ドキドキの連続

 七回目。


 録音を聞き終えてイヤホンを外した新は何故か眉間にしわを寄せる。


「どうしたの?」


「いや……なんて言うか……とりあえず確認させて」


 少し不機嫌な様子のまま、新はドアのカギを確認しに行く。

 もうこれは定番の行動なのかも知れない。


 戻って来てベッドに座り直しても、新はまだ不機嫌そう。



 いままでこんなことなかったのに……。


 わたしがループしていることは信じてくれていると思うけれど……。


 いったいどうしたっていうんだろう?



 オレンジに染まった静かな保健室。


 あまりの静けさに不安が募る。


 でもわたしの方から何か言える雰囲気でもなくて……。



「……ほのか」


「え? あ、なに?」


 突然呼ばれて驚きつつも、沈黙が破られて助かったと思った。


 でも、何故か新が更に距離を近づけてきて戸惑う。


 いきなりどうしてしまったんだろう。



 体温さえ感じ取れそうなほどの近さにドキドキする。


 それなのに、新はもっと近づこうとして来るからわたしは思わず逃げるように体を傾けベッドに手をついた。



「あ、新? な、何?」


「ん?……こうしたらほのかはどれくらい俺のこと意識してくれんのか、試してる」


 新のよく分からない行動にといを投げかけると、更に意識してしまいそうな言葉が返ってくる。



「ええぇ……?」


 真剣な目がわたしを射抜いて、ふざけてるわけじゃないって分かる。


 新を意識するのか試すって……どういうつもりで言ってるんだろう?


 それを考えると、もっと意識して鼓動が早くなって……。



「新……まって。……ちょっと、もたない」


 迫られ過ぎて、ベッドについていたわたしの手は肘になってる。


 新の片手もわたしの横についているし、半分押し倒されているような格好になっていて恥ずかしい。



 待ってと言ったからか、新は迫るのを止めてくれた。


 でも、そのままの体勢でまじまじと見られて顔に熱が集中してしまう。


 そんなわたしに新はフッと小さく笑って甘い吐息と共に囁いた。



「ほのか、顔赤い……。意識してくれてんだ? 可愛すぎ……このまま食っちゃいたい」

「ひゃいっ⁉ あっ!」


 甘い言葉に本気で心臓がもたない! と思ったと同時に、わたしはズルッとベッドからずり落ちてしまった。



「いったー……」


 体勢も悪かったから受け身も取れず、お尻を強かに打ったし腕とか足とかどこかにぶつかってしまったのかジンジンと痛い。


「ほのか⁉ 大丈夫か? 悪い」


 自分の所為でもあるのは分かっているからか、とても慌てる新。


 そこにあるのはもう心配だけで甘さはなく、わたしは少しホッとした。



 あの甘い状態が続いたら、わたしどうなっちゃうのか分からないから……。


 ホッとしてもまだドキドキしている心臓を抑えるように胸に手を当てていると、ポン、と通知の音が鳴った。



 解錠の通知。


 心なしかさっきより早い気がするけれど……。


 もしかして解錠の時間はまちまちなのかもしれない。



 とにかく、解錠されたのなら次へ行かないと。


「あ……鍵、開いたみたいだから行くね」


 あまりにもドキドキしすぎて、わたしは逃げるように立ち上がった。


「あ、待てよ。追加の録音するから」


「え? また?」



 更に録音する必要があるの?


 疑問だったけれど、新が必要だと言うなら断る理由はない。


 この録音はわたしの説明が楽になるようにしてくれているもののはずだから。



 聞かないように離れて待っていたわたしに新は「あ、絶対にお前は聞くなよ?」と念を押す。


「だから聞かないって……」


 今の新にとっては初めて口にした言葉だろうけれど、あまりにも毎回言われるからついそんな風に返してしまった。



「じゃあ、行くね」

「……ああ」


 前回と同じようにさっさと次へ行こうとすると、名残惜し気に新の手が伸ばされて指の先が頬をかすめる。


 何か言いたそうな眼差しに動けなくなったけれど、新は結局何も言わずにわたしから一歩離れた。


 その行動が『行けよ』と言ってるように感じて、わたしは振り切るように保健室を出る。



 霞に視界を覆われながら、駆け足になった鼓動が収まるようにと深呼吸する。


 落ち着かなきゃ。


 だって、次の新はさっき迫って来た新じゃないんだから。



 そう思うと寂しさと痛みが胸に射し込む。


 それでも、熱くなった体温はなかなか冷めてはくれなかった。



 ……そして八回目。


 わたしは新の隣に座らずに立ったまま彼が音声を聞き終わるのを待っていた。


 聞き終えた新は前回と同じく何故か不機嫌で、とりあえず、と保健室のドアが閉まっていることを確認しに行く。


 戻って来てベッドに座り込み、「はぁ……」とため息をついた。



「信じられないけど、信じるしかないって状況だな」


「わたしの言葉だけだと信じられない?」


 試すような言い方になっちゃったけれど、今まではちゃんと信じてくれたからつい聞いてみた。


 新はわたしを見上げて少し考えるように黙って、「いや」と言葉を紡いだ。



「ほのかの言う事だから信じるよ。ほのかが嘘ついてたら分かるし」


「ええ? わたしの噓ってそんなバレバレなの?……でも、うん。ありがとう」


 なんだかんだわたしのことをよく見てくれてるんだな。


 そんな温かい思いと、信じてくれるという言葉に安心と喜びが胸に広がる。


 ホッとして笑顔でお礼を言うと、新の表情からも不機嫌さが無くなった。



「いや、別に……ってかさ、なんで立ってんの? いつもみたいにここ座って待てば?」


 と、自分の隣をポンポンと叩く新にギクリとする。


 新は覚えていなくても、わたしにとってはついさっきの出来事。


 ベッドの上で迫られたことは、記憶に新しすぎるほど鮮明だ。



「いや、その。解錠したらすぐ出て行けるようにした方がいいかなと思って……」


 視線を泳がせながら発した言葉は我ながら嘘っぽい。


 明らかに何かを誤魔化してるっていうのがバレバレだろう。


「ふーん……」


 その証拠に新はジトーッとした目でわたしを見ていた。


 そのまま誤魔化されてくれないかな? と願っていると、新は「ん?」と何かに気づいた。



「なあ、ほのか。足、血出てないか?」


「え? あ、本当だ」


 さっきベッドから落ちたときにすりむいちゃったのかな?


 血は出てるけど大きな傷ってわけじゃないから気づかなかった。



「消毒と、絆創膏貼っとくか。そっちの椅子座って待ってろよ」


 言いながら立ち上がった新は、熟知しているのか躊躇いもなく戸棚の引き出しを開けていた。


 その様子を見ながら、わたしは言われた通り普段保健室の先生が処置してくれるときの椅子に座る。


 消毒液と絆創膏を持ってきた新はわたしの前にしゃがんで「足見せてみろ」と普通に口にする。



「え? いや、自分で出来るから」

「いいから、やってもらった方が楽だろ?」


 有無を言わせない様子の新に戸惑う。


 確かに新はたまに強引なところがあるけれど、それはいつもわたしの為だったりと理由があった。


 今回はそこまで強引になるほどのことじゃないんじゃないかな? と疑問に思う。



 それでも新の親切を断るほどのことでもないから黙って足を見せる。


 右の、足首よりも少し上の辺り。脛に近いところが少しだけ擦り傷になっていた。


「しみるか?」

「ううん、大丈夫」


 普通に処置をしてくれて、絆創膏を貼ってくれた新に「ありがとう」とお礼を言う。


 でも新はしゃがんだまま動かなくて、どうしたんだろうと不思議に思った。



「新?」


 呼びかけると、絆創膏を貼ってくれた右足に新の手が触れる。

 そのまま持ち上げられて、新の顔が近づく。


 何を? と思ったときには、絆創膏の上に新の唇が触れた。


「っ⁉」


 あまりのことに一瞬心臓が止まりそうになる。


 言葉が出ないわたしの顔を見上げて、新はちょっと意地悪な笑みを浮かべた。



「早く治る、おまじない」

「お、おまじない?」

「そ」


 今のをおまじないだと言い張る新は、そのままわたしの足を撫で始める。


「あ、新⁉」

「ん? これもおまじない。撫でるとなんかよくなりそうな気がするだろ?」

「え? そう、だっけ?」


 そう、だったかな?


 何だか丸め込まれている気がする。


 新に触れられてドキドキしつつも、拒むことが出来なくてそのままにしていると彼の手がふくらはぎの内側を優しく撫でた。


「んっ」


 その瞬間、何かがゾクゾクと駆け上がってくるような感覚がして変な声が出そうになる。


 それでも新の手は止まらなくて……。


 というか、段々狙って内側の弱い部分を撫でている気がする。



「あっ……んっ……あの、新?」


 息が上がって来て、変な感じになってしまう。


 流石にもう離して欲しくて名前を呼ぶと、少し熱のこもった焦げ茶色の目と合った。


「……ほのか……色っぽい顔してる」

「え?」


 やっと足を離してくれた新は、視線を逸らさないまま立ち上がって今度は顔を近づけてくる。


「ヤバイ、ほのか可愛い……」

「あ、らた……?」


 新の片手が頬に触れる。

 優しく固定された顔に、新が近づく。



 これって……キス?


 そう思った直後、やけに大きな音でポン、と通知の音が響いた。



「……」

「……」


 新の動きも止まり、沈黙が流れる。


「はぁ……このタイミングかよ……良かったのか悪かったのか……」


 どういう意味かは分からないけれど、新はぶつぶつ呟いてわたしから離れた。


 そして手を出してくる。


「スマホ貸して。録音するから」

「え? あ、うん」



 何だか録音するのも定番化してきている気がする。


 新は毎回何を録音してるんだろう?


 疑問に思いながらもスマホを渡して離れた。



 聞くなよ? という言葉と共に返してもらって、「じゃあ」と別れる。


 少し切なげな眼差しに見送られながら、霞に包まれてまた四角いオレンジの光に彩られた廊下に戻った。


 静かな廊下で一人になってから、今更ながら心音が早くなって収まらない。


 だって、さっきのって……やっぱりキスされそうになってた?



 抱きしめられたり、迫られたり……キスされそうになったり。


 一つ一つは別の新だけれど、どの行為もわたしへの好意が見て取れて……。



 わたし、自信持っても良いのかな?


 このループが無事終わったら、気持ちを伝えてもいいのかな?



 好きすぎて、怖くて言えなかった言葉。


 それを伝えてもいいのかな?



 あと二回。終わったら、伝えてみよう。


 そんな勇気を持てた。



 もしかしたら、このループはやっぱりわたしが願ったもので、勇気を出せるようにするために神様が手伝ってくれたのかも知れない。


 そんなことを考えながら、わたしは九回目の保健室のドアを開け中に入った。

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