第8話 プラス1000円分
結局、佐伯に5万円をあげられないまま月日が流れた。高3になって、俺は指定校推薦で家の近くの大学へ進学することが決まった。もちろん決めたのは親だ。俺の評定を見て、勝手に「この大学へ行け」と言ってきた。俺は逆らわなかった。逆らってもいいことはないから。
粛々と皆が進路を決めていく中、佐伯は遠くの専門学校に進路を決めたらしい。
「本当はさ、海外に行くんだ。もう帰ってくるつもりもない」
最後の予約で、佐伯は教えてくれた。散々溜めた金は渡航費用だった。生活が落ち着いてから現地で大学に行くか起業するかを考えているらしかった。
「やっぱりすごいな」
佐伯は俺とは違う。行動力もあるし、勉強もできる。本当はもっと頭のいい高校に行けたのかもしれない。
「すごくなんかないよ、やるしかなかっただけ」
寂しそうに言う佐伯に、俺は4000円を渡した。
「最後だからオプションつける。5万円じゃないけどさ……オプション範囲で好きにしてほしい」
佐伯は渡された1000円札をしばらく見つめてからポケットにしまう。
「わかった、いいぜ」
そう言うと佐伯はいつも通り跪かないで、俺に迫ってくる。
何やってるんだろう、俺。
金払って、男にキスしてもらいながら抜かれるなんて。
最低だな、全く。
そう思いながら、キスってめっちゃ気持ちいいって思う。舌と舌を絡ませてるだけなのに、こんなに気持ちいいことってあるか? いつもより佐伯の手つきも気持ちいい気がする。
何だよ、最後にこんなのするなよ。
最後だからって特別にするなよ。
また会いたくなるじゃないか。
あ、特別にしろって言ったのは俺か。
ああ、そうか。
キスされてしごかれながら俺はようやく理解した。
俺、佐伯を犯したいんじゃなくて犯されたかったのかもしれない。
何も考えられない俺だから、ずっと何かを考えてる佐伯が好きだったんだと思う。
でもそしたら佐伯は5万で俺を好きにしてくれたかな?
佐伯はみんなのものじゃなくて、俺だけのものになってくれるかな。
佐伯は俺のことどう思ってるのかな?
男に欲情する変態って思ってるかな。
それとも、客の1人としか思っていないかな。
聞いてみたい気もするけど、怖い。
そして佐伯は教えてくれない気がする、言葉にするのが怖いんだ。
でも、そんなんどうでもいいか。これで最後だし、俺も佐伯も。
気がつくと、長い長い抱擁の後始末を佐伯はしていた。
「はい、プラス1000円分。まいどあり」
佐伯はいつも通りへらへらしていた。
「じゃあな、楽しかったぜ」
次の客もいるから、佐伯は俺に早くいなくなれと言った。
「5万円、いつか渡すからな」
「別にいいよ、俺何もしてないし」
「今もらった」
そう言うと、佐伯はにやっと笑って指を立てる。俺も佐伯と同じ顔をした。
それ以来、佐伯には会ってない。既存の連絡先のどこにも尋ねどころがなく、同級生の誰ひとり佐伯の現在を知ることはできそうになかった。
俺は大学に通いながら、実家から逃げる準備を着々と始めた。そういう本を読んだり体験談を聞いたりしながら、まずは信頼できそうな場所を探している。佐伯だって逃げたんだ、俺だって頑張って逃げてやると歯を食いしばって大嫌いな自分自身と向き合い続けている。頼れるのは自分自身、そして金。身体を売るつもりはないが、親に見つかるまで隠れて何とかバイトはしようと思っている。
金を貯めて逃げる。それが今の俺に出来ることだと思った。
逃げた先に何があるのかはわからない。でも、もし佐伯と再会できたならその時は5万でも10万でも渡せるくらいの男にならなくちゃいけないとは思う。でも佐伯は「3000円でいい」と言うかもしれない。そんな奴なんだよ、あいつはさ。もうみんなのものでもないのに、変にかっこつけたりしそうだ。そんな奴だから、俺はあいつが好きなんだろうなって思う。
佐伯はみんなのものだから 秋犬 @Anoni
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