エピローグ:出遅れ組

 ――アキトたちが支配種を討伐してから二時間後。


「くそっ……!! どこにいやがるんだ……!!」


 東京大迷宮一層の深部エリアで、一人の男が悔しそうに地面を蹴る。


 その後ろには同じ制服を纏った四人の男女が付き従っている。


 彼らは迷宮高専中央校の生徒で、今同じ階層にいる数多の冒険者たちのように支配種の存在を聞いて駆け付けてきた選抜班である。


「お、落ち着けよ……火神ひかみ……。こんだけ探しても見つからないってことは、もしかしたらもう倒されたのかもよ……? A級ギルドの『エインヘリアル』の人たちも来てるって話だしさ……」


 四人の内、一人の男子生徒が火神と呼ばれた彼を宥める。


「倒されたならDEAから規制解除の発表があるだろ。それが無いならまだどっかにいるってことだろ。違うか?」

「それは、そうだけど……」

「なんだお前……まさか、怖いからさっさと帰りたいとか思ってるんじゃないだろうな?」

「い、いやいやいや! まさかそんなこと! な、なあ皆!?」


 一人だけやり玉に挙げられそうになった彼は、助けを求めるように他の三人を見る。


 彼らは皆、火神の意思に同調する素振りを見せるが、本心は別だった。


 支配種なんて、俺らだけで倒せるわけがないだろ……。


 この傍若無人なリーダーに、内心では皆ほとほと呆れ果てていた。


 今回、支配種を倒すと言い出したのも彼の独断で、炎を操る支配種を倒せば自分のクラスのさらなる強化が望めるかもしれないという自己中心的な理由。


 それでも従わざるを得ないのは、彼がそれだけの力を有しているから。


 本人だけを取っても、有力な元素術師系クラスである“炎術師”の所有者。


 迷宮高専では世代一の実力者で、教師でさえも彼に強く出ることは出来ない。


 加えて、父親は三大企業の筆頭『ムゲンテック』の営業本部長。


 四人の中にも、彼の機嫌を損ねれば自分だけでなく家族諸共路頭に迷う人間がいる。


 それを理解しているからこそ、四人は彼の横暴に黙って付き従っていた。


「おい! 真宵!」

「は、はい……!」


 火神の恫喝じみた呼びかけに、パーティメンバーの一人である永遠乃真宵が身体をビクっと震わせる。


「そもそも、お前がチンタラしてるせいで出遅れたって分かってんのか!?」

「ご、ごめんなさい……」

「どうせまた、下層でくたばり損ないのガキの世話でもしてたんだろ? 無駄なことばかりしやがって……」

「そ、そんな言い方をしなくても……」

「……なんだ? 俺に文句があんのか?」


 火神が前方へと向かっていた足を止め、真宵へと詰め寄るように近づいていく。


「汚い貧乏工場であくせくと働いてたお前の親父に、身の丈以上の仕事を与えてやったのは誰だ? 誰のおかげでお前の家族が良い暮らしが出来てるのか分かってんのか? 知らないっていうなら身をもって教えてやってもいいんだぞ?」


 自分の一声で、お前の家族を破滅させられる。


 それが比喩でも誇張でもないことを、言われている本人も含めてこの場にいる誰もが分かっていた。


「ごめん……なさい……」


 故にそれがどれだけ理不尽であっても、真宵は謝罪の言葉を紡がざるを得なかった。


「ちっ……分かったなら今日はから帰ったら俺の部屋に来いよ」

「はい……」


 さらなる理不尽な要求に、蚊の鳴くようなか細い声で彼女は返答する。


 他の仲間たちは哀れみつつも決して助けようとはしない。


 彼女が標的になっている間は、自分たちが狙われることはないから。


 強者が弱者を支配し、搾取する構図。


 それはこの迷宮社会の至るところに遍く存在する普遍の秩序である。

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迷宮世界のロウブレイカー ~秩序を破壊する【無法】の力を覚醒させた探索者は法に縛られたダンジョンを裏から攻略する~ 新人 @murabitob

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