閑話 大三国同盟

 天正十四年四月。上野国厩橋城。


 上野国群馬郡の厩橋城は関東平野の付け根に位置する。越後、信濃、関東への交通の要衝であり、地名から明らかなように古くから馬の産地だ。関東管領を歴任した山内上杉氏、関東の覇権を奪った北条氏、関東管領を引き継いだ越後上杉氏、そして武田氏、織田氏と主を変え、本能寺を経て再び北条の城となった。


 今この城に三人の大名が集まっていた。直垂烏帽子の正装で板間に平伏する彼らを、畳の上座から睥睨するのは足利義昭。すべての武士の棟梁たる征夷大将軍だ。


「副将軍、関東管領、北条氏直殿」

「副将軍、北陸探題、上杉景勝殿」

「副将軍、東海諸国及び近江守護、徳川家康殿」


 義昭の目線を受け、側近筆頭の一色昭孝が三人の役職を読み上げた。


「そなたらの幕府への忠義、余は大いに期待しておる」


 上機嫌の主に、真木島昭光は思う。以前は織田家を討つため西国毛利に落ち、今はその毛利を討つために東国へ逃げる。これが天下の主の姿なのだろうか。


 確かにここに集まった北条、上杉、徳川の三大名は強大だ。その所領は十七ヶ国に及び、六百万石を越える。しかも三者が互いに背中を守り合う配置は理想的だ。


 だが彼らを集結させたのは将軍の威令ではない。あくまで彼らの利害に義昭の存在が一致したからだ。


 一番左に座るどこか落ち着きのない所作の男は北条氏直。その隣に寡黙を絵にかいたような男は上杉景勝。両者には目に見えない緊張がある。関東管領うえすぎ関東覇者ほうじょうは決して並び立てない関係だ。


 先代謙信、氏政より関東をめぐり血みどろの戦いを繰り広げている。しかも上杉景勝は北条家から養子に入った景虎を破って家督を継いだのだ。景勝は北条氏直にとっては叔父の仇である。


 実際、武田勝頼が健在だったとき、義昭は鞆から北条、武田、上杉の東国大名連合を持って信長を攻撃させようとして失敗している。今回の大同盟が成立したのは、まずは上杉と北条の事情が変わったからだ。


 一つは越後北部の新発田重家の乱である。この乱は奥州伊達家を後ろ盾に起こっていたのだが、義昭は伊達政宗を奥州探題と認めることで介入をやめさせた。奥州探題職は政宗にとって稙宗そうそふよりの悲願である。


 新発田重家は将軍の命という体で景勝に降伏、五年も続いていた乱が集結した。もう一つが天正地震だ。北陸を勢力圏としていた前田家はこの地震により領国全てに大きな被害を受けた。特に越後の隣国越中では木舟城が城主前田秀継と共に崩壊したことで支配が完全に崩れている。


 景勝にとって関東より北陸を攻める大義名分が重要となったのだ。越中、能登、加賀はかつて養父謙信が席巻した国々だ。


 一方の北条は将軍の名で関東管領の座を正式なものとし、さらに伊達家との関係を深めることで、東関東の佐竹、結城、里見という敵対勢力を破り、名実ともに関東全てを手に入れる道が見える。


 伊達も含めた大大名たちの複雑な利害に乗り、この大同盟は成立した。確かに義昭がいなければ出来なかったことだ。ただそれが将軍の権威によってなったとは、昭光は思うことは出来なかった。


 義昭を京より脱出させ、天災すらも経略に組み込んだこの絵図を描いたのは……。


「昭光殿」

「これはしたり。しからばお三方、宝印を提出されませ」


 叱咤するような昭孝の言葉に昭光は我に返った。胸中の不安を押し殺し役割に徹する。三人が提出した牛玉法印の起請文を確認して、義昭に披見する。


 徳川が東海道、上杉が北陸道より上洛。北条は両家に対し兵糧弾薬と、それを運ぶ船や陣夫を出すという内容が記されている。三枚の起請文を前に並べた義昭は満面の笑みを浮かべ、宣言する。


「副将軍らに命ずる。心を一つにして、幕府をないがしろにする毛利輝元を膺懲せよ」


 …………


「三河守。そなたの先祖は新田と聞くが真か」


 同盟成立の儀が完了し、催された猿楽の席で義昭は家康に声をかけた。


「はっ。家祖親氏はこの上野新田荘より三河に移ったと伝わっております」


 家康は居住まいをただし下問に答えた。


「そうか。新田と言えば我が足利の庶流。うむ余を毛利より救い出した忠義の褒美じゃ。以後は新田源氏を名乗ることを許すぞ」

「ありがたき幸せ。今後は門葉として、これまで以上の忠義に励みまする」


 南北朝時代に争った足利と新田だが、両氏は同根である。下野足利荘の足利一門の一人が近くの上野新田荘に移ったのが新田なのだ。南朝に従った新田本家は滅びたが、庶家には尊氏の元で活躍し、十二ヶ国の守護となった山名氏がある。


 三河守任官時に藤原氏となっていた家康の源氏復姓は、北条上杉に対してどうしても見劣りする家康の家格を揃える方便に過ぎない。だが昭光は不安になる。


 この三国大同盟を成立させたのはこの家康だ。濃尾勢の三ヶ国の地震の被害復旧を通じ、新領国の統治体制を整えながら、将軍の名を巧みに用いて複雑極まりない交渉を成し遂げたその始終を、昭光は見ている。


 実は義昭は家康に幕府管領職を提示したが、辞退し守護の地位にとどまったのだ。そしてその代わりに求めたのが、源氏認定である。


 昭光の見たところ、家康は織田傘下にあったときとはまるで別人。その器量は毛利輝元に勝るのではないか。そんな男が源氏の名門を求めた意味は……。


 上機嫌で三大名に盃を授ける義昭。昭光は先ほど胸中によぎった不安について考える。


 主の望み通り毛利は滅びるやもしれぬ。だがその後に来るのは……。








******* 後書 *******

2024年11月12日:

ここまで読んでいただきありがとうございます。おかげさまで第四章を完結出来ました。


ブックマークや★評価、いいねなどの応援感謝です。おかげさまで☆4000、ブクマ6000を越えました。コメント、レビューはとても励みになっています。また誤字脱字のご指摘には本当に助かっています。


第五章は『関ヶ原決戦(仮)』となります。年内開始を目指して構想中ですが、開始日時は未定ということにさせてください。お待たせすることになりますが、よろしくお願いします。


あらためてここまで読んでいただきありがとうございました。



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面白そうと思ったら読んでみてください。よろしくお願いします。

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毛利輝元転生 ~記憶を取り戻したら目の前で備中高松城が水に沈んでるんだが~ のらふくろう @norafukurou

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