おわり

地獄。

生前に罪を犯した者が死後に落とされる、この世で最も辛く、恐ろしい監獄。


多くの人々は、悪人が…

世間で悪とされる行いをした者が、地獄へ堕ちると信じている。

しかし、それは間違っている。

ここへ来る者は、何もそのような悪人ばかりではない。




真司は、死後に有罪判決を受けた。

多くの人間を殺めた大罪人として。



真司は、それに不平不満は言わなかった。



真司が堕とされたのは、辛い場所だった。

何もなく、とても寂しく、寒く、果てしない闇の世界。

生前に聞いていたものとは大きく違う光景だったが、なぜかすんなりと理解できた。

これが本当の『地獄』なのだと。



そして、そこには懐かしい顔もあった。


「あれ、真司じゃん」


「…莉愛!」


「久しぶりー。あんたも、こっちに来たんだね」

莉愛は、かつての若々しく、美しい姿のままだった。


その手には、一冊の官能小説が。

…忘れるはずもない。

あの日の前日、読みたいと言われた本だ。

あの後、梨愛の遺骨とともに埋めた本だ。


「ねえ、これあんたがよこしたやつでしょ?

おかげでこっちでも暇しないで済んだよ。

ありがとね」


かつてと同じように、明るい笑顔を浮かべる莉愛。

彼女に、真司は震え声で言った。

「莉愛…」


「ん?どうしたの?」


「お前は…俺を…」


「ん?」


「俺を…おれを…」

真司は、言い終わる前に目頭を熱くした。


「な、何?いきなり泣かれても困るんだけど」


「っ…お前は…俺を、憎んでるよな?」


「…」

莉愛は、残念そうな顔をした。

「…憎むと思う?」


「…?そんな…だって、俺はお前を…」


「憎む訳ないよ。…むしろ、あんたこそ私を憎んでるんじゃないかって思ってた」


「…え?」


「あんたが、人を殺した…罪を犯したのは、私のせいだもん。

死刑になるような事をしたのは、私なのに。

全部、私が悪いのに」


「…そんな、ことは…」


そんな真司の顔を覗き込み、莉愛はまた笑った。


「あんたさ、私とおんなじなんじゃない?」


「どういう…ことだ」


「あんたは、どこかで道を間違えたんだよ。

本当は、別のことをやるべき人間だったの。

刑務官なんて…ましてや死刑執行人になんて、ならないほうが良かったんだよ」


「なんで…そう思う」


「だってさ…あんたは…」

莉愛は、一度難しい顔になり、そしてまた、優しい顔になって言った。

「あんたは、すごく、すごく…優しい人間だもの」


「!」

その言葉を聞いて、真司は顔を歪め、一層声を震わせた。


「優、しい…?そんな…そんな訳ない!

だって…俺はお前を…お前を…!!」


莉愛は、嗚咽する真司の肩に手を置いた。


「…ありがとうね」


「…?」

顔をくしゃくしゃにする真司に、莉愛は言った。


「ありがとう…私の事で、泣いてくれて。

私、ずっと一人ぼっちだったんだ。

だから…私の事を気にしてくれて、私と向き合ってくれる人がいる事が、すごく嬉しかった。

しかもあんたは、今こうして私の事で泣いてくれた。本当…こんな幸せな事ってないよ」


真司は、さらに泣きじゃくった。


「んわ、いきなりそんな大声上げないでよ。びっくりするじゃん。

あ、そうそう。この際言うけどさ、私…自分の最期にはあんたにいてほしかったんだ」


「うっ…それは…なんで…?」


「言ってなかったね…私、あんたが好き。

だって、私の人生で、あんたほど私を大事にしてくれた奴はいないもの」


「お前には…家族はいないのか?」


「…あ、これも言ってなかったか。私は家族に捨てられたの。

だから、なおさらあんたが好き。

…互いにバカだよねえ、私達。

私は、あんな事さえしてなければ…もっと、自分を認めていれば…幸せに生きれたかもしれないのに。

あんたは、刑務官になんかならなければ、私なんかに出会うこともなかったのに。

でも…これもまた、運命だったのかもね」


真司は、梨愛の目を真っ直ぐに見た。


「改めて、ありがとう。

私の最期にあんたがいてくれた事が、私の人生の最後で、最大の幸運だった。

あんたの事…大好きだよ」


莉愛は、眩しいくらいの笑顔で、泣いていた。

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そして、桜の花は散る 白水カトラ @toukousya

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