いつもの保健室
いつもと変わりのない放課後だった。
静かな廊下に、四角いオレンジ色の光が落ちている。
きっと外から見れば校舎そのものがオレンジに染められているんだろうなと思いながら、わたしは保健室のドアをノックした。
返事も待たずドアを開けながら、「失礼します」と義務的に口にする。
この時間、保健室の先生はいつも職員室に行っているから不在なんだ。
何度も来ているから覚えてしまった。
静まり返った保健室。
そのベッドの一つに、目隠しのカーテンが閉められていた。
真っ白なカーテンは夕日の色が映える。
綺麗なオレンジに染められたカーテンにそっと触れて静かに開いた。
そのベッドの上で横になっているのは男子生徒。
黒髪に、透き通るような白い肌。
今は閉じられている目は焦茶色をしている。
幼馴染の新は中学の終わり頃からよく貧血で倒れるようになった。
病気というか、精神的なものらしいんだけど……それは高校生になっても変わらなくてよくこんな風に保健室のお世話になっている。
幼馴染で家も近いわたしが、こうして保健室に迎えに来て一緒に帰るのが日常茶飯事になってしまうくらいに。
「……新?」
小さく声をかけると、丁度起きたところなのかすぐにまぶたを上げる新。
「ほのか……」
わたしに気づいた彼はゆっくり体を起こした。
そんな新に、わたしは持っていた二つの鞄のうちの一つを軽く上げる。
「はい、鞄持ってきたよ。帰ろう?」
「ああ……いつも悪いな」
形の良い眉尻を下げて謝る新に、わたしは「気にしないで」と返す。
それでも申し訳なさそうにする彼に、本当に気にしないでほしいと思った。
新はわたしに迷惑をかけてると思ってるみたいだけれど、わたしはむしろ嬉しいんだから。
好きな人と一緒にいられるんだもん。
嫌なわけない。
ベッドから下りて上履きを履いた新に鞄を渡す。
「すぐ帰れる? まだふらつくならもうちょっといようか?」
「大丈夫だけど……寝起きだから念のため10分くらい待って」
「うん、分かった」
初めの頃は遠慮して立っていたけど、そうすると新が無理してでも帰ろうとするから座って待つようになったんだ。
こうしてすぐ隣に座って、距離が近くなるのも嬉しくてドキドキする。
この時間だけは新を独り占め出来るから。
でも、そんな風に思ったら新に悪いかな?
新はこうしてよく倒れるようになってから、落ち込みやすくなったから。
「……はぁ、いつもながらホント情けねぇ」
「仕方ないよ、ストレスの原因もはっきりしないんじゃあ対処しようがないし。それに鉄分意識して取ったり他に出来ることはしてるんでしょう?」
早速頭を抱えるようにして落ち込み始めた新を励ます。
広い背中をポンポンと軽く叩くと、そのままの体勢で顔だけをわたしに向けた。
そのまま無言でじっと見つめられて、ドキッとする。
「な、なに?」
「……いや。ちょっとストレスの原因考えてた」
「え? 原因分かったの?」
「……さぁな」
原因は分からないとずっと言っていたから、何か気づいたのかなと驚いたけれど何だか誤魔化された気がする。
「よし、もう大丈夫だろ」
そう声を上げた新は先に立ち上がってわたしに手を差し出した。
「ほら、帰ろうぜ」
「うん」
差し出された手を掴むと、力強い腕に引かれてわたしも立ち上がる。
よく倒れるから弱そうに見られる新だけど、実は結構鍛えていて強いんだ。
そんな男らしい部分も好きで……ドキドキしすぎてちょっと困る。
新は気づかないんだろうな。
わたしがこの二人きりのひと時を実は楽しみにしているってこと。
もっと、長い時間一緒に居られればいいなって思ってること。
カッコイイ新は黙っていてもクラスの人気者だ。
男女関係なく、いつでも周りに誰かがいる。
ただの幼馴染でしかないわたしと二人きりになんて、いつもなら絶対にならない。
だから、新には悪いなって思いつつもこのオレンジ色に染まった保健室のひと時が大事な時間になっているんだ。
家に帰るまでは一緒にいるけれど、本当の意味で二人きりなのは今のこの時間、この保健室にいる間だけ。
だから願ってしまった。
もっと今が続けばいいのにって。
先に歩いていた新がドアを開ける。
保健室と廊下の境界線をまたいで出て行くのを見て、二人きりの時間はおしまいか……と残念に思う。
それでも帰らないわけにはいかないから、わたしもその境界線を越えた。
異変は、そのとき起こった。
「え?」
突然目の前が
でも、その目を開いたときにはいつもと変わりのない学校の廊下が目の前にあった。
さっきも見た四角いオレンジの光が、等間隔で廊下の床や壁に映っている。
ひと気の少ない放課後の廊下。
何もかもがさっき見た光景と変わりない。
変わらな過ぎて、逆におかしい。
だって、目の前にあったはずの新の背中が消えているんだもの……。
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