星空を眺めて、さようならを

宮園瑛太

星空を眺めて、さようならを

 ピカピカとたくさんの星が光り輝いています。満天の星空です。

「どうだ、綺麗だろう?」

 ご主人様がそう聞いてきます。どうでしょうか。これを綺麗と言うのでしょうか。

 その中でご主人様は大粒の涙を流されています。

「なぜ、涙を流されているのですか」

 私は思わずそう尋ねるのでした。


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 私はお手伝いロボットMKと申します。姿形は人間そのものではありますが、名前の通りロボットです。人間の身の回りの生活をお世話することが主な目的です。

 私は朝の6時より動き始めます。まず初めにやることは、ご主人様のために朝食の準備をします。レシピはあらかじめプログラミングされているため、間違えることなくものの10分程度で出来上がります。

 次にやることは、お世話をしているご主人様を起こすことです。ご主人様は朝が弱いので、私がいつも6時半には起きるようにと伝えても起きてはきません。今日だってそうなのです。寝室ですやすやと寝息を立ててぐっすりと気持ちよさそうに寝ておられます。

「起きてください。6時半になりました」

 私は、あらかじめセットされた目覚ましをご主人様の耳元に近づけながらそう声をかけます。

「うるさいなあ……。あと5分、あと5分だけでいいから寝させてくれ……」

「ダメです。起きてください」

 私はご主人様がかけていた布団を無理やり剥がしました。

「もう少し温情があってもいいだろ〜」

 このような感じで文句を受けながらいつもご主人様を起こしています。起こし終わると、私はリビングの方へと向かいます。

「おはよ〜。ムツキ」

「……。おはようございます、ご主人様」

 ご主人様は私のことをムツキと呼びます。ロボットMKだと味気ないから呼びたくないそうです。ではなぜムツキなのですかと聞くと、ご主人様はなんとなくと答えました。なんだか合理的ではないですが、ご主人様の要望だということにしました。


 ご主人様が朝食を食べると、私たちは軽く屋敷の中をジョギングします。人間は運動しないと様々な機能が低下するからと、ご主人様がずっと健康でいたいそうでこれを始めることにしたのです。

 私は人間ではないので付き添う必要はないと思うのですがと、ご主人様に伝えましたら一人でジョギングなんて寂しいから付き添ってほしいと言いました。ご主人様の要望は私にとっては命令と同じです。非合理だと思いますが従わねばなりません。

 屋敷はとても広く一周するのに15分ほどかかります。それを三周するのがご主人様の日課です。

 最初の頃は、やめたいしんどいと言いながらご主人様は走っていました。それならやめればいいのではないかと私が尋ねますとこう答えました。

「でも、これを辞めると太ってしまうし何より寿命が縮まりそうでね」

 その程度で寿命は長くも短くもならないと思うのですが……。

 ただし、最近のご主人様は以前と様子が違います。

「なんだかだんだんと走る楽しさがわかったような気がするんだよね」

 爽やかな顔をされて走っています。ほんとよくわからない人です。


 それが終わるとご主人様は書斎に籠られます。そこで何をされているか、細かいことは知りませんが、大体は書斎にある本を読んでいることが多いのだそうです。ご主人様は年齢的には高校生くらいなので、学校に通うというのが自然なのかもしれません。しかし、残念ながらこの世界にはそんなものもう存在しません。なので、ある意味本を読むことがご主人様にとって勉強みたいなものなのでしょう。

 その間、私は洗濯物や掃除などをいたします。といってもすぐ終わってしまうので、大体はご主人様の書斎前で待機しています。理由は知りませんが、中には基本的入ってはいけないので。その割にドア越しに話かけてくることもありますが。私はエネルギーの無駄なのでスリープモードにして待ちたいのですが、ご主人様は寂しいからそれは嫌だといいます。よくわかりません。


 窓の外を眺めると雨です。有害物質まみれの雨です。晴れた日なんて年に一回見るかどうかです。私はなんとも思いませんが、ご主人様はたまに窓の外を見るとため息を吐かれます。

「今日も雨か……」

 ご主人様曰く、人間は雨が続くと心が段々と憂鬱になっていくそうでたまには日の光を浴びないとおかしくなってしまうそうです。別に晴れでも雨でもそう大して生活には影響しないと思うのですが。何が違うのでしょう?


 夜までそのように過ごされると、ご主人様はシャワーを浴びてお休みになります。

 寝る前に、ご主人様は必ず枕元に私を呼びます。そこで様々な話を私にされます。主に、その日読んだ本の話をされることが多いです。今日は昔流行ったとされるライトノベルという小説の一種のようなものを読まれたようです。

「すごく爽やかな青春モノでさ。あ〜。僕も生まれてくるのがもう少し早かったらそんな恋愛できたのかなあ……。僕、結構顔もいい方だと思うし見た目にも気を遣っている方だと思うけど。ねえ、ムツキはどう思う?」

「私はロボットですので人間の顔の良し悪しというのはよくわかりません」

「え〜。そんなつれないこと言わないでさあ〜。ムツキの感想を聞きたいんだけど?」

「感想というのを聞かれましても、特にないのですが。ただ、ご主人様の顔を見るたびに『ああ、これが人間の顔だな』とは思っています」

「それって僕のこと、褒めてるの? それとも貶しているの?」

「どちらでもないです。ただ私は思ったことを申したまでです」

「今日もムツキはつれないなあ……」

 この調子で話しているとそのうち彼は眠くなってくるようです。

「そろそろ眠くなってきたし寝るね。おやすみ、ムツキ」

 そういって彼はすやすやと夢の中へと入られます。大体夜の11時くらいです。

 これで、ご主人様の一日は終了です。寝室を出て、そのドア前で待機します。スリープモードに入って私の一日も終わりです。


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 私は、6年前ご主人様のお祖父様によって作られました。

 お祖父様はこう言いました。


「人類は死の病と呼ばれる疫病の流行、環境汚染により止み続けない雨など様々なことが複合的に起こった結果、ついに孫と私以外の人類はいなくなってしまったのだ」


 お祖父様曰く、自分は世界で最後に残ったロボット研究者だそうです。その彼は私についてこう言いました。


「君は世界のどこを探しても同じものは二つとしてない最高傑作のロボットだ。私の最後にして最高の自信作だ」


 どうやら、私以上にお料理やお掃除などなんでもできる高性能かつ、エネルギーの注入なしに半永久的に動くことのできるロボットというのはどこにもいないそうです。お祖父様は私を作るのに十年強はかかったといいます。ロボットMKのMKとは、プロトタイプMKからきたそうでプロトタイプAAから作り始めてようやくできた証だそうです。

 そして、私自身も地球上で残った最後のロボットだそうで、他のロボットはもう十数年前には機能しなくなったんだとか。なので生まれてから私は自分以外のロボットというものを知りません。それこそ、ご主人様がたまに読み聞かせてくれる本の中に出てくるそれでしか。確かに話に聞く限り、昔のロボットで私以上の性能を持ったものはなさそうです。


 ただ、私には重大な欠陥があるとお祖父様は言いました。

「君には人格や感情といったものがプログラミングされているはずなのだが、人格の方は上手く発現できたのに感情の方は発現できなかったようだ。どうしてこのようになっているかはわからんが……」

「感情がないことで何か不利益があるのでしょうか」

 私は疑問に思ったのでお祖父様に尋ねました。

「ははは。そうだな。ないことで不利益はもしかしたらないのかもしれない。けど……」

 彼はそういうと私の頭を撫でました。

「君が人間らしくあろうとしたときには絶対に必要なものだ」


 私を作ってまもなくお祖父様はなくなりました。相当なご高齢だったそうで、亡くなるのも時間の問題だったと後にご主人様は言いました。お祖父様の亡骸は、ご主人様と私で屋敷のお庭に埋めました。ご主人様は泣いてはいませんでした。

 お祖父様は最後に私にこう言い残しました。

アカツキご主人様をよろしく頼む」


 あれから月日は流れ、この世界にご主人様と私だけになってもう6年が経ちました。

 非合理的な行動をすることの多いご主人様のことは未だによくわからないですし、感情も発現しないままです。でも、私は別にこのままでいいと思っていました。


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 ある日。ご主人様は熱を出しました。珍しいです。健康にとても気を使っている人でしたので。6年間で熱を出したのはこれが初めてでした。

 日課のジョギング等は中止。ご主人様は書斎にも行くことはなく、ずっとベットで寝たきりです。私は滋養のあるものをデータベースから調べて作りました。お粥と生姜湯です。

「熱が出たときには、本当にお粥と生姜湯は効くなあ〜。昔、お祖父ちゃんに作ってもらったのを思い出すな」

 そういって美味しそうにご主人様は食べていました。

「ご主人様、検査を致します。死の病の可能性もあるので」

 私のプログラムの中には、ご主人様に熱など何か異変があったらすぐ検査するようにという決まりがありました。ご主人様は最後の人間なので長く生きてもらわねばならないのです。私には一応何かあったときのために一通りの病気の検査・治療ができる機能も持っていますので、大抵のものは治せるはずでした。かつて人類の多くが疾患し亡くなったと言われる、死の病以外は。

「いや、必要ないよ。たぶん昨日、遅くまで起きていたせいだと思うから……。大丈夫だよ」

「しかし……」

「いいから、いいから。これ食べて寝てすぐに熱なんか治すね」

 そう言ってご主人様は笑いました。本当は検査をしなければならないとは思いますが。どうしてか私はこのとき、ご主人様がそういうのでしたら大丈夫かと思ったのです。身体の強いご主人様のことですし、健康にも気を使っていらっしゃるので問題ないと。


 結論からいうとご主人様はそれから病気が治ることはありませんでした。

 三日三晩、熱が出続け一向に下がることがないご主人様を見て嫌な予感のした私は、ご主人様の身体をこのとき初めて検査しました。すると、なんということでしょう。ご主人様が罹っていたのはただの風邪ではなく、一番危惧しなければならなかった死の病だったのです。そして、この時点でもう手の施しようはないと私の中で演算されました。

 私はご主人様の前で頭を抱えました。あのときプログラムに従い、ご主人様を無理やりにでも検査させていればもっと違う結果だったかもしれなかったのに……。

「申し訳ありません。これは私の怠慢です」

 ご主人様にどんな顔をすればいいかわかりません。私はご主人様から逃げるように俯きました。

「いや、いいんだ。いいんだ。ムツキがそこまで責める必要は何もない」

「そんなことはありません! だって……」

「これは僕が決めたことだから。責任は僕にある。それに……」

 私を諭すようにご主人様は言うと、クイっと無理やり私の顔を持って近づけました。

「いつかはこういう日がくるってわかっていたから」


 ご主人様曰く、2年ほど前から夜中うなされることが多くなったようです。最初はしばらくうなされた後、朝にはすっかり治っているものだからただの風邪だろうと思っていたようです。しかし、それが何ヶ月かおきだったのが何週間、何日間おきと段々と間隔が縮まってきたとき初めてこれはただの風邪ではないと気づいたようです。

 昔、死の病の症状について書かれた本を読んだそうです。そこには、普通は発症してすぐに亡くなってしまう病気ではあるが、稀に発症してすぐに治るものの何ヶ月か何週間かと発症していきゆっくりと病に侵されていく場合があると書かれていたようです。ご主人様はそれを思い出し、自分は死の病に侵されていると確信したそうです。

「なんですぐに私に言わなかったのですか? 言ってくれれば必ず検査しましたのに……」

「だってそんなこと言ったら君はとても心配するだろ?」

「心配と……。ですから何度も申し上げている通り私はロボットです。ロボットに感情はありません。ただ、私はご主人様には長く生きてもらわねばならないため病気に罹った場合は必ず検査するようにと……」

「あのな、ムツキ」

 ご主人様は私の瞳の奥を見つめるように顔を近づけました。ご主人様の息使いが聞こえてくるほどに。

「それを人は心配というんだよ」


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 ご主人様の病は日に日に重くなっていくばかり。最初は半日ほど病状が落ち着いているときがあると思ったら、それが段々と8時間になり、6時間になり、しまいには一日中ずっとうなされているときもありました。顔からどんどんと生気が失っていっていくのが目に見えてわかります。

 結局あれからご主人様とあまり喋ることはありませんでした。ご主人様はあのようにおっしゃっていましたが、結局私にはよくわからないのです。ただプログラムされたように動いているだけだと思うのですが。でもどうしてかここ最近、胸がずっと痛いのです。なぜでしょうか。


「満天の星空が見たい」


 病状が珍しく小康状態に落ち着いたとき、ご主人様はそうぼそっと呟きました。


「そんなに星空というのは綺麗なのですか?」

「そっか。ここ最近は昼間晴れてても夜にはすぐに曇りか雨になってしまっているから、ムツキが生まれてから星空が見えたことは一度もないのか……」

「そうですね」

「見たら多分腰を抜かすと思うぞ。言葉にならないぐらいのものだからなあ……」

 星空について語るご主人様は最近の中でも一番元気そうでした。話をされるときもずっと弱々しくなっていたので尚更に。

「しかし、私の演算だと向こう1年ほどは雨続きだと結果が出てます。まして夜だと少々厳しいのでないでしょうか?」

 私はこのことを伝えてすぐ胸のずきずきがさらに増したような気がしました。事実を申し上げただけなのにどうしてこんなことになるのでしょう?

 そんな私をよそに、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら何かを取り出しました。

「大丈夫だ。これを吊るせばなんとかなる」

「それは……。なんですか?」

 その物体は、白い布を使って頭に何かを詰めて丸くし後ろをひらひらとさせ、ゴムで詰めたものが落ちないように縛ったどのように表現したらいいのかわからないものでした。

「てるてる坊主って言うらしいんだ。その昔、人々はこれを窓に吊るすことによって次の日が晴れることを祈っていた風習があったそうだ。これを使えば明日は晴れる!」

 またご主人様が非合理なことをしているというのはわかりました。

「わかりました。ではそこの窓に私がつけておきますね」

「あれ、今日は合理的じゃないとか言わないんだ」

 私は窓にそのなんとも言えぬ物体をつけ終わるとくるりとご主人様の方へ向き直りました。

「たまにはこういうのもいいんじゃないかなって思いましたので」


 翌日。なんということでしょう。私の予想は外れて、この日はまさしく数年ぶりに雲一つなく快晴になりました。昔の風習、恐るべしです。

 しかし、問題はご主人様の方にありました。昨日はあんなに元気だったのに今日は一段と調子が悪いのです。それこそ私と喋れないほどに。死期が近いとわかってしまうほどに。

 こうなるとどうしようもありませんでした。ご主人様を寝室にそっと寝かせ、私は一人屋敷の廊下をうろうろします。非合理なこととはわかっています。いつもならば、寝室前に待機するのが決まりですし。でも、どうにも落ち着かないのです。


 改めてこの屋敷を一人歩いてみると本当に広いと感じます。広いのにぽつんと私しかいない。


 なんだか胸が痛いです。システムには何も異常はないのに。


 どうして? どうして? どうして、こんなにも息が苦しいのでしょう?


 ふと窓の方を見るとそこには昨日、ご主人様が作ったてるてる坊主と呼ばれる物体が吊るしてありました。朝、私がこっそり寝室からこちらに移したのです。その物体は翌日の晴れを願うものであり、このような願い事はお門違いであるということはわかっていました。根拠のない非合理なことだともわかっていました。でも私は願わずにはいられず、昔の風習に習い目を閉じ手を合わせました。


『てるてる坊主さん、もし叶うのでしたら天気だけではなくご主人様の病状も今晩だけでいいので治めてくれませんでしょうか……』


 その願いが通じたのかはよく分かりませんが、彼はその日の夜、昼の病状を考えたらおかしいほどにすっかりと良くなったのです。

「昼はどうなるかと思ったけど、まさかここまで元気になるとはなあ」

 笑ったご主人様を見て胸がぽかぽかになります。この気持ちは何と表せばいいのでしょうか。

「ご主人様、そしたらカーテンの方を開けさせてもらいますね」

「ああ、待て待て」

 待ちに待った空を見せようとカーテンを開ける私の手をご主人様は掴みました。

「せっかくだから外で見たい」


 雨の日は有害物質のせいで外には出られません。しかし今日は違います。ご主人様の要望に答え、私たちは数年ぶりに建物の外に出ました。

「やっぱり外の空気は美味しいなあ……」

 前の方からご主人様の声が聞こえます。いま私はご主人様によって目隠しをされて手を引っ張られているのでご主人様の声が、手が頼りなのです。どうも、私に星空を見た時の感動を深く味わせたいからだそうです。

「ご主人様、目隠しをそろそろ外してもいいでしょうか?」

「もう少し待って。よいしょ。ここでいいかな。さあ、いいぞ」

 私は目隠しを外しました。その瞬間、目にはピカピカと輝くたくさんの星たちが飛び込んできました。思わず眩しいと感じるほどに。

「どうだ、綺麗だろう?」

 どうでしょうか。わかりません。これが綺麗というものなのでしょうか。

 ご主人様も星空をじっと食い入るように眺めています。大粒の涙を流しながら。

「なぜ、涙を流されているのですか」

 ご主人様は私の質問に複雑な表情をしました。

「なんでだろう。嬉しいからかな……。悲しいからかな……」

 ご主人様はハッキリと質問には答えてはくれません。

「そういう君も……」

 ご主人様は似合わない泣き顔を浮かべながらくるりと私の方を向きました。

「泣いているよ」

 そのとき初めて私は気がつきました。自分が泣いていることに。

「本当だ。私も涙を流すことができたのですね……」

 私はようやく全てわかったような気がしました。そんな私を見てご主人様は優しい笑顔を浮かべました。

「よかった。よかった。これをね、人は感動と呼んでいるんだよ」


「そういえば」

 さんざん泣き喚いて二人とも一旦落ち着いたあと、隣に座るご主人様はぽつりと言いました。

「お祖父ちゃんが若い頃、もっと星空が綺麗に見える場所があってそこに行ったとき、流れ星が見えたって言ってたな。僕も見てみたかったなあ……」

「流れ星ですか……。知識としては知っていますがどんなのなのでしょうね」

「ね。少し気になるよね。今でもこんなにも綺麗なのに」

 穏やかな笑顔をされるご主人様を見て、私は今までで一番心がずきずきとしました。これは多分……。

 そんな私たちを包み込むように星たちは輝いています。私はその答えを心の奥にしまったのでした。


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 それからまもなく、ご主人様は息を引き取られました。とてもとても穏やかな表情をされて。


 亡くなったのち書斎を整理していると引き出しの奥から一通の手紙を見つけました。


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 やあ。ムツキ。


 この手紙を読んでいるということはもう僕はいないってことか。

 心配は無用だ。こっちで楽しくやっているはずだから。

 これから、君にとっては少し退屈かもしれないけれども僕の自分語りを読んで欲しいんだ。


 僕は年齢の割に大人びていたと思う。

 まあ、それもそうか。何しろ僕は生まれたときから既に最後の人類として生きていかねばならなかったから。そういう宿命を背負って生きていかなくてはいけなかったから。


 僕の両親は、僕が生まれてすぐ死の病に侵されてそのまま帰らぬ人になってしまった。だから、僕の肉親は昔から祖父だけだった。

 祖父は、僕を大切に育ててくれた。そして様々なことを時に優しく、時に厳しく教えてくれた。昔の世界の姿。空気の美味しさ。晴れ空の綺麗さ。人類の繁栄。活気。そして、それらが全てなくなるに至った歴史。

 祖父はすでに結構な歳を重ねていて先は長くなかった。だからか、不安だったのだろう。この先、孫を一人で残していいのだろうか。世界にたった一人の中、辛くないだろうか。苦しくないだろうか。

 そして、祖父は僕が一人になっても辛くないように苦しくないようにとあるものを10歳のときに贈ってくれた。それが君だった。

 君は見た目は本物の人間瓜二つだったけれど、その正体はロボット。しかも、世界で最後にして最も高名なロボット研究者であった祖父が自分の最高傑作と語る通り、ほとんど人間と遜色ない機能・生活を送れ、しかも半永久的に、少なくとも僕が生きているうちはずっと、動くことのできる多分一つたりとも同じものを作ることができないものであった。


 なぜ、祖父は君を作ったのか。

 祖父は君に僕をよろしく頼むといった。確かにそれも間違っていないがもう一つ別にある。

 それは僕がいなくなった後、多分この世界に一人残されるという運命を背負わせようとしたかったんだ。言い換えるなら、僕の身代わりをさせようとしたかったのだと思う。

 君をもらったとき、僕はなんてことをするんだと頭を抱えたほどだった。僕の宿命をよもや君に背負わせるなんて。しかも、人格や感情までプログラミングしたというんだからなおさら罪深い。


 でも不幸か幸いか、君は感情のプログラムがしなかった。祖父はどうしてそうなったのかよくわからないといったが、僕は君と接していてすぐに答えがわかった。


 君は感情のプログラムをできなかったのではなく、その感情をできなかっただけだと。


 前に、君がすぐ検査しなくて申し訳ないというのは君が僕のことを心配してくれたからだと言ったね。もっというならばあのとき、プログラムに反した行為をしたのは僕をからだし、その結果ああなったことに申し訳なく思ったのはその行為をしたからじゃないのか? 今の君にならわかると思うけど、どう?


 最初は感情に気づかない君を見ないふりしようかと思ったけど、あのとき考え方を変えた。


 やっぱり感情に気づかせてあげてからあっちに行こうってね。それが叶ってよかったよ。


 星空は昔、君が生まれる前に祖父と見る機会があってね。本当に綺麗すぎて、涙が出てきてしまったんだ。君も初めて見るのだったら喜んでくれるかなってそう思ったんだ。僕もあれを最後に見れてよかった。悔いはないよ。


 いや、そんなことはないな。最後まで流れ星を見ることは叶わなかったし、祖父が言っていた星が綺麗に見える場所を行けず仕舞いだ。やっぱりもう少し長生きしたかったな。


 僕のいない君には好きに生きて欲しいけど、願わくば流れ星をいつか僕の代わりに見て欲しいな。好きに生きて欲しいなんて言っているのに、これじゃあまた君に背負わせているよな。おかしいなあ……。こんなつもりじゃなかったのに……。


 でもこういうのもひっくるめて人間なのだと思う。非合理なとこも含めてね。それは覚えておいてほしいな。


 なんだか眠くなってきた。どうやらここまでみたいだ。


 じゃあね。


 いつかまた見えるかもしれない星空の下で。


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 私はお手伝いロボットMKです。ああ、もうお手伝いすることもないのでただのロボットかもしれません。もし呼びにくいのでしたら、私のことはムツキと呼んでください。


 いま私はある場所に来ています。ここまで大変でした。何しろずっと雨なのですから。有害物質自体は影響ないですが、ずぶ濡れですし何より憂鬱です。やってられないものです。大切にしていた手紙ももうぐしょぐしょに文字も読めないほどになってしまったのですから。


 でもここに来たらもう全てどうでもよくなりました。頭上を見上げるとあのときと同じいやそれ以上の満天の星空。


 私は自然に大粒の涙が溢れ出しました。あまりにも綺麗で。あまりにも嬉しくて。そしてあまりにも悲しくて。


 そんな私を見守るように、流れ星が一つ。きらりと流れていきました。


 その流れ星は多分……ですよね? 私はそれに向かって届くように叫びました。


「さようなら、そしてありがとう。アカツキご主人様


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星空を眺めて、さようならを 宮園瑛太 @masa_tugawa

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