爆死ごっこ
「――空爆はなおも苛烈を極め、今月に入ってからだけでも、子どもを含む犠牲者の数はすでに百人を超える模様――」
マサシとヤスシは、死んだ子どもです。時の流れから外れた幽霊です。昨日は雪遊びをしていたと思ったら、今日は海水浴というような次第です。季節は無表情に境い目なく移ろいます。彼らには遊び以外のすべてが存在しませんから、暦や曜日や春夏秋冬は関心の
「で、どれを持っていくの?」
「全部だ全部。棚にあるだけ、全部いただいちまうんだよ」
「わかった」
マサシの言うとおりに、ヤスシは棚に置いてある種々雑多な花火をまとめて買い物カゴに入れて、ついでにライターやバーナーもいただき、当然のごとく代金は払わず断りも入れず、ふたりして花火で満杯の買い物カゴを提げて、そのコンビニを後にしました。
「次は?」
「あのホームセンターでも調達しよう」
「わかった」
コンビニよりも、ホームセンターの花火コーナーは充実していました。まさしく百花繚乱です。手持ち花火、線香花火、打ち上げ花火、ロケット花火、噴出花火、ねずみ花火、爆竹花火、などなど、などなど。火遊びの武器庫を前にして、いたずらな幽霊ふたりは思わずはしゃいでしまいます。
「これも、全部?」
「もちろんだよ」
「わかった」
えっちらおっちら、何度も行き来して、マサシとヤスシはホームセンターから花火を運び出しました。もちろん店員たちに幽霊は見えませんから、好きなだけいただいていくまでです。汝、盗むなかれ、という、人間社会における基本的なルールを破っているようですが、なにしろ幽霊には買い物が不可能です。それに、ふたりはすでに死んでいるので、本当はふたりは存在しません。物に触れることはできますが、物の幽霊に触れているようなものです。店員たちの目には、商品が勝手に動いているようには見えません。相変わらず棚に置かれたままです。本当はなにも起きていないのです。だから、盗みも成立しません。ふたりが罪を自覚したなら、ある意味では盗みが成立したともいえるのでしょうが、マサシもヤスシも罪など知ったことではありません。そんなわけで、とっくの昔に死んだ子どもの幽霊ふたりは、つつがなく花火をせしめてしまいました。
あちこちの店から花火を集められるだけ集めて、ふたりは住宅に囲まれた小さな公園のベンチに座り、周りに積み上げた戦利品のようなそれらを惚れ惚れと眺めました。
「で、どうするの?」
「待つんだよ、暗い夜を」
「わかった」
夕暮れの公園のベンチに、ふたりの子どもの幽霊が、夜を待って座っています。子どもにとって、一時間は長いものです。大人の一時間とは雲泥の差です。象に流れる時間と蟻に流れる時間が別物であるように、大人と子どもは違う時間を生きています。でも、すでに死んでいる子どもの幽霊ふたりには、さらに別の時間が流れています。生きた子どもにも社会はあるし、学校とか塾とか門限とか家庭とか、食事とかトイレとか眠気とか、なにより成長する未来があるので、そうそう遊んでばかりもいられません。死んだ子どもは違います。死んだ子どもに未来はありません。死んだ子どもには遊びしかありません。いま、ここ、それだけです。ふたりにとって、一時間は永劫のように長く、一瞬のように短いのですが、待つのは苦痛ではありませんでした。
そうして夜がやってきました。火花が映える、暗い夜です。
「夜だよ、マサシ」
「夜だな、ヤスシ」
「やるの?」
「もちろん!」
昼間から貯め込んだ花火の精鋭たちを、解放するときです。
マサシはロケット花火をいくつも手に持って、住宅の窓に向けて連続で発射しました。ぴゅうっ、という飛んでいく音と、窓に命中したときの、かつん、という音が、茶碗を箸で叩いたときのような、下品で小気味よい響きをもたらしました。ヤスシはねずみ花火をいくつも暴れさせて、ふたりの幽霊は地団駄を踏むように、飛び散る火花と戯れるようなダンスをしました。踊り狂いながらも、次々に点火していきます。幽霊にも皮膚はあり、熱さも感じますが、それはいくらでも無視できる感覚です。ふたりは火を掴み、火を撫でて、火と踊りました。束にした線香花火に火を点けて、それらを口にくわえたまま公園の鉄棒で逆上がりしました。ジャングルジムの内側に敷き詰めるように置いた噴出花火が、一斉に火を噴き上げると、巨大な不死鳥が暴れまわる鳥籠のように壮観でした。
マサシはシャツの内側、袖の内側にロケット花火や噴出花火や線香花火を忍ばせて、次々に点火しました。ぱちぱちぴゅーぴゅー、ぱん、ぱん、ぱん、と、あらんかぎりに騒々しい音を立てて、マサシの胸から腕から足から、とんでもない量の火花が飛び散りました。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 見てみてヤスシ! 人間爆弾! ちぎれるー、バラバラになるー、死んじゃうー!」
「あはははははは! 死んでんじゃんマサシ、もう死んでんじゃん!」
もちろん、ふたりは死んでいました。人っ子ひとりいない静かな公園に、ふたりの子どもの幽霊の火遊びが、街灯の明かりと楽しげな笑い声とともに、だれに見られることもなく、夜をひっそりと輝かせていました。
「――和平交渉は決裂し、再開された空爆によって、子どもを含む犠牲者の数はなおも増加の一途をたどり、争いの終わりへの見通しは依然として暗く――」
ごっこ遊び koumoto @koumoto
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