失失恋
平 遊
ミニシアターで恋をして
ミニシアター巡りが好きだった彼と付き合い始めてからは、いつの間にかミニシアターしか行かなくなっていた。
ミニシアターの存在自体は知っていた。同僚がハマり、熱く語られたことがあったから。でも、私が通い始めたのは、彼の影響。
お陰で話題の映画には疎くなったけれど、マイナーでも良質な映画があることをたくさん知った。いつでも胸を踊らせていた。
映画にも、彼にも。
その彼に、突然別れを告げられてしまった。
彼はもう、私の生活の一部で人生の一部だったから、体にも心にもポッカリ大きな穴が空いたようで、暫くの間私は抜け殻のように職場と家との往復だけを繰り返し、休みの日は家の中で蹲っていた。
たまにスマホが鳴ると、飛びついて確認した。彼からの連絡かもしれないと思って。
でも、そんなこと、あるわけなくて。
だって彼にはもう、新しい彼女がいるのだから。
3か月くらい、そんな生活をしているうちに、これじゃいけないと、彼に関するものを少しずつ手放し始めた。
連絡先を消去して。
2人の写真を消去して。
お揃いで買った小物類も全てゴミ箱へ。
そんなある日、私は仕事帰りにふらりとミニシアターに立ち寄った。
彼と出会ってから通うようになったミニシアター。彼のことを全て忘れようと思ったけれど、彼に関するものを全て手放してきたけれど、これだけが私の中に残ってしまったから。
思わず涙で視界が滲み、入り口付近で人とぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
顔を伏せて小声で謝り、慌てて中へと駆け込む。
映画の内容も確認しないで入った私は、映画が始まるまで俯いたまま、空席のままの隣の席の寂しさに、滲み出る涙をハンカチで押さえていた。
映画が終わると、私はまたハンカチで溢れ出る涙を押さえていた。
それは、運命的な出会いをし、恋をして全てを捧げる決心をした女性に騙され、大失恋をした男性が、女性不審に陥りながらも、最後には、いつでも直ぐ側にいた素敵な女性の魅力に気づき結ばれるという、ハッピーエンドの物語。
アクションもホラーもない、シンプルな恋愛映画だったから、今の私に余計に響いたのかもしれない。
止まらない涙に困りながらも、ハンカチを手にシアターの出口へと向かうと、また人とぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
涙で腫れた目を見られたくなくて、私は俯いたまま小声で謝り、その場を離れようとした。
「ねぇ、大丈夫?」
聞き覚えのある声が、後ろから追いかけてくる。
思わず振り返ると、そこにいたのはミニシアター好きな会社の同僚。
涙でぐしゃぐしゃの私の顔に気づいたのか、サッと横に並んで周りからの視線を遮り、エスコートするようにして歩き出した。
「ここならあまり、人通らないから」
シアターの片隅のベンチ。
同僚は自販機で買ってきてくれたお茶を私に差し出す。
「冷やしたら、少し赤みが引くんじゃないかな」
「ありがとう」
彼の優しさにまた涙が滲んできてしまい、あわててお茶を目元に当てる。
ヒンヤリとした感触が気持ちいい。
「今度、さ。隣の席で一緒に観てもいいかな」
前を向いたまま、彼が言った。
私に向けて。
「ひとりで観るのもいいけど、ふたりで観るともっと楽しいんじゃないかなと、思うんだけど」
先程観た映画がリンクする。
いつでもすぐそばにいた、素敵な存在。
「うん」
涙声のまま小声で答えると、彼はニコッと笑って私を見た。
「いい映画、いっぱいあるんだ!今度は、笑える映画、観に行こう!」
「うん」
彼のせいで、涙が全然止まらない。
でも、心の穴は塞がりかけている。
わたしはこの日、ミニシアターで恋をして、彼との失恋をようやく手放せたのだった。
失失恋 平 遊 @taira_yuu
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