凍死ごっこ

 雪が降りしきる、寒い日でした。ふたりの幽霊は氷鬼こおりおにをしていました。氷鬼とは、鬼ごっこの一種です。じゃんけんや何かで鬼を決めて、他の子は鬼にタッチされないように逃げまわる。そこまでは鬼ごっこと一緒ですが、普通の鬼ごっこではタッチされると鬼が交代するだけですが、氷鬼は違います。鬼にタッチされると凍ってしまうのです。その場に固まらないといけないのです。鬼ではない他の子がタッチしてくれると、凍りついた状態から解放され、自由を取り戻すというルールがありますが、なにせいまここで遊んでいるのはふたりです。鬼に捕まったら終わりです。解放してくれるだれかはいません。ひたすら凍りついて固まるだけです。鬼はそれを見てほくそ笑んでいます。

 ふたりはもう死んでいて、寒さも時間も気にならない幽霊なので、二日も三日も固まったりしていました。追う鬼も逃げる子も一緒に固まっていました。ふたり仲よく凍りついていました。そうして、雪が降りしきるその日、路上で固まって死んでいる人を見つけたのです。

「おい、この人も固まってるぜ」

 鬼のマサシが、死体を見下ろして言いました。

「低体温症かな?」

 先ほどタッチされたヤスシが、固まるのをやめて言いました。

「雪だるま、作ろうぜ」

「うん、いいよ」

 マサシとヤスシは、死体の隣で雪だるまを作り始めました。もちろん、ふたりは幽霊ですから、本当はこの世に存在していません。雪に触れても、雪は彼らを知りません。世界は彼らを認めません。だから、幽霊たちの作る雪だるまも、いわば雪だるまの幽霊です。だれにも見えません。ふたりだけの雪だるまです。幽霊が生み出した幽霊です。

「雪って、幽霊みたいだなあ」

「なんで? 消えるから?」

「そうだよ、初めからなかったみたいに」

「じゃあ、北国は幽霊だらけだな。なかなか消えないぞ」

「そうか、そういうしぶとい雪もあるのか」

「そうだよ、俺たちみたいに」

 ふたりで協力して雪だるまを作りながら、くだらないことを喋っています。くだらないことしか喋りません。くだらないことしか興味がわかないのです。

「出来た」

 ふたりの背丈より少し小さな、のろまそうな雪だるまが完成しました。

「顔がないね」

「顔、あるじゃねえか」

「そうじゃなくて、眼とか口とか」

「ああ、そっか。面倒くさいな。なんで顔なんてあるんだ? 白紙でいいんじゃねーの? 人間だって、みんなのっぺらぼうで生まれてくればいいのに」

「それだと、泣いたり笑ったりできないからね」

「しょうがねーなあ」

 マサシはごそごそと、隣の死体の懐をまさぐりました。財布が出てきました。中を覗いてみると、紙幣やカードは一枚も入っておらず、小銭が数枚あるだけでした。

「ちょうどいいや。これでどうだ」

 雪だるまの頭部に小銭を嵌めて、眼や鼻や口をさずけて、表情を生み出しました。貨幣で笑う雪だるまです。もしくは泣いているのかもしれません。

「よし。かわいくなったな。こいつをタカシと名づけよう」

「タカシ、すぐ死んじゃうだろうね」

「雪だるまの寿命なんて知るかよ。いまを生きたなら、それでいいだろ」

 ふたりの幽霊はいかにも子どもらしく、自分たちが作ったもののことなんてすぐに忘れて、氷鬼をしながらその場を去ってしまいました。後には死体と、死体に添えられた雪だるまだけです。死体は固まっていますが、子どもの幽霊たちとは違い、氷鬼をしているわけではありません。

 それとも、氷鬼をしている最中なのでしょうか? すべての死体は鬼に追いつかれ、固まって、それでもまたいつか、動き出せるようになるのを待っているのでしょうか? 解放してくれるだれかが、いつか触れてくれるのを?

 だれにも見えない雪だるまの幽霊が、やがて溶け去る地蔵のように、人懐っこい表情のまま、路上の死体の傍らに佇んでいました。

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