タイムループ
「……え? 新?」
こんな少しの間でいなくなるなんておかしい。
生徒玄関に行くために曲がる角は結構先の方にあるのに。
そして何よりおかしいのは、わたしの手にある二つの鞄。
一つはもちろんわたしのもので、もう一つは新のものだ。
スマホのロック画面で時間を確認すると、わたしが保健室に来たときの時刻。
おかしいけれど、何もかもがわたしが保健室に入る前の状態と同じで……。
「……白昼夢でも見てた?」
おかしいと思いつつ、それ以外考えられなくて呟く。
とにかくもう一度保健室に入ってみれば分かるはず。
中に新がいたなら、本当に白昼夢でも見ていたってことなんだろうから。
ドアを開けて、一直線にカーテンの閉められたベッドへと向かう。
早く確認したかったこともあっていつもより勢いよくカーテンを開けた。
「……新」
ベッドの上には、さっき見たのと同じように新が横になっていた。
わたしの呼びかけに目を開けた新と、さっきと同じように行動する。
やっぱり白昼夢でも見ていただけだったんだ。
きっとこの時間が長く続けばいいなんて思ったから、そんな夢を見ちゃったんだね。
ホッとして、今度こそ帰ろうとまた境界線を越える。
するとまた目の前が霞がかって……。
「え?」
目の前から新の背中が消えて、わたしの手には鞄が二つ。
また、同じになった。
「……うそ……」
信じたくなくて、認めたくなくて呟く。
けれど、スマホに表示されている時間はやっぱりわたしが保健室に入る前の時刻で……。
まさか、と思いながらわたしはまた保健室に入る。
まさかまさかと心の中で思いながら、また同じことを繰り返して……。
そして、振り出しに戻った。
「……これは、認めるしかないのかな?」
タイムループ。
創作物でしか見たことが無いような文字が頭の中に浮かぶ。
でもどうして突然こんなことになるの?
いつもと変わりなかったのに。
ただちょっと、新と二人きりの時間をもっと長くしたいと思ったくらいで……。
「まさか、それで?」
そんな、ちょっと心の中で思っただけのことでこんな非現実的なことが起こるなんてありえない。
とは思うけれど、それ以外に思い当たることもなくて……。
「どうしよう……」
途方に暮れながらもそのまま突っ立っているわけにもいかず、わたしは保健室に入る。
また同じことを繰り返して、今度こそを期待して廊下に出た。
でも結果は同じ。
わたしは一人で自分と新のカバンを持ち保健室のドアの前に立っていた。
「……」
まさか、このまま無限にこの時間を繰り返す、なんてことになるんだろか?
そんな不安が一度沸き上がると、どうしようもなく怖くなってくる。
新は毎回変わった様子はないからループしているのはわたしだけなんだろう。
ブルッと、身体が恐怖に震える。
怖くて、どうしようもなく怖くて。
「っ! 新!」
わたしは唯一頼れる幼馴染の名前を呼び保健室の中に入った。
カーテンを開けると、はじめの呼びかけで飛び起きたのか新は上半身を起こした状態で驚きの表情をしている。
「ほのか? どうしたんだよ、そんなに慌てて……」
「ごめん、突然こんな事言ったら混乱するだろうって分かってるんだけど……!」
そう断りを入れてから、わたしは今体験していることを初めから話した。
信じてもらえないかもしれない。
ううん、信じられない方が普通だ。
でもわたし一人で抱え込むには怖くて……。
とにかく聞いて欲しかった。
「タイムループ……?」
「うん……信じられないとは思うけど……」
一通り話を聞いた新は、少し考え込むように黙ってしまう。
その横顔を見ながら、せめて笑い飛ばすようなことはしないでと願った。
不安な気持ちで新の言葉を待っていたけれど、その口から出てきた言葉は優しいものだった。
「……ほのかが言うことだから、信じてやるよ」
信じてくれるという言葉にホッとして、「ありがとう」と感謝する。
安心して気が抜けたのも手伝って、はぁ……とため息が出た。
「でも本当に、どうしてこんなことになってるんだろう?」
わたしの言葉に新も困った顔をする。
どうして、なんて言っても新に分かるわけないよね。
……やっぱりわたしがもっと今が続けばいいなんて願っちゃったからかなぁ?
でもそれを言うと「自業自得じゃねぇか」とか言われそうだから口にはしない。
「わかんないけど……とりあえず何か他に変わったこととかないのか?」
「他に?」
「ああ。なんかのヒントになるかも知れないし」
「うーん……」
新の言葉に一通りの流れを思い返してみる。
でもやっぱり変わっているようなことは思いつかない。
鞄に何か入っているのかも、と思って漁ってみたけれどおかしなものはなかった。
「新の鞄は?」
「うーん……特に変わったものが入ってるってことはないな」
「そっか……」
やっぱりヒントになりそうなものはないのかな?
そう思いながらなんとなく時間を確認しようとスマホを見て静止した。
「なに? これ……?」
時刻が表示されているロック画面に、一つの通知があった。
でもそれは覚えのないアプリアイコンで……。
しかも『解錠しました』というメッセージがついている。
「ん? なんだ?」
固まったわたしを不思議に思ったのか、新が顔を近づけてわたしのスマホを覗き込んできた。
「っ!」
あまりの近さに思わず息を呑む。
新の髪から爽やかな香りがして、心臓がドキッと跳ねた。
「何だこれ? 解錠? なんかロックされてたとか?」
「え⁉ いや、分かんない。こんなアプリ知らないもん」
聞かれて慌てて答える。
変に思われなかったかな? と心配したけれど、わたしの態度がちょっとおかしかったことは気づかれなかったみたいだ。
「知らない? もしかして何か手がかりがあるんじゃないか? 開いてみろよ」
「う、うん」
新の指示に従うように画面の通知をタップしてそのアプリを開いてみる。
出て来たのはシンプルな表示。
オレンジ色の背景に、大きく4/10の数字。
その下にメッセージが表示されていた。
『保健室のドアが解錠されました』
「……なにこれ?」
「……保健室、鍵閉まってたのか?」
「ううん、閉めてないけど……」
どういう事なんだろう?
保健室の鍵は内からも外からも掛けれるけれど、わたしは閉めていないし外から掛けれるのは鍵を持っている保健室の先生だけだ。
頭の中を疑問符でいっぱいにして首をひねる。
「それとこの数字。四月十日……じゃないよな? 今九月だし」
「うん……日付ではないと思うけど……」
こっちも首をひねるしかない。
新も真剣に悩んで「うーん」と唸っている。
新はみんなに優しいけれど、こんな突拍子もないことを信じてくれた上に真剣に考えてくれるなんて……。
嬉しくて、ちょっと涙が出てきそうだった。
「まあ、考えても分からないことはいったん置いとくか」
そう結論を出した新は自分のカバンを持って立ち上がる。
「もしかしたら次は大丈夫かも知れないし、もしまたループしたら試しに保健室入らないで帰ってみろよ」
「え? でもそれだと新を置いてくってことになるよね?」
いつものように、当然のように差し出された手を取りながらそんなこと出来ないと告げる。
でも新は「構わないよ」と言った。
「スマホは持ってるんだし。先に生徒玄関で待ってるとか連絡くれればいいから」
「そう?……分かった」
新が良いというなら試してみても良いかも知れない。
その場合は新に今の記憶はないだろうから、説明に困ることになりそうだけれど……。
でもこのままループし続けるよりはずっといい。
「ま、繰り返さないのが一番だけどな」
「そうだね」
二人で笑いながら、まずは新が先に出る。
つないだままでいてくれた手を軽く引かれた。
大丈夫。
そう言われているような気がして、わたしは境界線を越えて――。
落胆する羽目になった。
目の前が霞がかって、ああまたか。と思う。
温かい新の手がカバンの取っ手にいつの間にか変わる。
何度か瞬きをしていると、また新の背中はなく保健室のドアが目の前に見えた。
「……分かってる。こうなるだろうなとは思ってた」
呟いて、落胆した心を無理やり浮上させる。
落ち込んでばかりもいられない。
さっき新に言われたことを試してみなきゃ。
新が信じてくれたことで、少し勇気が湧いたみたいだった。
わたしは保健室のドアを開けず生徒玄関の方へ向かう。
このまま帰れればもうループはしないんじゃないかと予測して。
とりあえず四角いオレンジで彩られた廊下は進むことが出来た。
これなら大丈夫かもと期待して、新に連絡しなきゃとスマホを取り出す。
ロック画面を解除して、見慣れないアプリアイコンに目が留まる。
そうだ、これ今はどうなってるんだろう?
そう疑問に思って新に連絡する前にアプリをタップしてみた。
「……あれ? 数字が変わってる」
4/10だった数字が5/10になっている。
「四が五に増えた?……あ、これって!」
一つ分かったかも知れないと、思わず声を上げた。
同時に生徒玄関へ続く曲がり角を曲がる。
すると、目の前がまた霞がかった。
目の前が晴れると、戻って来た覚えもないのに目の前には保健室のドア。
スマホは手に持ったままの状態で、さっきのアプリ画面のままだ。
数字も5/10のまま。
やっぱり保健室には入らないとないってことなんだろう。
ちょっと残念に思ったけれど、光明が見えたのでそこまで落ち込みはしなかった。
落ち込むよりも、新にも報告してわたしの考えが合ってるか一緒に考えて欲しい。
「新!」
わたしは喜びのまま元気に彼の名前を呼んで保健室の中に入った。
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