第5話:決意と覚悟

暫くザーフィラと話し込んでいたが、魔女様はまだ動く気配が無かった。

太陽は東の空を緩やかに上ってゆく。

まだ昼には届かないが、夜の気配は遠く肌寒さも感じ無くなっていた。

「――ドナルドはザーフィラの娘を自分の妹だと認識してる、よね?」

昨夜の酒の余韻はまだあったが、酒が欲しくなる様な会話が続いていた。

「一応ドナルドの家族には伏せてたんだよ、つい先日まで。私はウォルターの幸せな家庭とやらを壊す気は無かったからね」

「では、つい先日まで伏せていたと言うことは、娘が成人を迎えた時に告知したとか?」

「ああ、いやそうじゃなくて、ドナルドのバカが酔いに任せて私の娘……アマルを自分の部屋に連れ込もうとしてたから、その時に教えた。その若く美しい女は私の娘だけど、お前の妹でもあるんだぞってね」

全く酷いに話に思わず笑ってしまったけど、笑えない話だ。

「え?それってその娘のアマルも自分がドナルドの妹だって知らなかったってこと?」

「ああ、そうだ。この件は私とウォルターだけの秘密……アイツがそうしろと命令した訳じゃあ無かったが、私自身がそうした方が良いだろうと感じていたから。ドナルドはアマルを愛妾にでもするつもりだったのかもしれない。アマルの方は小遣い欲しさに、軽いノリで抱かれるつもりだったみたいだけど。二人とも事実を知ってから暫くは気不味そうにしてたが、今はもう兄妹として仲良くやってるよ」

そしてまたザーフィラは嘲笑を浮かべる。

話題は結構アレな感じだけれど家族の話だからか穏やかな雰囲気だった。


「ちなみにアマルを愛妾にしようとしてたって事は、ドナルドには本妻がいるってこと?」

「ドナルドの本妻は王都にいる。父親のウォルターは誠実な男だったが、あのバカ息子は色狂いだから愛妾はそこらの街や村に幾らでもいるよ。ガキの頃は私の寝込みを襲いに来た事もあった。何度か半殺しにしても諦め無かったが、左手の指を二本折ったら来なくなったよ。その際に次は殺す、と告げたからかも知れないが」

おれから振った話だったが……この話題はここまでにしておく事にした。

ザーフィラがここまでプライベートを露骨に語るのは【言語理解】の影響を受けている可能性が高いと思ったのだ。

自身のギフトに対していつまでも不慣れで済ます訳には行かないが、他者に影響を与えるギフトだと分かっているので扱いには気を付けなければならない。

それが今後同じ道を歩む仲間であるなら尚更配慮が必要だ。

それから何か話題を変えようと思案した。

魂魄結紮に対する想いを聞こうかと思ったが、これに関してはおれと彼女と語り合ったところで何かしら答えが見出せる気がしなかったので、少し未来の話を振ってみる事にした。


「――魔導具と魂魄結紮が成功して大きな力を得てから、何かしてみたい事とかある?」

これなら宝くじに当たったらどうする?みたいなノリで答えてくれるのでは……と思ったのだ。

「まずは魔女様に助力すると約束してるから、それを全力で果す。その後は今は亡き祖国へ戻り倒すべき相手を倒すだろう。私は魔女様と違って新たな国を興そうとは思わないが、やるべき事とやれる事がある内は、剣を振るい続ける」

そう言いザーフィラは緑色の曲刀の柄に触れていた。

彼女ならこう言う答えが返ってくるだろうと想定しておくべきだった。

「一族や仲間の敵討ちをしにウリヤに戻ると言うこと?」

「その想いが一番強い。魔女様から魔導具の魂魄結紮を提案された時は渡りに船だと思った」

「地元へ戻って、敵を一人ずつ討ち取っていくつもり?」

「いや……それは現実的では無いから、私の祖国を滅した国の敵対勢力に身を置く事になるだろう。そうする事で誰かが報われる事は無いと思うが、私個人のけじめてとしてやらなければならない事だ」

彼女の燃え滾る信念が伝播してくる。

おれがどうこう出来る話では無いのに、居ても立ってもいられない様な感覚になってしまった。


そしてふと気が付くと、おれの後ろ側に魔女様の気配があった。

いつの間にか荷台から降りおれたちの話を聞いていたみたいだ。

立ち位置から見て、ザーフィラは魔女様に気が付いていたと思う。

だからこそ熱い胸の内を語ってくれたのかもしれない。

「――ザーフィラ、悪いね待たせてしまって。私の方の準備は整ったよ」

魔女様はそう告げると目深に被っていたフードから顔を出した。

陽光に照らされる美しい赤髪はまるで燃えている様に目に映り込む。

ザーフィラは立ち上がり魔女様と対面した。

「私も準備は出来ている。この場所で魂魄結紮の儀式を執り行うのか?」

「ああ、この巨岩群がかなりマナを貯め込んでるからね、今回はこれを活用させて貰うよ。簡単に説明すると、私がすることはザーフィラが私やリョウスケに襲い掛からない様に強力な結界を張ることと、魔力暴走が起こる前に魔導具とザーフィラの繋がりを断ち切るだけ。私は魂魄結紮自体には介入出来ないから、それに関してはザーフィラ自身の頑張りに懸かっている事を肝に銘じてほしい」

魔女様は普段通り淡々とした口調だった。

ザーフィラはその話を、真剣な眼差しで聞いていた。

「魔女様やリョウスケに襲い掛かると言うことは、私が魔導具に乗っ取られると言うことか?」

「過去にそう言う事例があったと文献に書いてあったんだよ。しかし乗っ取られたらそれで終わりと言う訳でも無いらしい。要は魔導具からの精神支配に打ち勝ち、己を取り戻す事が出来れば……魂魄結紮は成功と言える。どちらにせよ、私も魂魄結紮に立ち合うのはこれが初めてだから、想定外の事は起こるものと覚悟していて欲しい」

魔女様は言葉に出さなかったが、やめるなら今だぞ、と言う思いは伝わってきた。

しかし先ほどのザーフィラの話を聞いた今、彼女が辞退する事は無いだろうと確信があった。


「――覚悟は既に決めている。それで魂魄結紮とは具体的にどうすれば行えるのだ?」

そう言いザーフィラは魔導具……緑玉刀ゾモロドネガルを鞘ごと手に握り締め胸元へ引き寄せた。

鞘にあしらわれた美しい緑玉が仄かに光を放っている。

「簡単に言うと、魔力干渉をすれば良い。その要領が分からなければ、その魔導具に対し治癒魔法を掛けてみれば良い。意図的に、魔力的に双方が繋がれば魔力結紮は始まる、らしいとしか言えない。取りあえず一度試してみようか?リョウスケは巨岩群から少し離れて……ああ、いや、やはり私の傍に居てくれれば良い」

魔女様は話しながら後退りザーフィラと距離を取った。

おれはその後方に着き固唾を飲む。

今気が付いたが、既に一番大きな岩を中心に魔法陣が描かれ始めていた。

地面を幾つもの炎が奔り、物凄い速度で抉れ削れてゆく。

「魔女様?今回は空中とか仮想魔法陣では無いんですね?」

その光景に見惚れつつ、師匠の了解を得ずに思わず口走ってしまった。

「あの巨岩が貯め込んだ膨大なマナを拝借するからね。ああ言った自然物は単一の属性魔力では無くて複数種帯びてる物なんだよ。主属性は土属性になるけどね、一日の流れの中で光と闇属性のマナを貯め、太陽が照れば火属性を雨が降れば水属性を強風に見舞われれば風属性を、と言った感じでさ。それを解きほぐしつつ必要なマナだけを抽出するのは……これが微量であれば簡単だけど、膨大となると困難な作業となるんだ。お前なら、これぐらいの事は理解出来るだろう?」

「ええ、はい、なんとなくですけど」

「では、続きの講義は帰りの馬車でしてやるよ。今からザーフィラが魔導具に対し治癒魔法を掛けるから、お前はその光景を良く目に焼き付けておきな。魔導具の魂魄結紮なんてそうそう拝めるものじゃあないからねえ」

魔女様はそう告げると巨岩を中心とした魔法陣を発動させた。

おれたちはその魔法陣の外側に出てザーフィラの様子を見守ることになった。

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2024年12月23日 12:00
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異世界探訪奇譚ー魔女の弟子編ー くもたろう @southcloud77

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