焼死ごっこ

 家が焼けていました。二階建ての一軒家です。派手に燃えていました。中から見ると、地獄のようです。

「これが正真正銘の火宅かたくってやつだね」

 燃えさかる部屋の中で、ヤスシが言いました。地蔵のように立ちつくしています。飛び交う火の粉に見とれているようです。

「おい、見てみろよ、これ」

 マサシが炎に手を突っ込みました。おみくじを引くように火炎をまさぐります。存分にあぶった後、手を引っこ抜きました。指先の皮膚が焼け、爛れようと望んでも、一秒ごとに修復されていきます。書き加えた言葉が消されつづける、一語たりとも揺らがない詩のようです。元に戻ろう、なかったことにしようと、世界が躍起になっているかのようです。

 それもそのはず、彼らふたり、マサシとヤスシは幽霊なのです。この世に本当は存在しないのです。存在しないものを燃やすことはできません。燃えてしまうと、存在を認めてしまうからです。火事は彼らを殺せません。とっくの昔に死んでいます。だからここにはだれもいません。だれも火の中に生きてはいません。

「面白えな、俺たちの身体。火と戦ってるぞ。どっちが勝つのかな?」

「そりゃぼくたちだよ。幽霊は燃やせないだろうから」

「そうなのか? じゃあ火葬って、なんのためにやるんだ?」

「死体を燃やすためだよ」

「そうなのか。魂ごと燃やすのかと思ってた」

「魂は燃えないよ」

 家具が燃えて、壁が燃えて、家の皮膚が剥がれていきます。煙は充満し、視界は悪く、きらめく火の粉にヤスシは見とれ、焼けない身体にマサシが驚嘆し、無邪気な子どもである火事場幽霊は、きょうも元気です。

「じゃあ、さっきの寝てた人も、魂は燃えてないのかな?」

「どうなんだろう。知らないけど。生前に燃えたことはないからね。魂も少しばかり焦げちゃったかもね。ああ、でも、あの人も焼けたのは死後かな」

「そーなの? めっちゃ燃えてたけど」

「火事で死ぬ人って、一酸化炭素中毒が多いんだって。だから、炎と同じくらい、この煙だっておそろしいんだよ」

「へー。そりゃ怖い。幽霊よりも怖い。イッサンカタンソ。イッサンカタンソ、イッサンカタンソ。なんだかかわいいな。イッサンカタンソさんは、俺たちは殺さないのかな」

「まあ、死んでるし。そもそもぼくたち、息とか吸えているのかな?」

「なーんだ、じゃあやっぱり、俺は煙より火の方が好きだな」

 マサシはそう言って燃える絨毯にくるまりました。全身があぶられて、痛みにくすぐられたようにマサシは笑いました。

「ぼくたちは煙みたいだけどね」

 ヤスシは燃えさかる本棚を眺めました。小説が燃えて、詩集が燃えて、漫画が燃えて、アルバムが燃えて、アルバムのなかの写真が燃えて、記憶をめくっていただれかが燃えて、家に宿っていた思い出が消えていきます。

 家が焼け崩れて死に絶えるまで、ふたりの幽霊は遊んでいました。

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