エピローグ

 抱き合って、唇を触れ合わせているだけで多幸感に包まれて……。


 どれくらいそうしていたのか分からない。


 ただ、ポン……という通知の音に、ゆっくり離れた。



 お互い照れ臭そうに微笑み合って、起き上がる。


 気恥ずかしさを誤魔化すように通知を確認すると、今回は少し表示が違っていた。


「……これって……」


「ん? どうした?」


 わたしのつぶやきに新もスマホを覗き込む。



「『保健室のドアが解錠されました』? あとこれって……」


 そう。

 解錠の通知以外にももう一つ。



『お二人さん、仲良くな』



 同じアプリのアイコンに、そんなメッセージの通知。


 それはまるで親しい人からの言葉の様で……。



「……やっぱり、祖父さんの仕業だったのか?」

「……そう、なのかな?」


 確かな答えなんてないから、曖昧に返事をする。


 でも、多分そうかもしれないとは思った。



「でも何で新のお祖父さんが夢に出てきたの?」


 思えばそこから不思議だった。


 夢枕に立つのなら普通住んでいた家とかじゃないのかな?



「ああ。そういえば祖父さんって教師やってて、昔この学校に勤めてたって聞いたな」


 それでかもな、と申し訳なさそうに新は笑う。


「そうなんだ……」


 と答えながらわたしは困り笑顔を返した。


「でも、なんでわたしの方がループすることになったのかな?」


「うーん……それは祖父さんに聞いてみないことには分かんねぇな……」


「そっか」


 考えても分からないことにお互い苦笑する。



 何か分からないかな? と思ってそのメッセージをタップしてアプリを開こうとしたけれど、あのアプリはスマホの中からキレイサッパリ消えていた。


「これって……終わったってことかな?」


「だと思うぜ?」


 答えた新は自分の鞄を手に立ち上がる。


 そしてわたしに手を差し出した。



「帰ろうぜ……俺の彼女さん」


 はにかむ新に、わたしもれ照れながら返す。


「うん、帰ろう。……わたしの彼氏さん」


 手を取って、そのまま手を繋いでドアの前に行く。



 本当に終わったのか。


 緊張するわたしの手をゆっくり引いて、新が先に保健室を出た。


 わたしは一度ゆっくり深呼吸してから、境界線を越える。



 霞は、出てこない。


 そのまま歩いて、角を曲がっても何事もなくて……。


 生徒玄関で靴を履き替え外に出て、やっとわたしは本当に終わったんだと実感できた。



「大丈夫だな?」

「うん!」


 安心して、わたしたちは世界がオレンジに染まる中、手を繋いで帰路についた。



***


 その後、わたしと両想いになれて自信がついたという新は少しずつ倒れる回数が減っていった。


 ループをしたのが夢だったんじゃないかと思うほど、通常の日々が続いていく。



 でも、わたしの手にはあのループは確かにあったんだという証拠がある。


 アプリは消えてしまったけれど、新が録音した音声は残っていたから。



 新は消せって言いそうだから、これはわたしだけの秘密。


 だって、今はわたしの記憶とこの音声だけになってしまったループ中の彼らも、大切なわたしの彼氏だから。



 だから、あの時は確かにあったんだという証拠にこの音声は保存しておく。



 あの、夕日色に染まった白い部屋の出来事は……わたしの秘密の宝物――。



END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夕日色の保健室で、幼なじみと甘いひととき。 緋村燐 @hirin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ