スノードーム・スネグーラチカ

こたろー

クリスマスソング

12月24日 20時42分。


私は日本最高峰のイルミネーションを楽しめる観光スポットで、屋台のアルバイトをしている。


揚げたてのコロッケを紙で包んで、手渡す作業を数時間繰り返す。

クリスマスイブともなると、お客さんはカップルばかり。


私は、現在進行形の片思い。

 

私が好いている同じクラスのあの子は、バスケ部のキャプテンで室長で、成績も良い。


タイムカードを押す前に、やっとの思いでDMを送った。


『数学の冬休みの宿題の範囲ってどこまでかわかる?』


本当は範囲を知っている。

仮に知らなかったとしても、女の子の友達に聞けば良い。


でも、形式的な業務連絡でも良いから、話したかった。


”なんで俺に聞くんだろう?”


って、疑問符が付いてても良いから私を意識してほしい。


もしあの子に彼女が居たら、きっと今日は返信が返ってこない。



今の時間でも、カップルたちの数は減らない。


「コロッケ二つ」

お客さんが注文をした。


またカップルだ。


お揃いのマフラーをしてる。


「600円になります」


「600円丁度お預かりいたします」


コロッケ二つをトングで取り、紙で包む。


「お熱いのでお気をつけください」


「ありがとうございます」


かすみちゃん、時間だよ」

厨房でコロッケを揚げていたパートさんがそう言った。


車内の時計を見ると、時計の針は9時過ぎを示している。


「はい」


「クリスマスくらい、ゆっくり休みなよ。年末年始もシフトはいってるんだから」


パートさんは作業をしながら優しく語りかけてくれる。


「はい、長谷川さん。ありがとうございます」


「うん。お疲れ様」


「お疲れ様です」



私はキッチンカーの裏口から出た。


車内は少し暑かったが、外に出るとその寒さを再確認できる。



暑い内側と寒い外側の温度差で繊細になった肌に、白い化粧が空から舞い落ちた。


私の頬に触れたそれは、反応していくリトマス紙みたいにじんわりと、溶けた。


雪が降って来た。


雪が降って来ても、今の私には関係ない。


ひっくり返したスノードームを眺める時みたいに、時間の進みが少し遅くなったきがする。


手を繋いで歩くカップルの邪魔にならないように、身を小さくしながら従業員通路を目指す。



視界の隅にイルミネーションが見える。

シフトに入る日にはどうせ見れるものだ。


いつも見てる景色なのに、恋が実っている訳でもない私の瞳でも綺麗に見える。


息を吐くと、視界がぼわっと少し白く霞む。


袖振り合う人たちの顔は、寒さが入る余地が無いくらいに、幸せで飽和してる。


みんな、寒いとか冷たいとか感じている暇は無いんだ。

相手の心の温度を感じるので精一杯だから。

満たされて膨れた胸は締め付けられない。



私の心には余裕がまだ残ってるから、こうやって何かに締め付けられるんだ。


従業員専用通路を通り抜け、更衣室に着いた。


あの子から返信が来ていたら、私の胸を締め付ける孤独なにかが解れる気がする。


点描をなぞって文字を読むような、崩れてしまいそうな繊細さで。


私は連絡を確認する前に着替えて、心を落ち着かせる。


携帯を手に取って、SNSを開いた。



あの子から連絡は来ていなかった。


今まで私の心を縛っていたものが、もう一度私を強く傷つける。


そうだよね。クリスマスだもん。



クリスマスだから。



クリスマス。



クリスマスでも、頑張って働いた私にくらい、プレゼントがあって欲しかった。


今日イルミネーションを見に来て、コロッケを食べた人たちは、みんな幸せになったんだろうな。



幸せを感じる人々の、誰の心に残ることも無い私は、聖夜に音楽を流すオルゴールのネジくらい些細なものだ。


多分、そんなものは、あってもなくても変わらない。


聖夜に音楽が流れてようが、流れていなかろうが、彼らは二人で音楽を歌えるんだから。



私は荷物をまとめて更衣室を後にした、


バスの定期を持って、バス停に向かう。


手袋、持ってくれば良かったな。


繋ぎたい手も無いんだし。


私は両手を上着のポケットに入れた。


その瞬間、右側のポケットに入っていたスマホが振動した。


私はスマホを取り出して画面を見る。



ひかるからメッセージが来ています。


『p42~p55だよ!』


『クリスマスくらい勉強から離れてもええんやで!』


『メリクリ~!!』





私のスノードームは今、ひっくり返されたみたい。










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スノードーム・スネグーラチカ こたろー @rotaro-24

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