録音
カーテンを開けると、驚いた表情の新と目が合う。
わたしはそのままの勢いで話しかけた。
「聞いて新! 数字がね、増えてたの! もしかしたらこれってループの回数で、十ってのは母数なんじゃないかな⁉」
「は? ほのか? いきなり何言ってんの?」
本気で戸惑っている様子の新を見て、わたしははっと気づく。
そうだ。
新にはループの記憶はないんだった。
「ごめん、まず説明するね」
軽く深呼吸して落ち着いてから、わたしはまた初めから話す。
既に一度話したことを説明するのは正直骨が折れた。
全部伝えたつもりでも、伝えそびれた部分があったのか疑問を投げ掛けられるし。
結果、さっきよりも時間がかかってしまった。
「えーっと……とりあえずループしてるってのは分かった」
「信じてくれる?」
「まあ、信じられない気持ちもないわけじゃないけど、嘘を吐くにしては細かすぎるし。それに……」
「それに?」
「あ、いや」
続きは教えてくれなかったけれど、やっぱり新は信じてくれるんだなと思うとそれだけで安心する。
この異常な状態も、新が信じて側にいるだけで大丈夫だと不思議と思えた。
でも、説明の仕方はちょっと考えないとないかも知れない。
それくらい今回は苦労した。
「で? そのアプリがループの数を表示してるんだっけ?」
見せてみろよ、と促されてわたしは手に持ったままだったスマホをつけた。
ロックを解除して新に見せながら、ん? とあることに気づく。
「確かに5/10ってなってるな。……てか、なんだこの施錠中って?」
新も気づいたそのメッセージ。
保健室に入るまではなかった表示だから変なの、と思う。
あ、でも。
「……そういえば、このアプリに気がついたのって解錠しましたって通知があったからだ」
「解錠、ね……とりあえず確認してみるか」
言うと、新はすぐに立ち上がってドアの方に向かった。
わたしもついて行って新がドアを開けようとするところを見る。
普通に開かなかったみたいで、力いっぱい引いてみたり内鍵を開け閉めしてみたり。
思いつきそうなことは一通り試したけれど開かないみたいだった。
「はぁ、マジか……。これ、本当に不思議な力が働いてるって状態みたいだな」
「……みたいだね。でも何で閉じ込めるんだろう? 前回“解錠しました”って表示が出たってことは、多分今回も少しすれば鍵開くんだろうし……何がしたいのかな?」
わたしの疑問に新はしばらく黙って考え込む。
新にばかり考えさせるわけにもいかないと思って自分でも考えてみるけれど、全く分からなかった。
しばらくして、新が「それ」とわたしのスマホを指し示した。
「表示されてる数字が5/10ってことは、あと五回ループしたら終わりってことなんだよな? きっと」
「あ、うん。やっぱりそう思うよね⁉」
わたしと同意見だったことに安堵する。
万が一違うんじゃないかって言われたらせっかくの希望が無くなってしまうところだ。
少なくとも終わりが見える。
それは充分このループの恐怖を和らげてくれるものだった。
「ってことはさ、さっさと出たり入ったりしてそのカウンター進められないように、ある程度の時間俺たちを閉じ込めているんじゃないか?」
「ああ、確かにそうとも取れるね? でもこんな中途半端な閉じ込め方して……何がしたいんだろう?」
首をひねるわたしに、新はポツリと呟く。
「……それか、何かをさせたいんだろうな……」
「させたい?」
もっと詳しく聞きたいと思って言葉を繰り返したけれど、そのとき丁度スマホからポン、と通知の音が鳴った。
前回も見た、“解錠しました”の文字。
試しに新がドアを開けてみると、さっきとは違ってすんなり開いた。
「……開いたな」
「うん……とりあえず、早く出てカウンター進めようかな?」
そう宣言して保健室から出ようとするわたし。
「あ、ちょっと待て」
でも、新に止められてしまう。
「何? どうしたの?」
「ほのかのスマホ、貸して」
「え?」
「一々説明するの大変だろ? 次は俺がすぐに理解出来るように録音しとくから」
「録音?」
聞き返して、どうして録音なのか理由を聞く。
「俺の声で、自分が録音した覚えのない音声聞けば信じやすいだろ?」
「確かに」
「あ、でもほのかは絶対聞くなよ?」
「え? まあ、説明が楽になると助かるからそれくらい言うこと聞くけど……でもそれならわたしのじゃなくて新のスマホに録音すればいいんじゃない?」
聞かれたくないならその方がいいと思う。
「まあ、一応俺のスマホにも録音しとくけど……消えてる可能性もあるだろ? 俺はループしてないんだから」
「……それもそっか」
もし新のスマホに残っていたら、わたしの方は消せばいいんだしね。
そう思って録音のアプリを開いてスマホを渡した。
聞かないように離れて待ちながら、良かったと思う。
終わりが見えて不安が軽くなった。
それに、説明が面倒ではあるけれどあと五回分新と二人きりでいられる。
安心した分、それがちょっと嬉しかった。
「はい。じゃあ次からはまずループしてること言って、これ聞かせろよ。多分すぐ信じるから」
「そう? 良かった。ありがとう」
スマホを返してもらって、わたしはそのままドアに向かう。
「じゃあ、次行くね」
「ああ。早く終わらせて帰ろうな」
ちょっと変わった別れの挨拶に変な感じ、と苦笑する。
そして保健室から出て霞に包まれながら、わたしはふと思った。
新と一緒は嬉しいけれど、“今”の新とはお別れなんだな……と。
それは少し……寂しいと思った。
……そして6回目。
ループしていることを伝えて、イヤホンを付けてさっき新自身が録音した音声を聞いてもらう。
聞いてもらう前に新のスマホを確認してもらったけれど、やっぱりそっちには録音データがなかった。
前の新の言う通り、彼はループしてないからスマホのデータも元に戻っちゃったってことなのかもしれない。
「どうかな? 信じてくれる?」
聞き終えてイヤホンを耳から外した新に恐る恐る聞いてみた。
今までも大丈夫だったし、新なら信じてくれると思うんだけど……やっぱり毎回ちょっと不安になるから。
「……ああ、信じるよ」
その言葉にホッとしつつ、そのまま黙り込んでしまった新を不思議に思う。
「どうしたの? 何か分からないことある?」
「あ、いや……そのアプリ見せてもらって良いか?」
「え? うん」
スマホを返されたので、わたしは言われるままにアプリを開いた。
6/10の数字と、施錠中の文字。
「一応確認させてくれ」
と言って新は立ち上がり、ドアの方へ向かう。
一通り開かないのを確認してから、ベッドで待っていたわたしのところへ戻ってきた。
「……マジで開かないな……」
「でしょ? ホント、なんでこんなことになってるのかな?」
「……」
わたしの疑問にまた少し考え込むように黙った新は、少ししてからポツリと話し出した。
「なぁ……せっかくだから聞きたいんだけどさ」
「ん? 何?」
「ほのかって、俺のことどう思ってる?」
「へぇいっ⁉」
予想もしていなかった質問に変な声が出てしまった。
「ほら、俺がこうして倒れるようになってからいつも一緒に帰って貰ってるだろ? 友達と約束とかしてるときもあるんじゃないか?」
「え? ま、まあ……」
確かにそういうときもあるけれど、友達はわたしが新のこと好きなの知ってるからむしろ応援して送り出してくれるというか……。
「そうやって迷惑かけてるからさ……本当は嫌がられてるんじゃないかって気になってたんだ」
シュンとする新をちょっと可愛いと思いながら、そういう意味での“どう思ってる?”だったんだなと理解する。
「嫌がってないよ、嫌だったらちゃんと言うもん。これでも幼馴染だよ? そういう遠慮はしてないよ」
笑顔でハッキリと告げる。
好きだって告げる勇気はまだないけれど、側にいるのを嫌がったりしてないってことはちゃんと伝えたかったから。
「そっか、良かった」
嬉しそうにはにかむ新にキュンとする。
ああ、もう。
ホント好きだなぁ。
二人きりになることは少なくなったけれど、子供の頃からずっと近くにいて……いつの間にか好きになっていて……。
もう新のどこが好きとか分からなくなってる。
新っていう存在そのものが好き。
それくらいわたしの中で大きな存在になってるから、逆に告白するのも怖くて出来ないんだけどね。
なんて思いながら新の笑顔を見つめていると、その表情が今度は真剣なものになる。
「じゃあ、さ。その……男としては、どう思ってる?」
「え……?」
わたしの心を読んだかのような、不意打ちのような質問に言葉を失う。
どんな表情をすればいいのかも分からなくて、真顔で固まってしまった。
それを見た新は慌てて「やっぱいい! 何でもない!」と叫ぶ。
でも、わたしの胸はドキドキと鼓動がどんどん早くなっていく。
男としてどう思ってるって、どんな思いで質問してきたの?
まさか……。
期待に胸が膨らんで、表情が取り繕えないほどへにゃっとなってしまう。
恥ずかしくて顔を隠すようにうつむいたわたしは、『やっぱいい』と言われたけれどその質問に答えた。
「……その……カッコイイって、思ってるよ?」
「え?」
「貧血でよく倒れちゃうから弱そうだって言われてるけど、新が体鍛えてるの知ってるし……顔だってイケメンだと思うし……」
「……」
「……新?」
黙ってしまった新に、不安になる。
わたしの言葉をどんな思いで聞いてくれているのか。
不安だったから、恥ずかしくてちょっと怖かったけれど視線だけを上げて彼の表情を見ようとした。
少し驚いたように丸くした目。
それが切なそうに細められたかと思ったら、次の瞬間には新の顔が見えなくなった。
代わりに、力強い腕に閉じ込められる。
「っ⁉ あ、新⁉」
硬い腕。
広い胸。
わたしの体がすっぽりと収まるように、抱きしめられていた。
新の爽やかな香りが直接入り込んで、胸いっぱいに広がる。
呼吸音もハッキリ聞こえる距離に、わたしの心臓はうるさいくらい鳴り響いた。
「……ごめん。ほのかが可愛くて……こうしたくなった」
「っ! っ!……新っ⁉」
甘い言葉に、わたしはなんて返せばいいのかも分からなくて……結局彼の名前を呼ぶことしか出来ない。
そのまま甘い雰囲気に浸りそうになったとき――。
ポン
と、アプリの通知の音がいつもより大きく聞こえた。
そのせいか、新の体がビクリと震えて気まずそうに離れて行く。
わたしも恥ずかしくて、なんとなく気まずい感じになった。
気まずさを紛らわせるようにスマホ画面を見て、あの通知があることを確認する。
「あ……鍵、開いたみたい。わたし行くね」
「あ、ああ……」
まともに視線を合わせられないまま立ち上がると、「ちょっと待て」と引き留められる。
「えっと、何?」
「悪いけど、もっかいスマホ貸して? 追加で録音しときたい」
「そうなの? 分かった……はい」
なんの不審もなく素直に渡した後、「聞くなよ?」と言われたのでまた頷いて新から離れた。
そうして距離を取って、冷静になる。
今の会話と、わたしを抱きしめたこと。
次の新は知らないってことになるんだ。
前回少し寂しいと思った感情が痛みに変わる。
でも、これはどうしようもないこと。
次に行って、カウンターを十にしないとこのループは終わらないんだろうから。
落ち込みそうになる心を何とか留めていると、新がスマホを返してくれる。
これ以上名残惜しくしても辛くなるだけな気がしたから、わたしはすぐにドアを開けた。
「じゃあね」
「ああ」
新も簡単な挨拶のみ返してくれる。
その方が後ろ髪を引かれなくていいのかも知れない。
わたしはまた、霞に身を投じた。
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