟の屋上からの景色を見たくなった。


 屋内に戻ると、僕は職員室に向かい、鍵の保管されているキーボックス付近の教員に声をかける。

「すみません。中間テストが風で飛ばされて屋上に入っちゃって」

 訝しげにこちらを睨む教員。体育の田中だ。簡単に終わると思っていたが、思いのほか説教をされた。

「お前らな、テストは返されたらすぐにしまえよ。ったく、紙飛行機でも作って遊んでんじゃないだろうな」

「さすがにそれは。すぐ済むんで」

「まあいい。鍵閉め忘れんなよ」

 田中はキーボックスのダイヤル錠を外すと、該当の鍵を取り出す。首尾よく鍵を借り、職員室を出ようとした。

 そこで、ふと先ほどの田中の言葉に違和感を覚えた。一瞬立ち止まって、脳内で彼のセリフを再生する。僕は思わず彼のもとに戻り、質問をした。

「先生、東棟の屋上って常に施錠されてるんですよね」

「あ? まあもう取り壊しまで使わないだろうからそのはずだが」

「警備会社は?」

「東棟は学校がある日に教員が当番制で見回りだ、帰宅前にな。それがどうかしたか?」

 脳内にいくつかの仮説が巡る。一つひとつ確認する必要がある。

「それってひとりでですか? 東棟全部を?」

「ああ、あそこは貴重品もないし、窓とかドアが開いていないか見るだけだよ。十五分くらいで終わる」

「それってクレセント錠とかシリンジ錠は見てないってことですか?」

「くれせんと? しりんじ?」

 馬鹿なのかこの人は。

「鍵ですよ。施錠は確認するんですか?」

「そりゃ見回りだからな。玄関から入って窓を調べて、最後に玄関を閉める」

「屋上の扉は調べますか?」

「あそこはそもそも開けることがないからなぁ、毎日見ているかどうかは」

「じゃあ、ずっと確認してないんですか?」

「いや……その、あれだ。葉月璃子の件があった日はさすがにな。あの日は俺が当番だったが、鍵はちゃんとかけたぞ」

「かけた? ってことは一度開けたんですか?」

「なんなんだよお前は。そうじゃない。万が一開いていたらまずいから鍵を持ってきていたんだ。一応鍵穴に鍵を差し込んで、ちゃんと鍵がかかるかか確認した上で、改めて施錠を確認して帰ったんだよ。だから鍵は最初からかかっていた」

「先生はあの日遅くまでいたんですか? 何時に東棟を見回ったんですか?」

「お前ら生徒が帰るのを待ってからだよ。どうしたんだお前、何か企んでんのか。やっぱりだめだ、鍵返せ」

 僕の質問攻めでやや動揺した様子の田中は、教員という立場を思い出したのか語調を強くする。しかし僕はそんなことは気にもせず、ただ一つのことを考えていた。

 つまり、僕らが警察から解放されて下校した後の段階で、少なくとも東棟屋上の扉のシリンダー錠は施錠されていたということだ。

「鍵はお返しします」

 僕は田中に鍵を渡すと踵を返す。もはや屋上に入る必要はない。確認したいのは「扉」だけだ。

「おい、テストはいいのか」

 背後から田中の声が響き、僕は立ち止まる。

 息を整えると、寄せ返す仮説の波がより巨大な波に取り込まれていくのを感じた。そしてその荒れ狂う思考の水面が徐々に凪いでいくのを冷静に待つ。

「先生、最後に一ついいですか」



 八 キリコ


 七月八日、十九時。特別教室棟は仄かに翳っていた。薄明の中、目的の教室まで歩みを進める。約束どおり、彼女は美術室に残っていた。

「遅れてごめん」

 僕の声は美術部の静寂に無機質に響いた。そこでイーゼルをかたづけていた井出桐子は、相変わらずの大人びた声で応じる。

「まだ探偵ごっこやってるんだ」

 茶化した風ではなかったが、どこか覚悟した様子を感じた。彼女は僕に何を聞かれるか、もうわかっているのだろう。

「もうすぐ終わるよ」

「犯人の指摘ってところかな?」

 そう言うと彼女は閉め切られた遮光カーテンを開けた。差し込んだ斜陽を受けて、横顔が逆光になる。表情は読めない。

「少し違う」と僕は短く返す。手近にあった丸椅子に腰かける。椅子の脚と床が擦れて嫌な音がした。

「聞こうか」

 濃いオレンジの夕陽を分かち合うように、僕と彼女は向かい合った。その影が〈通りの神秘と憂愁〉を思わせる。

「〈形而上の三角〉、クリプト上の三年二組のルーム名が管理者によってそう書き換えられた」

 彼女は興味深げに僕を見る。教師に指された生徒のような気分で僕は続ける。

「直訳で〈Metaphysical Triangle〉だ。これは、リコが大事にしていた画集の表紙に描かれている作品〈赤い手袋〉の英題だ。そして、その画集の元の持ち主は君。ルーム名を変更した管理者は井出桐子、君だよね」

「正解、とは言えないね」

「なら君の言葉の謎解きもしよう。〈彼女は私には及ばないけれど良い名前だった〉、これは僕が管理者に監査ログの開示を依頼したときに返された言葉だ。〈私には及ばないけれど良い名前〉というのはリコの名前だ。リコと君が同志な理由、共に好きだった画家、ジョルジュ・デ・キリコ。そして、〈ハヅキリコ〉と〈イデキリコ〉。二人共〈キリコ〉の文字を持った名前だが、君のほうが一文字多く共有している」

 ただの言葉遊びだが、そう言って切り捨てられないほどに、彼女は不思議な表情をした。

「……まあ、及第点かな。認めよう、私が管理者だ。だが、君の推理は一つ間違っている」

 彼女はそう言うと席を立ち、部屋の端に並ぶ本棚から一冊の画集を手に取った。席に戻って、ある見開きのページをこちらに見せる。それは左右それぞれのページに一枚ずつの絵が掲載されたページだった。

「これは……」

 それは一瞬、同じ絵の写しに見えた。三角のカンバスに、チェスボードを思わせるタイル、そしてそれに触れる赤い手袋。二等辺三角の右下に描かれたその手にはなぜか爪が描かれている。そこまでは同じ構図の絵だ。

 しかし、片方が中央に煙突がそびえ立っており空がくすんでいるのに対して、もう片方は煙突が画面奥へと後退しており空は青く澄んでいる。

「ジョルジュ・デ・キリコは、同じモチーフで二枚の絵を描いた。陰鬱で緊迫したほうが〈運命の謎〉、澄み渡った穏やかなものが〈赤い手袋〉よ。私があの子にあげた画集の表紙は、あなたが言う〈赤い手袋〉ではなく、〈運命の謎〉という作品。英題は〈The Enigma of Fatality〉。〈Fatality〉には〈致死性・定められた死〉という意味がある。キリコが〈運命の謎〉を描いたのは一九一四年、そして〈赤い手袋〉が描かれたのは一九五八年。彼はこの四十四年間で混乱と無秩序の和解を模索しだしたのではないかと言われている」

 彼女は美術史を語る教師のように、滑らかに解説を諳んじた。リコが抱えたまま飛び降りた画集は、その死を予見するように、陰鬱で不合理な〈運命の謎〉を表紙としていたのか。

「じゃあ、君がルーム名を〈赤い手袋〉の英題にしたのは……」

「別に。ただ……あれが葉月璃子の運命だったなんて、悲しいと思っただけ。だから、それがいつか晴れ渡った何かに昇華されることを私は願ってる。意味のない、ただの追悼だ」

 そう語りきった彼女は、相変わらず不思議な表情をしていた。それが彼女なりの複雑な感情の発露だったと、今の僕にはわかる。

「ありがとう。僕らは自分たちの納得のために謎を追いかけていた。その裏で、ただ純粋にリコを悼んだ人がいたことに、感謝する」

 ブルーモーメントが訪れる。彼女の表情に変化があったかどうかは、再びわからなくなった。

「君には、監査ログに何が記録されていたか、教えよう」

 彼女はそう言うと、スマホの画面を僕に見せた。そこには管理者権限で閲覧できる監査ログが表示されていた。

「井出さん、これは……」

「そう、あの捨てアカウントを招待したのは葉月璃子のアカウントだ。動画の投稿直前にね。つまり、動画をアップした人物は、彼女の携帯を所持している。パスワードを保存した端末からなら他人でも簡単にログインできたはずだ。だから犯人の正体はログからは判断できない」

「また、振り出しか……」

 僕はそう言いながら、思考を巡らす。しかし、それを遮断するように、井出は思わぬ提案をした。

「その代わり、もし君が望むなら、削除した動画を見ることはできる」

「保存していたのか?」

「あの動画は私の判断で消した。しかし、もし警察沙汰になったら誰かが持っていないと困るだろう。その役目は私だと思った」

 そう言う彼女は、真摯な目をしていた。気怠そうな声色に反して、意志の込められた言葉だ。

「気になっていることが一つある。あの動画でリコが持っていた画集の表紙、何か違和感があったんだ」

 彼女は頷くと、スマホからリコの自殺が撮影された動画を呼び出す。二人が同時に息を呑むのがわかった。

 映像が再生される。カメラから離れた屋上の中央でリコが柵に向かって歩く。彼女は左手に小さな本を持っている。その表紙には、逆三角形のカンバスの右上に、赤い手。画集の地の部分を掴んで腕を垂らしているため、上下が逆になったキリコの〈運命の謎〉だ。

「止めてくれ」

 彼女は動画を一時停止する。ピンチアウトでリコの手元を拡大する。〈運命の謎〉を上下逆さまに持った手元が画面いっぱいに映し出された。

「やっぱりそうだ」と僕は自分の記憶が正しかったことを再確認する。この映像はおかしい。

「なるほど、反転している」

 一瞬遅れて、井出も首肯する。彼女は画集を取り出し、〈運命の謎〉のページを開くと、画面の中のリコと同じように上下逆にしてみせた。

「元の絵は上向きの二等辺三角の右下に赤い手が描かれている。それを上下逆に持つから、赤い手の本来の位置は逆三角形の左上だ。なのに……」

「この映像では右上だ」

「でもそれって、つまり」

「インカメラだ。携帯の自撮りカメラで撮影したから、左右が反転した映像になっている」

「ということはやはり、撮影者は彼女自身……」

 そう、もし他人が撮影しているなら、インカメラを使う意味はない。あるとしたら自殺に見せかける場合だが、最初からリコは自分の意志で飛び降りている。だが……だとしたらおかしい。

「自分で撮り始めたなら、この動画はリコのアップから始まるべきだ。なのに、屋上の中心にいるところから始まっている。冒頭がカットされているんだ」

「犯人はなぜそんなことを?」

「動画の後半を切ったのはそれが意味のない部分だからだ。だけど、冒頭がカットされたのは不自然だ。動画を投稿した人物にとって、それは都合の悪い内容だったんだよ」

 僕はカットされた冒頭部分で、リコが何かを語ったのだろうと想定した。そしてそれは、おそらく自殺の動機だ。僕の求めるもの。何よりも肝要な映像。

「どうするの? 先生に相談するか、それとも」

 ふと顔を上げると、井出がこちらを見つめていた。ここから先は大人の手を借りるべき、そう言いたげだった。

「一つだけ、協力してほしいことがある」

「協力?」

「ああ。大丈夫、君は僕が守るから」

 彼女の瞳を見て言う。そこに映る窓外の太陽はすっかり落ち切っていた。



 九 奏鳴曲


 七月十日、放課後。

 僕とハルはいつもどおり教室に二人残って、リコの自殺の謎について話し合っていた。しかし最近はアリバイの裏取りを報告し合うくらいで進展はなくなりつつあった。

 次第に話題は尽き、僕とハルは少し前までリコともそうしていたように、ミステリの話をしながらチェスをする。何度か試合をして、ようやく教室は朱く染まりだした。

「なあハル、前に言ってた安蘭澄美史だっけ。あれそろそろ貸してくれよ」

 僕は言いながら丁寧にチェス盤に黒い駒を並べる。王と女王の位置が逆にならないように、慎重に。

「ああ。今度な……」

 ハルもまた僕と同じように、白い駒を並べていく。

「なあアキ……そろそろ時間じゃないか?」

「時間?」

「ああ、昨日通話で言ってたろ。リコの携帯の在り処は美術室だって。最近は井出が最後まで残ってるってさ。今日はあいつ早退したんだから、もう誰もいないんじゃないか?」

「そうだな。そろそろ始めるか」

 僕がそう応じると、ハルは並べたばかりの自陣の駒をケースにしまう。僕はその様子を眺める。黄昏が、彼の茶色い髪を煌めかせていた。

 もし、犯行現場にこの髪が残っていたら、ミステリ好きなら誰でも犯人が誰かわかるだろう。

「十七時半からの十分間。この時間に既に下校していた生徒に犯行は不可能だ。そして、もちろんリコ本人は除外される」

「え?」

「いまハルがかたづけた駒だ」

 ハルは僕を見て、ぎょっとした表情になった。

「リコが落ちてから校舎に入ったのは僕とハルが最初だ。僕らが屋上に入るまでに撮影に使われていた携帯を回収できたのは最初から校舎にいた人間だけ。これで六人除外だ。いや、その後の調査で美術部の三人も除外だったな」

 僕は言いながら盤面の駒を一つずつ倒す。

「アキ、お前何言って……」

「非常階段と教室にいた五人も除外できるだろう。これで、残り二人だ」

 僕はポーンを二つだけ残して、残りの駒を倒す。

「……その残った二つは俺とアキだ。最も犯行から遠い。そもそも、俺たちは身体検査をパスした。携帯を隠すにしても屋上しかないし、時間もなかった。その屋上から携帯は見つかっていない」

 ハルは一転落ち着いた表情で反論する。僕の言おうとしていることの意図がわかったのだ。

「隠す場所も時間もあったとしたら?」

「そんなことはあり得ない」

「ハルは僕よりも少し早く屋上に着いた。ほんのわずかにだが、携帯を隠す時間がある」

「ほんの十数秒だ。いや数秒かもしれない。そんな短時間で携帯を隠したと?」

「東棟だよ。あそこはここの屋上よりもフロア数が少ないし距離も近い。君はリコの携帯を陰になった東棟の屋上に投げ入れたんだ」

 僕の言葉にハルは動じなかった。それどころか冷笑している。そう簡単には落とせないか。

「動画を投稿するのに、そんな間違いなく故障するような方法を採るのか?」

「投稿するのを決めたのは後の判断だろうけれど、動画の内容は知りたかったはずだ。だから君は携帯が故障する可能性を少しでも低くする必要があった。僕が遅れて屋上に着いたとき、君は肌が透けるほどに汗をかいていた。つまりシャツ姿だったんだ。でも、あの日は僕もハルもブレザーを着ていた。君は自分のブレザーで携帯を包んで、それを東棟に投げ込んだんだ。そのときの音は、非常階段でカップルがちゃんと聞いている」

 僕が言い切ると、ハルは再び顔色を変える。チェスが拮抗したときのように、思考を巡らせているのがわかる。そして僕は、その先を読むように次の一手を準備する。

「動画は二十時頃に投稿された。施錠された東棟の屋上にどうやって入った?」

「あの日、僕らが警察から解放されてから、体育の田中が見回りと施錠確認を開始した。君はまず田中の巡回を東棟のどこかに隠れてやり過ごす。田中がいなくなった後で屋上の扉を開けて携帯を回収、一階の窓を開けて外に出たんだ。鍵を開けた窓は、次に登校したときに内側から閉め直せばいい」

「だから、どうやって施錠されている屋上の扉を開けたんだ」

「君はあの夜に動画をあげる必要はなかった。でも、もしすぐに動画が手に入ったなら、それを投稿することで容疑者から遠のくことができる。だから試したんだ」

「……何を」

「フランス落しが落ちているかどうかを、だよ」

 フランス落しは両開きの扉の片方に取付け、床に空けた小さな穴に細い棒を落とし込んでロックする錠だ。

 僕は畳み掛ける。

「教員たちに屋上が封鎖されたとき、扉が施錠されるのを見て、君は『……同じだ』と呟いたね。君はあの段階で初めて気づいたんだ。西棟と東棟の屋上には同じ仕様の扉が取り付けられていると。そして思い出した。以前にリコを東棟の屋上に入れたときに、自分がフランス落しを落とし忘れたことを。これが誰かに気づかれていれば、屋上に入る術はない。後日理由をつけて鍵を借りればいい。だが、誰も気づいていなければ、扉はシリンダー錠が施錠されていたとしても扉自体を押し込むだけで容易に開けることができる」

「……確かに、お前の妄想が全部あっていれば屋上には入れるだろう。だがデッドボルトを戻すにはシリンダー錠の鍵が必要だろ。扉を開けることはできるが、その扉は飛び出たデッドボルトが邪魔になって閉じることができなくなる。それは無理やり開けたことの痕跡になる」

「そう、だが君はミスをした。この開いたままの扉は閉じるべきではなかった。なぜなら、扉を閉めなくてはいけないと考えるのは、扉が開いていることを知る人物だけだからだ」

 だから、僕が田中を質問攻めにしたあの日、最後に聞いた質問はこうだ。


〈リコが死んだ日の次の登校日である六月二十三日、見回りよりも前に鍵を借りにきた生徒はいましたか?〉


 僕の言葉を最後に、ハルは沈黙した。教室の影が一層濃くなる。そして、静寂を破るように、軽快な音楽が響き渡った。

 ハルは緊張を解き放つように、長い溜息をついた。

「……正解だ」

 ハルはチェス盤のポーンを一つ倒して、ポケットから携帯を取り出す。それは、リコの携帯電話だった。そして、音楽はそこから鳴り響いている。

「おかしいな、電源は切ったはずなのに」

「アラームだよ。ガラケーには自動的に電源をオン・オフする機能がついていることがある。セキュリティ上、スマホにはない機能だ」

「これが鳴るって知ってたのか?」

「天使の加護があれば、な。携帯が美術室にあると言えば、嘘だとわかっていても君はそれを既成事実にするために持ってくると思ってね」

 ハルは「そうか」と何度も繰り返した。論理に穴がなかったわけではない。強引に逃げ切ることもできた。だが、ハルにとって、それは美しくない「ミステリィ」の形だ。

「リコは、どうして死ななければならなかった?」

 僕は、抑えきれずにそう尋ねた。ハルは夕陽に背を向けて、静かに語りだす。

「ただの愚かな悪戯だった。いじめられたら、自分を頼ってくれると思った。アキじゃなくて、俺を。まさか自殺するとは思わなかった。リコはクリスチャンだ。自殺は禁忌のはず。だから怖かった。もし遺書が残っていたら、そこに何が書かれているのか。どうしても自分だけで先に確認したかった。でも結局、動画を見て俺が間違っていたと知った。あいつはアキが好きだった。だから『少しでもアキを疑ってしまった自分を許せなかった』と言った。あの自殺は神の教えに反したものだ。リコは、自分を地獄に堕とすために自殺したんだ。俺はそれを認めたくなかった。だから動画の冒頭をカットして投稿した。リコの想いを空白で上書きしたかった」

 ハルは泣いていた。取り返しのつかない過ちは、彼の思考を狂わせたのだろう。

 チェスボードに触れる手は赤く染まっていた。それだけは、長い年月をかけて、いつか空が穏やかに晴れ渡っても、変わることはない。

「なあアキ、最後に聞かせてほしい。なんでリコは今日のこの時間にアラームを?」

「……ああ、僕の誕生日を忘れないようにって」

「……そうか」

 ハルは納得した様子で、僕が倒したチェスの駒をケースにかたづけていく。しかし、最後のポーンをしまい終える直前、彼は不意に指を止めた。

「誕生日ってアキ、お前の名前『秋良』だよな?」

 最後のポーンは盤面に残った。



 十 致死性の謎


 美術部の井出桐子さんは、私の憧れだった。私には絵の教養なんてないけれど、彼女が描いた絵を初めて見たときの衝撃は忘れられない。それは不均衡で、不協和音が鳴り響いていて、不安で、脆くて、それなのに不思議と私の心を落ち着かせた。それが神様を信じる自分の中の、もう一つの世界だと、私は気づいた。

 きっと私は、当時もそんなことを彼女に必死で訴えかけたのだろう。伝えたかった。あなたの絵で私は自分の心の謎を愛せたと。彼女としっかりと会話をしたのは、それきりだった。だけどあのとき彼女が私にくれた一冊の画集は、彼女と私の絆だったし、何度も私を救ってくれた。

 その画集の中のページが赤い絵の具でぐちゃぐちゃに汚されていたのは、夏至も直前の日だ。それが私の自殺を決めたわけではない。私はそんなに弱くはない。乗り越えたいと思った。負けたくないと思った。私を支えてくれる二人の親友のためにも。

 それでもやはり、私は最後に死を選んだ。

 キリコが愛した言葉は「謎以外の何を愛せようか」だそうだ。だけれど、謎はときに人を死に至らせる。

 赤く汚れたページに、茶色の髪が挟まれているのに気づいた。それは何かの拍子にそうなっただけのものかもしれない。でも、私の中で芽生えた親友への疑念は消えてくれなかった。

 アキに相談しようと思った。聡明な彼なら、きっと私を救ってくれる。彼は私をいつだって理解してくれる。

 そう思った瞬間に目に映ったあるモノに、私は殺されたのだ。ページの間に挟まっていたのは茶色の髪だけではなかった。

 それは、ブレザーのボタンだ。なぜそんなものがここにあるのか、私にはわからない。でもそれは、私がこっそり白ではなく赤い糸で結び直した、アキのブレザーのボタンだった。その証拠に、ボタンには刃物で切ったような切り口の赤い糸が残っていた。ボタンに汚れはなく、乾いた絵の具の上に丁寧に挟まれていた。

 そこから先の推理を、私の本能は拒んだ。この謎の答を知りたくない。知ってしまうことの恐怖に、私は耐えられない。だから、私は美しく死ぬ。それが運命だと受け入れて、謎とともに。そうして私は影になる。美しい夕陽の、深い影に。






参考文献


ジョルジュ・デ・キリコの絵画

・ある秋の午後の謎

・通りの神秘と憂愁

・赤い手袋

・運命の謎

(作中に登場する画集は架空のものです)


「アラン・スミシー」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』.


梶井基次郎、『檸檬』、新潮社、二〇〇三年十月一日、4101096015




あとがき


読了感謝します。

「間間闇」というペンネームは、この小説の執筆のきっかけとなったシャカミスの覆面競作企画にて正体を偽る必要があったために創り出された一時的な名前です。

しかし、あとになって振り返ってみると、ペンネームというものを創ったのはこれが初めてでした。ネットで活動するにあたりニックネームのように使ってきた「らきむぼん」や「x0raki」という名前は、当然のようにペンネームとして機能していましたが、小説を書くための名前という創られ方はしていなかったのでちょっと違和感がありました。

自分のために新たに自分の名前を作ることはそうありませんよね。

なので、ある意味思い入れのできた気に入ったペンネームだったため、実際にペンネームにしてしまおうという運びになりました。プロでもなんでもないのでペンネームはちょっと痛いかもしれませんが⋯⋯


今作の発想の元ネタは、当然キリコの絵画です。私はキリコのファンで、過去作でもチラッとキリコの話をしていたりします。難解な作品になってしまったので、一応申し上げておきますが、作品特有の要素や内容を具体的に使用して権利を侵害するような表現の仕方はしたつもりはありません。敬意をもって描写しましたが、どれも代替可能な部分に留めています。そして、作品に悪いイメージを与える意図もありません。そのあたりはどうぞ御承知ください。

是非是非、画集など手に取ってみてくださいね。


この作品は論理性において穴があります。それは作中でも説明されていますが、厳密に全ての事象が確定する推理が成立している物語ではないです。そこが見せ場でもなければ、そう見せるつもりもなかった。とはいえ、トリックはトリックで一応再現できた方がいいでしょう。

というわけで、会社のフランス落としのある倉庫でいろいろ試して閉じ込められました(笑) 他にも、スマホで画集を撮影してみて自動で左右の反転が修正されてしまい(一昔前のiPhoneからそうなったみたいです)、焦って古のガラケーを実家に見に行ったり(笑)

まあ技術的な部分は年月とともに意味がわからなくなってしまうもので、嘘でもいいと言えばいいのですが、リアリティのある嘘じゃないとつまらないですよね。それに、こういう実践精神も創作の面白いところではあります。


さておそらく、現段階(2024)において拙作『致死性の謎』は代表作ということになるでしょう。実はこの後に凄まじいものを書いて発狂しかけたのですが、まあそちらは万人受けする内容ではありませんので(ハマる人はかなり推してくれそうですが)。興味があれば『ディアボルス・エクス・マキナ』という短編が投稿されるのでそちらも是非。実は『ディアボルス・エクス・マキナ』には、この作品を気に入ってくれた方にだけわかる、ちょっとしたサプライズがあります。


⋯⋯と、ついこの作品がまともで万人受けするみたいに書いてしまいましたが、競作会では「劇薬」扱いのめちゃくちゃハードなバッドエンディングとして良いのか悪いのかわからないような盛り上がりのあった作品ではあります。

主だった真相は作中に全て描いているつもりなので考察してみてください。最終章を読んでから再読すると違和感のあるところが満載だと思います。

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致死性の謎 らきむぼん/間間闇 @x0raki

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