最終話 カラフル
「……猫と、話せるんです?」
不意に話し掛けられ、心臓がドキリと跳ね上がる。
「―――如月君。どうして、ここに……?」
ここに?と問い掛けたが、その理由は分かっていた。きっと―――この人も私と同じ理由で此処へ来た。
「……いいえ、話せないわ。でも好きよ」
「その猫も先生のこと、好きみたいですね?」
「……だと、いいわね。私は、生まれ変わったら猫になりたいと思っているの」
「猫……ですか?どうしてですか?」
「……そうね。その理由は、私が魔女だから―――じゃあ、ダメ?」
言いなから紅葉は、撫でていた黒猫から手を離す。立ち上がると、制服のスカートと長めのウェーブがかかった鳶色の髪がふわりと揺れた。
「……水崎さん、学校へ戻ってきたそうね」
「………………はい、今日の昼休み教室に顔を出しました」
その時になって漸く、紅葉は彼の様子がいつもと違うことに気が付く。今日の彼は、どこか元気が無い。―――曇り、空なのだ。
「……そう。貴方は、本当に不思議な人なのね。また私達に、出来ない事をしたわ。私達も彼女に一歩を踏み出して欲しかったけれど、それは叶わなかったの。
―――あの日、貴方も彼女に会ったんでしょう?」
「…………ええ」
そう答えながらも、彼の顔は曇ったまま。
「どうしたの、如月君? きっと、彼女の背中を押したのは貴方よ?だから、もっと嬉しそうに―――」
「…………………ッ!やめて下さいよ!そんなんじゃないんです!」
すると突然、彼は大きな声を上げる。
「如月君……?どうしたの……急に――?」
その様子に、不安な気持ちが掻き立てられた。そんな意図は全く無かったのだが、自分の無神経な一言が彼を怒らせてしまったのだろうか?
「……俺、何も出来なかったじゃないですか。襲われた時も……あの廃ビルの時もそうだった。 手紙の一枚だって、俺……一人じゃ……書けや……しなかった。何も……出来なかった。皆の助けが無かったら、俺一人じゃ……何一つ……出来や、しなかったんです」
そう言って―――
そう言い残して、彼は明後日の方を向いた。
ああ、そうか。この人は――― 悔しくて泣いているんだ。
……バカ。
そんなこと考えていたの?だから、あんなに無茶をして……
震える、彼の背中に気が付いた時―― 紅葉は、今までの人生で感じたことの無かったあの感情が、また沸き上がってくるのを感じた。
それは――妹や親友に感じる、あの感情とは違っていた。
その二つの愛おしさは、とても似ていて、とても違った。
「………先生。俺、強くなりたい。皆を……あなた達を守れる位に、強くなりたい」
―――抑えきれないくらいに心が、震え出す。
震える声で、ちゃんと伝えてくれた彼の本心。それを聞いてしまった紅葉は、抑えていた気持ちを、抑えることが出来なくなってしまった。
―――気が付いた時には、彼を背中から抱きしめていた。
「………分かった。如月君、分かったから。だったら私の全てを、貴方に教えてあげる。きっと妹からも、貴方が学ぶべき事は沢山あると思う」
彼の体を
「だから……ね。だから貴方といずみちゃんは、私達に一番大切なことを教えて?」
「………大切なこと?」
「……うん」
言いながら紅葉は、自分自身も涙を流していたことに気が付く。
「だから四人で…… みんなで、一緒に強くなりましょう? 私達なら……きっとそれが出来るから……」
「一緒に……強く?」
「うん、一緒に強くなるの。貴方達は、私達に無いモノをたくさん持っているもの。貴方達が望むなら、私達は持っているモノを全部あげる」
「俺に……そんなモノが? ……あるとは思えないけれど?」
返ってきた、戸惑いの声……
だから紅葉は、彼を振り向かせた。
「ちょっ!……先生!?」
「お願い……如月君。隠さないで、私に貴方を見せて欲しい」
慌てて顔を隠そうとする彼を、止める。指先に彼の涙を感じながら、語り掛けた。
「……貴方は、記憶という大切なモノを見失ったね?貴方はそれを、これから一歩、一歩取り戻してゆくのね?
でも―――たとえ取り戻せたとしても、そうでなくっても、きっと貴方のこれまでの人生は、本当に素晴らしい人生だったと私は思うの」
息を交わしあうくらい間近に彼を感じながら、紅葉は心の中で紡いでいた気持ちを、言葉に乗せて彼に伝えようとしていた。
「……なんで、そう思うんですか?」
「貴方は、何も出来なかったと言ったよね?……でもね。
あの事件を解決に導いたのは貴方よ。加害者の家族に生きる道を残したのも貴方。それから可哀そうな女の子達とその大切な人達に希望を与えて、水崎さんが踏み出させるようにと背中を押したのも貴方なの。
確かにそのどれもが貴方一人では叶わなかったかもしれないけれど、でも貴方がいなかったら、そのどれも叶わなかったのよ?」
そこまで話すと、紅葉はあまりの眩しさに目を細めた。
「ふふっ……でもね。そのことだけではないの。私にとっての一番はね……
貴方が私を…… 私達を、こんなにも変えてくれたこと―――」
涙で光る瞳をそのままにして、紅葉は彼に微笑みを向けた。
「貴方のこれまでの人生は、きっと沢山の喜びや怒り楽しさや哀しみで彩られてきたのね。幸せなことや辛かったこと……きっと沢山あったと思う。そして、その一つ一つに貴方は向き合ってきたのね。
………幸せに感謝をして、………楽しいことも本気で楽しんで、………辛いことや哀しいことにも本気で向き合ってきたの。
乗り越えたとか乗り越えられなかったとか、そんなことではなくって、―――貴方は、真剣に向き合ったの。そして、自分なりの答えを出してきたのね。
だから貴方は誰よりも、一人一人に寄り添えるの。自分も同じだから―――」
一生懸命に想いを乗せた言葉の一つ一つに、彼は戸惑うばかり。
「そっそんなこと!俺は―――!俺には人生のことなんて、何も分からないです。俺はまだ高校生で、何も………?記憶もない俺には、先生が何の話をしているのか、全然分からないです。
…………先生は、どうして俺のこと、そんな風に思えるんですか?」
「だって貴方の魂は、本当に色鮮やかだもの。そうでなければ……」
だけれど、戸惑う姿もまた、紅葉には眩しく映る。
「そんなにカラフルに輝けるはず……ないんじゃない?」
だから紅葉は、また彼に笑顔を向けてしまうのだ。
それから紅葉は、抱きしめていた腕を
今は、これでいいの。
私は、……四人がいい。
先のことなんて、分からないけれど……
でも……今は、ね。四人の時間が何よりも大切に思えるの。
それが、今の自分が出した答え―――
その答えに満足しながら、紅葉は青春へと繋がる廊下を歩いてゆく。
色づき始めている自分に気が付いて、一人笑顔を浮かべながら……
「……カラフルって、何だよぉ?」
離れていく後ろ姿を、ユウは茫然と見つめていた。その戸惑いは、後ろ姿が見えなくなった今も……続いている。
「ユウくーん!」
そんな時、背中に声を掛けられた。振り向くと、手を振りながらこちらに向かっている、いずみと青葉の姿。
「……ユウくん、こんなところで何してるの?」
近くまで来たいずみが、上目遣いに声を掛けてきた。青葉も、小首を傾げている。
「なあ……?いずみ、青葉……」
「なぁに?」
「……俺って、そんなに派手なのかなぁ?」
その可笑しな問いに、二人は暫くの間、顔を見合わせていた。そして事もあろうか、二人は同時に「うんっ!!」って言ったんだ。
「ねぇ……ユウくん。もしかしてさ、今さら気が付いたの?そんなの―――当り前だよね、青葉ちゃん」
一人戸惑いを隠せないユウを他所に、頷き合う二人。
「ほら、可笑しなこと言っていないで、部室に行こうよ!きっと紅葉ちゃんが、首を長くして待ってるんだから」
そう言い残して、二人も部室棟へと入っていってしまう。
また一人取り残されたユウは、ポリポリと頬を掻いた。
「………マジ?」
そう独り言を呟いてから心を落ち着かせようと空を仰ぎ見れば、遠く空に虹が架かっていた。だからユウは、す―――っと、大きく息を吸い込んでみた。
……まあ、いっか。
先生が何を言いたかったのかは、何となく伝わってきたしな。
今は、それより……さ。
さっきの――――――笑顔だよ。
あの笑顔って…………俺が?
あの人に、あんな笑顔を浮かばせたのは自分なんだ。そのことを思っただけで、ユウの心の中は誇らしい気持ちで一杯になった。これって、男として勲章ものだよな?
あれは――― あの笑顔は……
それくらい、素敵な笑顔だったんだ。
終
(…………Coming soonかもしれません?)
この物語を最後まで読んで下さった、皆さまへ―――
✨心より、感謝を申し上げます。✨
この物語はまだまだ続きますよ~!第二期をお楽しみにっ!
虹うた🌈 (^_-)-☆
虹恋、オカルテット 虹うた🌈 @hosino-sk567
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