第8話 大団円
その時、あさみは、ふっとまわりの雰囲気がおかしいと感じて、まわりを見渡したが、その時は、ゾクッとしたものを感じただけで、すぐに意識を戻した。
それは、
「誰かがその場所にいたのではないか?」
と思ったからだったが、それはなかったのだ。
気を取り直して意識を戻すと、話は進んでおらず、
「まるで私を待っていてくれたんじゃないか?」
と思うほどだった。
「そんな部署に挟まれて、総務部の代表という意識があることが、彼の自尊心をジレンマに追い込んだのか、そのうちに、営業部と製作部の人から、自分だけが攻撃されているというそんな意識になったんだろうね。恐ろしくなって、自ら命を断ったということなのだが、彼は、遺書を残していて、その遺書の内容が、少し恐ろしいものだったりしたんですよ」
と、なぜか最後だけ丁寧語になった。
それが却って気持ち悪さを漂わせ、いかにもオカルト話をしているという雰囲気を醸し出しているのだった。
ということは、
「オカルト話を聞いているという思いから、まわりに人がいるという錯覚を感じさせられたのかも知れない」
と思った。
「ところで、その遺書というのは?」
と、まわりから誰かが言ったようだ。
誰が言ったのか確認しようとしたが、すぐには分からなかった。
「一体誰だったんだろう?」
と思ったが、また、その意識もすぐに飛んでいったのだった。
話し手は、ゆっくりと語り始めた。
「その遺書にはね。何が不思議といって、これから、自分が死のうとしている時の心境が、こと細かく記載されていたんだよ。遺書というのは、前もって書いておいて、実際に自殺する場所にいくまでの心境なんて、遺書を書いてから感じることだろう? それなのに、まるで見てきたことのように書かれているんだよ」
というではないか。
「それは、どういう内容だったんですか?」
とあさみが聞くと、
「階段を上がっていく時に、暗い階段で、足元から伸びている影が、暗い割には、くっきりと見えて、影に見つめられているように感じるということであったり、屋上まで来て、祠の方を見ると、誰かがいるような気がして仕方がないというんですよ」
といって、一旦息を吐いて、落ち着いているようだ。
そんなに寒いわけでもないのに、話している本人は、まるで雪国にでもいるかのように、手に息を吹きかけていた。
すると、その時の息が白くなっていて、
「本当に寒いんじゃないか?」
と、あさみは思う程だった。
話し手はまた話を続ける。
「その時の遺書で、最後に書かれていたのは、自殺する人も最後の時を迎えた時、痛くない方を考えて、下にある植え込みの上に落ちた方がいいんじゃないか? と考えるんじゃないかって書いていたんですよ。それを聞いた時、私は、ゾッとしましてね。しばらく何も言えなくなった気がしたんですよ。その時に感じたのが、この遺書は、自分がこれから感じることではなく、前に自殺した人が感じたことが、頭の中をよぎったというか、ハッキリ言って、その人の霊に、乗り移られたんじゃないか? って考えたんですよ」
というのだった。
何とも、背筋が寒くなる話である。
しかも、その時のあさみには、その話を聴いて、自分なりに情景が見えたという意識になったのが怖かった。
確かにこの会社ビルの屋上には祠が建っている。こんな物騒な話が裏にあったなどということを知らなかった時は、
「会社の商売繁盛を祈って、ビルの社長が建てたのかな?」
と思ったのだ。
この会社ビルには、たぶん、従業員が数獣人の会社がひしめいているのだろう。あさみの会社も、そんなに人員がいない中で、営業部、製作部、総務部、経理部の四つがあり、経理部以外でプロジェクトが組まれることが多い。
経理部は、実際にプロジェクトに参加はしないが、経理的な観点から、出来上がった計画書には目を通し、意見をいう立場にあったので、
「まったく無関係」
ということではなかったのだ。
それが、逆に総務部の人を孤立させることになったというのも事実だった。
そもそも小さな会社でのプロジェクト、ある意味無理がある。それは、
「誰か一人に仕事が集中してしまう」
という、一種の不公平さがあるからなのかも知れないが、プロジェクトというやり方と取る以上、そこは避けて通ることのできない道なのかも知れない。
それを思うと、ここまでの、
「自殺劇」
というものが、立て続けに起こったということも、無理もないことだったのではないだろうか?
実際には、このビルの趣旨からすれば、
「商売繁盛」
というものが、祠に籠められたものだといってもいいのだろうが、後から聞いた話としては、
「あの祠は、元々、このビルを建てる時、この土地にあったもので、他に移すと祟られるかも知れないということで、ビルのオーナーが、土地を祠ごと買い取った形にしたということだった」
というのだった。
確かに、その話の方が、信憑性はありそうだ。ただ、おどろおどろしいということに関しては、聞きたくなかった話ではあったが、この話をするうえで、避けて通ることのできない話だったのは間違いなかった。
「あの祠には、最初の人が自殺をしてから、毎日のように供物を収める人がいるらしいんだけど、それが実は誰がしているのかということが話題にあったことがあったんだよ」
と言い出した。
「ビルのオーナーじゃないですか?」
と言われて、
「いや、オーナーでも、この会社の社長でもないんだ。だから、ずっと謎だったんだけど、自殺者の遺書から、意外な事実が語られていたことに、皆ビックリしたんだよ」
というではないか。
「どういうことですか?」
と言われ、話し手は、続けた。
「実は、ずっと供物を供えていた人間は、実際にその遺書を書いて自殺した、総務部の人だったんだ。そのことを遺書にも書いていてね。今日は供物を上げることができなかったのが心残りと書いていたんだ」
というと、今度は誰かが、
「いや、それよりも、翌日から誰も上げる人がいないわけですよね? そのことには何も触れていないんですか?」
と聞かれた話し手は、
「うん、触れていないんだ。だが、遺書から察するに、彼は、自分の後継者が、自然と現れるのではないかと確信している節があるんだ。最後に、俺の意志を誰かが継いでくれることを切に願うと書いてあるんだ。意志というのは、彼の場合結構いろいろあるようで、一言では言い表せないようなところがある、ただ、文面からいえば、供物については、かなりの信憑性があるように思えるんだよ。そういう意味で、意識が微妙だといえるのではないかと思うんだよな」
と、話し手も、最後にはカオスになったようで、自分でも何が言いたいのか、整理できないようでいたのだ。
その話を思い出した時、ふと、あさみは、
「デジャブ感」
があった。
「どこかで聞いたような話だよな」
と思った。
そして、それを思った時に感じたのが、
「詩吟やポエム」
に走る気持ちになったことだった。
確かに、小説から足を洗うという気持ちになった時期があったのだが、どういう心境だったのか、少し忘れてしまっていた。
だが、今の自殺をした人の話を聴いた時、
「まるで前に知っていた話」
という感じに思えたのだ。
自分が殺したわけでもないし、殺したりすれば、嫌な気持ちになるはずもないのに、どこかに達成感があった。
「この話、私が昔考えた小説の話だったんだろうか?」
と思った。
その話をどうしたのかということを、すぐには思い出せないのは、この話を聴いてすぐに思い出せなかったのと同じことではないだろうか?
それを思うと、自分の性格を思い出した。
「私は、一人で集中している時は、すぐに話が思いつき、文章だけならどんどん出てきて、あっという間に一つの話を掛ける特徴があった」
ということを思い出すと、
「ただ、質より量ということなので、実際にはうまく描けているわけはないのだが、意外と、自分で思っているよりも、いい出来なのではないか?」
と思うのだった。
だが、この話を考えている時、誰かからちょっかいを出されていたような気がした。
その時付き合っていた男性だったか、とにかくちょっかいを出されてはいたが、発想はどんどん思いつく。だから、自分では書けないと思いながらも、結構進んでいたりしたのだった。
だが、そのせいで、思い出そうとしても、急に思い出せないというのは、トラウマで、切符を買おうと、ひっくり返ってしまった時に陥ったトラウマに似ているような気がして仕方がなかった。
「そういえば、自殺をしてしまう」
というような小説を確かに書いた。この話を聴いた時には、
「どこかで聞いたような」
とは思ったが、最後まで思い出すことはできなかった。
自殺してしまう人がいて、そのパターンがいくつもあるというものだったが、よくよく考えてみると、自分が小説を書いていた時期というのは、この話を聴くずっと前のことだったはず。
基本的に人から聞いたネタを小説にすることのなかった、あさみだったので、
「似たような話を聴いて、小説を書いた」
ということはないはずだ。
だから、この話を聴いたのは、紛れもなくこの時が初めてだったのだ。
つまりは、小説を書いた時、完全に。自分のオリジナルだったというわけである。
それこそ、不気味ではないか?
このようなオカルト的な話を、結構、好んで描いていたのだが、書き始めたのは、ちょうど、この話に類する話を聴いてからだっただろう。
だから、この話を聴いて、どこかに、
「達成感」
を感じたというのは、ほぼ初めてに近い形で、オカルト小説を書くことができた。
と感じたからだったのではないだろうか。
それを思うと。
「小説のネタというのは、意外とすぐ近くに転がっていて、それが河原にある石ころのように、同じように見えていても、石ころから見れば、見つけられているという感覚で、目があったとして、目を合わせないようにしようという無意識に意識というものをするのではないだろうか?」
と感じるのだった。
ただ、その小説を不気味に感じたからであろうか。
「もう小説を諦めよう」
と思ったのかも知れない。
もちろん、
「自費出版社系の会社」
というものの影響があったのだろうということは、否めないだろう。
「この話を自分が書いた」
というのを忘れてしまっていたというのは、一つの理由として思い出せるのは、
「その時、誰かが自分のそばにいて、意識を集中できなかったことで、普段と違う精神状態ができてしまったことで、
「自分の作品ではない」
とでもいうような錯覚を自分の中にもたらし、意識を分散させたのではないかと思うのであった。
しかし、思い出してみると、何とも事実にここまで近い作品であったのかと思うと、恐ろしくもあり、微妙な気持ちになる。だから、小説から詩吟やポエムに走る気持ちになったのだろう。それを、自費出版社系のせいにしたりしたのも、無理もないだろう。
ただ、自費出版社系の会社が悪くないわけではない、あるべくしてなった社会問題。そこにあやかってしまった自分の精神状態だったのだろうが、逆にそれがよかったのかも知れないと思う。
そんなことを考えていると、仕事を任されるようになって、ある意味有頂天だったと思ったあさみだったが、
「あれ? 私何しているのだろう?」
と考えるようになった。
足元がおぼつかず、考えているのは、すべて過去のこと、ふと我に返ると、目の前に広がっているのは、ビルの屋上から見た、階下であった。
目の前に大きな植え込みが見える。
「私は何をしようとしているのだろう?」
と思うと、すぐ隣に数人の人たちが急に現れた。
無意識だったから気づかなかったわけではない。明らかに今までそこには誰もいなかったのだ。
「皆さんは一体?」
と聞いても、ニコニコするだけで答えてくれない。
一人があさみの手を引っ張り、一人が背中を押す。もう一人が……。
そんな状態に後ずさりしようとするができなかった。
「このままだと、転落する」
と思った瞬間、
「ああ、どうせなら、あの植え込みの上だったら、痛くないかも知れない」
と感じた。
身体の力が抜けた瞬間であった。
「権利と義務なんて、ない世界なんだろうな?」
「この人たちも今の私と同じ心境だったに違いない」
と感じると、自分があっちの世界にいってしまったことを感じたのだった……。
( 完 )
飛び降りの心境 森本 晃次 @kakku
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