第7話
その夜、シチリア島南東部にあるシラクサのホテルにて。1人の女が、部屋でワインを飲みながらある人物と電話をしていた。
「………えぇ、そうよ。10年前の事件について、調べるつもりで居るみたい。良いの?貴女の男の部下が、ボスを裏切る可能性が高くなるのよ?」
不敵に微笑みながら、ワイングラスをゆっくりと振る。赤紫色の液体が何度か揺れ動いたところで、一口だけ飲んだ。
「あぁ、そうだったわね………貴女、マフィアは嫌いだって言ってたかしら?その割には矛盾してるわよね、幹部の愛人になるだなんて。まぁ、それは私もそうだけど………」
街を見下ろしながら、艶やかに髪を撫でる。すらりとした指に、程よく肉のついた色白の足。バスローブで覆い隠されてはいるが、女の体はどんな男の目も惹きつけるスタイルをしていた。
「えっ?今どこで何をしてるのかって?何もやましいことはしてないわよ。仕事が終わったから、普通にホテルに居るだけ。帰るにはあまりにも遅いし………夜道で暴漢に襲われたら大変でしょ?………本当、勘が良いわね。そうよ、1人じゃないわ。連れが居るの」
女がそう言う中、部屋をノックする音が鳴った。と同時に顔が綻び、ワイングラスがテーブルに置かれる。
「じゃあ、カルメン。あの子………そう、ロベルトには気をつけた方が良いわよ。そうしないと、貴女の手で自分の首を絞めることになってしまうから。おやすみなさい、カルメン。良い夢を見るのよ」
通話を終えると、女は男を出迎えて抱き締めた。髪を撫でられ、軽くキスをされる。リビングに案内し、もう1杯ワイングラスを用意しようとするも、男に再び口づけを交わされる。そして耳元の囁きに承諾すると、女は男と共にベッドに入った。
潜入してから1週間が経った、ある土曜日の朝のこと。
ホテルに入る前に、ロベルトとドナテロはダニエーレに任務で使用する毒薬を渡されていた。
「まずは、青酸ソーダ。これはビアンカとレアンドロが飲む分のワインに入れてね。あんまり効果が強くないから、じわじわ殺すって感じかな。それと、リシン。これは油の代わりに使ってね。肉料理とか、魚料理を作る時に。後はテオとオスカルが料理を運ぶから、大丈夫!2人とも、頑張ってきてね」
そう言って1度ホテルから去って行ったダニエーレを見送ったところで、2人は顔を合わせた。上手くいくから心配するな、と言う様にドナテロが頷く。それに対して微笑みを向け、レストランの厨房へ向かった。
時刻は午後8時。
宿泊客が次々とレストランに入って行き、その中にはターゲットのビアンカとレアンドロも居た。接客をしていたテオがロベルト達にこっそり通信を送る。
「ターゲット、来たよ。個室席に案内された」
『分かった。ワインを取りに来てくれ」
「了解」
短く返事をし、テオは厨房でロベルトから青酸ソーダが混ざったワインを受け取った。厨房を去ろうとしたところで、ロベルトが耳打ちする。
「………ダニエーレ曰く、あんまり効果が強ぇわけじゃねぇ。じわじわ殺すって言ってたぜ」
「分かった。ロベルト、焦らないでね」
「おう」
会話を済ませたところで、個室に居るビアンカとレアンドロの元へ向かう。
「失礼致します。こちら、フォンタナフレッタ・バルバレスコでございます」
「あら、ありがとう。ところで、メインは何料理かしら?」
「本日は豚肉のアリスタとなっております。どうぞごゆっくり、お食事をお楽しみ下さい」
そう言って個室を出ると、テオはオスカルに小声で言った。
「ワインは渡しました。後は料理だけです」
「分かった」
コース料理を楽しむ客達に料理を運びながら、テオは時折個室の様子を伺う。個室では、2人が談笑しながらワインを飲んでいた。特に怪しいところもなく、側から見ればセレブがワインを嗜んでいるだけである。
一方、ロベルトとドナテロはリシンを使ってビアンカとレアンドロの分の料理を作っていた。野菜を切りながら、ロベルトは肉を焼くドナテロに問い掛ける。
「ドナテロ、今日のメインディッシュはなんだ?」
「肉だ。アリスタ………ハーブをすり込んだ豚肉を焼いたものだぞ」
「へぇ………食べたことねぇな」
「なんだ、肉が嫌いなのか?」
「いや………肉は好きだぜ。本当に食べたことがねぇだけだ」
会話をする中、料理長からの指示が飛び交った。サラダにメインのアリスタ、デザートのジェラートを作っていく。テオとオスカルが配膳し、今回出すコース料理を全て運び終えたところで、ドナテロがダニエーレに電話を掛けた。
「ダニエーレさん、料理は全て運び終わりました。後は2人が死ぬのを待つだけです」
『了解。今からそっちに行くから、少し待っててね。仮に警備の人達に追われる、なんてことがあったら大変だから』
「分かりました」
ドナテロが返事を返した瞬間、ウェイトレスの悲鳴が聞こえてきた。と同時に、ロベルト達に通信が入る。
『4人とも、撤収‼︎急いで‼︎』
会場に警察官が入ると同時に、ロベルト達は大急ぎでレストランを出た。先輩シェフや料理長、刑事の制止を無視し、ホテルの外に出てダニエーレの車に乗り込む。ダニエーレがアクセルを踏み、逃げるように駐車場を出たところで、全員が疲労と安堵を込めた溜息を吐いた。
「いやー、お疲れ様!良くやったね〜」
「ちょっと………聞いてませんよ、警察が来るなんて………」
「いやぁ、それは流石に俺も予想外だったよ………」
ダニエーレが苦い表情を浮かべる中、ロベルトの顔色が少しずつ悪化していた。1度えずいたと同時に、後部座席に座っているテオとオスカル、ドナテロが心配する様に目を向ける。
「ロベルト⁉︎お前大丈夫か⁉︎」
「やべぇ………走った後だから吐きそう………」
「ちょっ、ロベルト‼︎まだ吐くんじゃないぞ‼︎吐くなら袋に吐け‼︎」
ドナテロがそう言ってビニール袋を差し出すと同時に、ロベルトは嘔吐した。そんなロベルトに、助手席に座っていたカルメンが思わず言う。
「ロベルト君、大丈夫………?随分キツそうだけど………ダニエーレ!乱暴な運転は止めてって言ったでしょ⁉︎」
「いや仕方ないでしょこれは‼︎あのまま警備員さんや刑事さんに捕まったら、ロベルトちゃん達がお縄になるところだったんだよ⁉︎」
「アンタ等でけぇ声出すんじゃねぇよ………頭に響っ………うおえぇっ………」
「ロベルト、大丈夫?乗り物酔い酷いタイプだったんだね………」
「大丈夫か………?お前、これから酔い止め飲んでから車に乗った方が良いと思うぞ………」
オスカルが心配する様に言ったところで、ダニエーレは一軒家の前で車を停めた。カルメンを降ろし、再び車を走らせてマンションの駐車場に向かう。
「ロベルトちゃん、着いたよ。降りれる?」
ダニエーレの発言に頷いて降りるも、バランスを崩して倒れそうになる。テオとドナテロに支えられて立ち上がると、ダニエーレに背負われた。
「なんで背負うんだよ………」
「病人に無理をさせるわけにはいかないからね。さっき倒れそうになってたところを見るに、歩かせるのは酷かなって思ったんだ」
「アンタが病人にした癖に何言ってんだ………」
「ロベルトちゃん、こういう時は甘えて良いんだよ?自分で動いたら吐きそうだから運んで下さい、って」
「はぁ………⁉︎んなの、言えるわけねぇだろ………‼︎」
「それくらい甘えてってことだよ。このチームの中じゃ、ロベルトちゃんが1番の新入りだからね。先輩の姿を見て成長するのが、新入りっていうものだよ。こうやって、困っている後輩を助けるのも、先輩として大切なことだからね」
ダニエーレが語る中、ロベルトは静かに寝息を立てていた。返事が一言も返ってこなくなったことに動揺しているのか、ダニエーレは呼び掛ける。
「あれ、ロベルトちゃん?おーい、起きてるー?」
「ダニエーレさん、ロベルト寝てますよ」
「あ〜………まぁ、気分悪そうにしてたし、仕方ないね………」
ロベルトの部屋に入ったところで、ダニエーレ達は介抱をした。窮屈な制服から部屋着に着替えさせ、水を飲ませてベッドに寝かせる。介抱を終えて帰ったと同時に、ロベルトが目を覚ました。着替えられた服とベッドに寝かせられた現場に、ロベルトは驚きつつも薄く微笑んでいる。
(優しいな………俺なんかの為に、ここまでして………)
重い頭で考えながら、ロベルトは再び眠りに着いた。その顔には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
血染めのロベリア 須王要 @kaname_suo
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