餓死ごっこ

 アパートの一室に、痩せこけた子どもの死体が横たわっていました。その周りには、垂れ流されたうんちやおしっこが、床にこびりついて乾いていました。食べ尽くした後の、空っぽになったお菓子の袋なども、ちらほらと夢の跡のように落ちていました。

「この子、餓死うえじにしたのかな」

「そうみたいだね」

 その子どもの死体の両隣に、ふたりの子どもの幽霊が、死体を真似るように横たわっていました。マサシとヤスシ。ふたりもとっくに死んでいますが、ふたりの死体はもうありません。いまではないいつか、ここではないどこかで、荼毘だびに付されて灰になりました。なので、そこにいるのは、ひとりの餓死した子どもの死体だけで、本当はふたりはこの世にいません。存在しない幽霊ふたりが、厳然と存在する死体の傍らで、遊び半分に寝転がっているだけです。

 幽霊なので、うんちやおしっこがこびりついた床に寝転ぶのも、子どもの死体のえた臭いも、気になりません。死体には死臭がありますが、幽霊に死臭はないようです。といっても、鼻は利くのですが、だからといってどうということもありません。

「親は、どこに行ったんだろうね」

「さあ。どこか、遠くなんじゃねーの。もしかしたら、親も死んでたりして」

「それか、どこかで遊んでいるのかな」

「あはは、そうかも」

 ヤスシは死体の頬を撫でてみました。冷たい、ものとしての感触。湿ったような触れ心地もありました。涙の跡のようにも思えましたが、それはきっと勘違いでしょう。

「この子、生まれない方がよかったのかな?」

「さあ。俺たちが決めることでもないし」

「じゃあ、だれが決めるの?」

「知らねーけど。この子じゃねーの?」

「うーん、もう死んでるしなあ」

「俺たちも死んでるしなあ」

「決める必要もないか」

「そりゃそうだろ、みんなもう死んでるわけだし」

「本当だねえ」

「死んでるねえ」

「まったくだねえ」

 ふたりの幽霊は、死体を挟んでくすくす笑いました。

「この子の魂はどこに行ったのかな?」

「さあ。消えたのか、あの世にいったのか、その辺にいるのか」

「いるとしても、見えないねえ」

「見えないなあ。霊感ある人、マジで尊敬するよ。幽霊なんて、ほとんど見たことないもん」

「あの世って、どこにあるんだろう?」

「知らねーけど。ていうか、あるの?」

「わかんない」

「俺もわかんねー」

「一緒に遊べたらよかったのにね」

「まあ、気が合うようなやつだったらな」

 マサシはその生涯をねぎらうように、死体の肩をぽんぽんと叩きました。

「ぼくたちは、いつ消えるんだろう?」

「さあ。百年後じゃねーの」

「百年後かあ」

「百年も経てば、腹も減るかな?」

「お腹、まったく減らないからねえ」

「こいつも、まだいるかどうか知らねーけど、もう食わなくていいわけだ」

「そうだね、もう食べなくていいわけだね」

「幸せだなあ」

「幸せだねえ」

 だれからも看取られず、保護されず、ひとりぼっちで餓死うえじにした子どもの死体に、とっくに死んでこの世に存在しなくなったふたりの幽霊が、拙い手跡しゅせきの川の字のように、見守るように添い寝していました。

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