大学生と浪人生

キザなRye

全編

 桜の花びらが散り始めた校門までの道を蒼空そらはわくわくした気持ちを抱えて歩いていた。高校生として過ごせる最後の1年に対する期待感は計り知れないくらい大きなものであろう。1人胸を張って校門をくぐった。

 新しいクラスは昇降口に掲示されていた。1組から名前を順に名前を探すと蒼空の名前は3組にあった。蒼空はクラスのメンバーを一通り眺めてみたが、あまり知っている人がいなかった。取り敢えず教室に向かおう、と蒼空は教室へと向かった。

 蒼空が教室に入るときにはまばらに人がいるくらいだった。黒板に座席表が貼ってあり、指定された席に蒼空は座った。その後、徐々に新たなクラスメイトが教室に入って来て座席表通りに座っていった。始業時間の5分くらい前に若い男の先生が入って来た。3年生は先生たちの移動がない限りは2年生の担任が3年生も担任をするので蒼空は知っている先生だった。この先生はどうなのかなと蒼空は思い、視線を机の方に向けたときに息を切らせて女の子が入って来た。初日からこんなにギリギリに来るものなんだと蒼空の第一印象はあまり良くなかった。その女の子は蒼空から2列くらい離れた座席に座った。

 そこから数日は授業が始まるわけではなく、クラスの委員会や係を決めたり、クラスの親睦を深めるようなことが行われたりした。クラスの他の人たちは仲良い人が固まって来ているようだったが、蒼空は誰かこの人と言えるような特定の人と仲良くなることはなかった。

 それから1ヶ月経っても蒼空は1人だった。授業で話すといった学校生活をする上での必要最低限の会話はするが、他愛もない会話が出来るような人はいなかった。

 蒼空が通う高校は5月の終わりに体育祭が行われる。学年を経るごとに参加者は減るが、男女ペアでのダンスが体育祭の目玉である。蒼空はダンスに参加していない。蒼空のクラスは大体半分くらいの人がダンスに参加している。

 ダンスが行われている間、蒼空はダンスが最も見やすい位置にいた。蒼空はこのダンスを毎年楽しみにしているのだ。ダンスの参加者たちが準備をするための時間、蒼空はぼーっとしていた。スマホは画面を下にしてケースが見える状態で足の上に置いていた。ケースには蒼空が最近はまっているアニメのキャラクターがプリントされている。

「これ、好きなの?」

 蒼空の後ろにいる女の子が蒼空に話しかけた。どうやら蒼空のスマホケースにプリントされているキャラクターが気になるらしい。蒼空が話しかけられた方を振り向くと学年の初日にギリギリに来た女の子がいた。蒼空は顔を見て同じクラスであることはすぐに分かったが、名前は出てこなかった。

「好きだけど……」

蒼空はぼそっと答えた。女の子は蒼空の回答を聞いてキラキラとした眼差しで

「やっぱり!私も好きなの!」

と興奮気味で話した。蒼空はどう答えて良いか分からず黙ってしまった。女の子と蒼空のテンションの差は大きかった。

「ごめん、私だけテンションが上がっちゃって」

「いや、急に話しかけられてどう答えれば良いか分からなくなっちゃった」

蒼空も同じものが好きな人と出会えて嬉しかったことは事実だったので仲良くなりたいと思っていた。ただここまでの3年生になってからの学校生活で蒼空は誰か特定の人と仲良くしてこなかったのでどうすれば良いのか、少し困っていた。

「連絡先って持ってたっけ?」

蒼空が困っていることを理解したのかもしれない。

「持ってない」

蒼空は彼女の連絡先を交換していないだけでなく、クラスの誰とも連絡先を交換していない。

「じゃあ、これ」

彼女はスマホを蒼空の目の前に出した。彼女のスマホにはQRコードが表示されていた。蒼空はそのQRコードを読み取って連絡先を交換した。そこでようやく彼女の名前が“佐々木碧ささきあおい”であることを知った。

 蒼空と碧はその後、ダンスが行われていることなどお構いなしに話をした。ダンスが行われているその数十分だけで2人は打ち解けた。蒼空はようやく話が出来る相手を手に入れた。

 体育祭の後から蒼空と碧は頻繁に話をするようになり、家に帰ってからも連絡を頻繁に取った。2人の仲も体育祭から徐々に上がっていった。

 街路樹の葉が色付き始めた10月、蒼空の高校は文化祭が開催され、クラスごとに模擬店を作って運営する。蒼空のクラスは模擬店でワッフルを販売することになっている。クラスの中で準備の担当を決めていて蒼空と碧は装飾を作る担当になっていた。装飾を作る担当の中でもさらに分かれていた。蒼空と碧を含む5人にメニューの看板作りを託されていた。

 蒼空たちが担当するメニュー看板は画用紙や段ボールを使って作った。段ボールで骨組みとなる原形を作ってそこに画用紙を貼り付けて見栄えを良くしていった。この看板を5つ作る必要があったが、部活があるなどの理由で徐々に人が抜けていき、最後は蒼空と碧だけが教室に残った。

 窓からは綺麗なオレンジ色の空が見える教室に残る2人は手を動かしながらお喋りが止まらなかった。まさに高校生しか体験が出来ない“青春”を2人は味わっていた。2人が作業を終えて帰る頃には外は真っ暗になっていた。

 高校の生徒が誰一人としていない学校から駅までの道を2人は一緒に歩いて帰った。蒼空は文化祭の準備で碧と一緒に居る時間が長かったことでより距離が縮まったように感じた。碧と居ると蒼空には自然と笑顔が溢れていた。帰り道を歩いている碧の顔にも笑顔が溢れていた。

「蒼空って好きな人居るの?」

会話の途中で碧がふと聞いた。

「まあ、いるけど……」

蒼空は言葉を濁した。

「逆に碧は居るの?」

蒼空が自分だけ聞かれているのを嫌がって碧にも聞いた。碧は自分が聞かれると急に顔を赤らめて言葉を詰まらせた。

「答えたくなきゃ、良いよ」

碧は自分から出した話題であるのにも関わらず、話題を変えて何もなかったように話をして駅まで歩いた。

 文化祭当日、蒼空はクラスの模擬店の販売員としてのシフトがお昼時だったのでとても忙しかった。時間ごとに同じ人数だけ振り分けられているのでお客さんの人数が多いとその分だけ忙しくなるのだ。もう少し人数が欲しいなと思うくらい人が足りなかった。誰が連絡したのか、人手が足りないことを知って碧を含む3人くらいがクラスに手伝いに来てくれた。人手が増えたこともあって忙しい時間帯を乗り切ることが出来た。蒼空は碧たち手伝いに来てくれた人たちの優しさに救われたと思えた。

 文化祭はクラス全員の協力により無事に終えることが出来た。蒼空はこの文化祭を通してクラスの絆の深まりを感じられた。特に碧との絆の深まりを感じられた。

 文化祭を終えると学校は大学受験にベクトルが向いた。もちろんそれは蒼空も碧も例外ではない。授業も受験仕様になり、全体的にクラスもピリピリとし始めていた。そんな中でも蒼空は碧と駅まで帰る日課を楽しみに過ごしていた。

 年を越す頃になると受験勉強も佳境を迎えていた。受験の時期になると学校が休みになるので蒼空は碧と会えなくて少し寂しかった。それでも良い結果を碧に見せたいという気持ちで蒼空は頑張れることが出来た。

 センター試験の前日、学校での壮行会を終えて帰路に着くために教室を出る前に蒼空は碧に声をかけられた。

「試験頑張ってね」

碧の言葉と笑顔で蒼空はより一層頑張ろうと思えた。別れ際に碧はぼそっと蒼空に

「受験がすべて終わったら伝えたいことがある」

とだけ言い残した。

 時は過ぎ、蒼空はすべての試験を終えた。ただしすべての結果はまだ出ていない。ここまで結果が出た大学は残念ながらすべて不合格だった。卒業式は結果が出ていない状態で行われたので受験についての話はクラスでも起きなかった。もちろん蒼空と碧も大学の話は出来なかった。そして蒼空は卒業を迎えた。

 卒業式後に蒼空の発表されていない大学の合否が判明し、残念ながらすべて不合格だった。蒼空は浪人することを決めた。噂によると碧は第一志望の大学に合格したらしい。蒼空の状況を知ってか、碧から蒼空への連絡は何もなかった。

 それから1年、蒼空は一生懸命勉強に勤しんだ。現役のときと比べて格段に学力は上がっていた。大学合格に向けて準備は万端だった。

 蒼空にとって2度目のセンター試験の前日、1年間一つも連絡がなかった碧から急に連絡が来た。

“久しぶり

去年私が言ったこと覚えてる?

受験が終わったらまた連絡するね”

蒼空は碧が1年前に言っていたことを覚えてくれたことに嬉しさを感じたとともに絶対に受験を成功させて碧に連絡をしたいなとやる気が出て来た。

 そこからの蒼空の受験は碧のことを頭にちらつかせながら頑張ることが出来た。今まで以上に勉強に身が入って試験も調子よく受けられた。蒼空自身も自信を持って試験に臨むことが出来ていた。

 そして迎えた合格発表の日、蒼空は朝からドキドキしていた。碧の存在というのが大きかったのかもしれない。合否が発表される10分前から合否発表のサイトを開いて蒼空は待っていた。時間が近づいていくほど蒼空のドキドキは増していく一方だった。

 時間になると蒼空はこれまでに感じたことがないくらいのドキドキの中でサイトを更新した。そこには“合格”の2文字が書かれていた。蒼空には声にならなくらいの叫び声を出して喜んだ。

 蒼空は興奮が冷めやまぬ間に結果を碧に連絡した。碧からはすぐに返信が来た。

“おめでとう

受験前の約束覚えてる?

約束を果たさせてね”

蒼空は碧からの連絡で幸せを噛みしめていた。浪人生活から抜け出せたこともだが、碧が1年前の約束を果たそうとしてくれていることに嬉しさが感じられた。

 数日後、蒼空と碧は1年前の約束を果たすために1年ぶりに会った。1年ぶりの碧は蒼空の目には知っているよりも美しく見えた。大学生とはこういうものなのかと思った。

「久しぶり」

目の前の美しい碧に頭を持って行かれて蒼空の言葉がしどろもどろになった。

「緊張してる?」

碧は堂々と蒼空に言葉をかけているように聞こえるが、平然を装っていた。碧も十分すぎるくらいに緊張していたのだ。

 カフェの席に2人は座ってしばらくはお互いの近況を話していたが、一通り話が終わると急に黙ってしまった。少しだけ沈黙が続いた後でお互いに言葉を発して重なった。

「先良いよ」

「いや、私は後で話すから」

互いに譲ったが、結局碧が先に話すことになった。

「1年前に伝えたかったんだけど……」

緊張したように言葉がぷつりと途切れながら碧は話す。

「蒼空が好きなの」

蒼空は碧の言葉に驚いた。それは表情にも出ていたようだ。

「ごめん、驚かせちゃって。これをずっと言いたかった。変だよね」

「いや、僕も同じことが言いたかったんだ」

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大学生と浪人生 キザなRye @yosukew1616

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