第4話:ザーフィラの過去

芋と肉の乾物を水で戻しただけの食べ物。

肉は水分を吸ってもそれ程かさ増しにはならないが、芋の方はかなり腹持ちが良さそうだ。

戦場で兵士が携行する糧食なので簡素でも栄養価の高い物が選定されてあるのだろう。

魔女様は依然荷台の上で座禅を組込んでいた。

時折ぶつぶつと呟くのが聞こえるが、こちらに話し掛けてはこない。


お互い食事を終えたタイミングで、ザーフィラは静かに語り出した。

「――森の民とやらがどの様な種族なのかは知らないが、魔女様はイセリア人に育てられたと聞いた。ならばその性質もイセリア人に似るんだろう」

おれの視線が魔女様へ向いていたから、その話題を提供してくれたのだと思う。

「イセリア人らしとは、戦いの前にしっかりと準備をするとか、そう言うことかな?」

「イセリア人は頭で戦い、ウリヤ人は感覚で戦う。これは双方の人種性を良く表した言葉だ。私はササラ人との戦闘経験は無いが、話に聞くところではイセリアとウリヤの間を取った様な性質らしいな」

唐突な語り掛けだったが、ザーフィラはおれの思いを察してくれた様だ。

「ザーフィラがイセリアの土地……サリィズ王国へ移り住んでから何年くらいになるんだい?」

その質問を投げ掛けた時、彼女は魔女様からこちらへ視線を戻した。

今の雰囲気は悪く無いが、目力の強い彼女と視線が重なると、一瞬心臓がきゅっと締まる様な感覚があった。

「私が十五の年に祖国が滅び、生き残った一族らと共にレイエイ王国へ落ち延びた。その当時レイエイ王国にはウリヤ人の戦災移民が多くいて、比較的後から移り住んだ私たちは中々居場所を得る事が出来無かったんだ。それでレイエイ王国で知り合ったドナルドの父親の手引きを受け、そこから更にサリィズ王国へ流れ着いた次第だ。トリス街に着いたのは十六の年だったと記憶している」


ドナルドの家族とはその当時から繋がりがあったと言うことか。

たしかレイエイ王国とはイセリア文化圏の中で最も栄華を誇る国だった筈だ。

「ところでザーフィラは今何歳なんだい?おれは今年三十五歳になったんだけど」

日本人的な感覚で女性に年齢を聞くのは失礼なのかも?と思いつつ、これを聞かなければいつ頃の話なのか具体的には分からない。

「ん?お前が三十五歳だと?それにしては若く見えるな。ソフィアと同年代かと思っていた。私は……娘が十六になるから、今年三十二になるのか」

「え?ザーフィラって十六歳の子供がいるの?」

「ああ、ドナルドの父親ウォルターとの間に娘が一人いるよ。ドナルドからすれば腹違いの妹にあたる」

それを聞いた時、今までの話の流れからもしかしたら彼女はドナルドの父親から手籠めにされてしまったのでは?と思ってしまった。

祖国を亡くした十六歳の少女が、この世界で生きてゆくには過酷な道は避けては通れないだろうし。

いや、それより現在のザーフィラやその娘の身分は一体どうなるのだろうか。

先ほど彼女は、ドナルドの父親の手引きがあり……と言っていたが、それって要するに奴隷として買われて来たと言うことなのかも知れない。


「あの……いや、なんて言うか。申し訳ない、ザーフィラ。事情を知らないとは言え立ち入った事を聞いてしまい……」

彼女は表情も口調も殆ど変化が無かったので、怒りも悲しみも見て取る事は出来ない。

しかし魂魄結紮やオークとの戦いを前にして気分を害させてしまうのは流石に迂闊過ぎるだろうと、自分自身を情けなく思う気持ちがあった。

「ん?いや、別に私は何も気にしてないが?今の会話の中で何か気になる点でもあったのか?」

「それは……まあ。ウリヤ人のザーフィラが十六歳でこの国に移り住んで、イセリア人の子供を産んだと聞くと、色々あったのかな?と思ってしまったから」

「ああ、年齢の問題か?ウリヤ人は十五の年で成人だからな。戦場に出るのも婚姻も十五になれば誰からも咎められないんだ」

「その、アレだよ。ザーフィラの気持ちの問題と言うかさ、ドナルドの父親が相手と言っていたけど、結構年の差がある筈だから無理やりとかじゃ無かったのかなって……」

立ち入った事を聞いて謝罪した後に更に立ち入った事を聞いてしまう、この愚かさには辟易としてしまう。

だがザーフィラの方はここに来て今日初めて表情が緩んでいた。

そして彼女は右手の拳を握り締めておれの顔の前に突き出してきた。

前腕も上腕も引き締まった筋肉が隆々としている。


「なあ、リョウスケ?お前は私が気に喰わない男から、無理やり犯される様な女に見えるのか?」

「いや、そうは見えないけどさ、境遇とか権力を利用して無理やりに迫ってくる輩もいるから……あ、ドナルドの父親がどんな人物かは全然知らないけれど」

「ウリヤには、恩人に対しては礼を尽くさなければならない、という風習があるんだよ。祖国を亡くし財産も何も無い私が大恩あるウォルターに差出せる礼は、確かにこの身体くらいしか無かった。けどウォルターは、私には愛する妻と子があるから不貞は犯せないの一点張りでね。私以外にも若い女はいたけど、結局誰も礼を受け取っては貰えなかったのさ」

この話を聞くと、先ほどのおれの発言はウォルター氏に対し不敬極まり無かったと思う。

しかしそうなるとザーフィラの娘は一体どこでどうして?と思ってしまい……恐らくおれはその思いを露骨に顔に出してしまった。

それを見たザーフィラは出会ってから一番のゲスい笑みを浮かべていた。

「――だからさ?血の気の多い若い女たちを集めて、渡航中の船の中でウォルターを襲撃して無理やりに礼を押し付けてやったんだよ。それからは……まあ、一度ヤリ始めると皆収まりがつかなくなって、渡航中はさんざっぱらヤリ捲ったワケさ。私はソコで娘を孕んだんだよ」

今にして思うのは、そろそろ認識をこちらの世界モードに切り替えろよ、って事で。

今まで出会った中でも魔女様、ザーフィラ、ソフィアと、この世界には腕力でも魔力でも男に屈しない強き女性が多くいるのだ。

いつまでも元居た世界での男女の認識でいると、見えるものも見えなくなってしまいそうだ。


「それで、そのお礼返しの後もウォルター……ドナルドの家族とは交流があって上手く付き合えているってことでいいのかな?」

ザーフィラはドナルドの商売の手伝いをしているのだから、これは聞くまでも無いがその後に彼女がどの様な人生を歩んだのかは興味があった。

「渡航中にウォルターの子を孕んだのは私だけでね。他の女たちはトリス街で家を貸し与えられたけど、私はウォルターの別邸で生活して娘を産んだ。ドナルドとはそこで出会ったんだよ。アイツはその当時からいけ好かないクソガキだった」

「でもそのクソガキと今でも一緒に仕事をしてるって事は、なんだかんだで上手くやってるんだろう?」

「別に上手くはやってない。ウォルターが死ぬ前に、ドナルドの事を頼むと押し付けて来やがったから、暫くはそれに順じてやってるだけだ。一族を救われた私からすれば、まだ大恩は返しきれて無いからな」

その時ザーフィラが浮かべた笑みは、おれの目には嘲笑めいて見えた。

依然彼女の想いを推し量るのは難しいが、確実に出会った当初から比べて表情が豊かになっている。

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